境界線の狭間で
誰かが障子を開けた音で目が覚めた。朝日が眩しく、思わず強く目を瞑った。
「もういいのか?」
低い声に承太郎だとわかると、まだフラつくがどうにか半身を起こす。体力を消耗したのか完全に元気とは言えないが、あれだけしんどかった高熱は嘘のように引いていた。
「私昨日神社で……」
「あぁ、無理させちまったみたいだな。悪かった。俺が止めればよかったな」
そんな別に…と言葉を詰まらせると、時雨の横に盆に載せられたお粥が置かれる。卵の入ったお粥は美味しそうな湯気が立っている。
「美味しそう!いただきます」
「あぁ、ほらよ」
さも当然といったようにレンゲに載せられたお粥を差し出され思考が停止する。
「いやいや…ちょっとそれは」
「わかってないみたいだが、だいぶふらついてるぜ。ひっくり返されたらたまんねぇしな。」
「あーー……はい。そうだね」
じゃあ承太郎くんは器から掬う係ね。と言ってレンゲを奪い取って口に入れる。承太郎の舌打ちが聞こえたが、右から左だ。
しばらく無言で咀嚼する気まずい空気が流れる。この雰囲気はなんとなく察する。
聞きたいことがお互いあるのに、聞けない。そんな空気だった。
最初に口火を切ったのは承太郎だった。
「なぁ、昨日神社で…」
「やっぱりあの時から調子悪かったのかな?迷惑かけちゃったね」
遮るように思わず口をついたのは、これ以上その話はしたくないという牽制の言葉だった。時雨だって気にならないわけではない。ただ怖いのだ。自分の理解を超える事が起こりそうで怖い。
「そうか………なぁ時雨、俺はなんとなくお前のここ数日の体調の変化に心当たりがある。」
「心当たり……?」
スッと承太郎から表情が消えた。
見たことのない顔だ。なぜか背中がぞくりとする。
「もう今日からは自宅で養生しろ。すぐにでもここから出て行きな」
思わず耳を疑った。なんでまたそんな事を?昨日まであんなにしつこく付いてきて、ここにも承太郎が無理矢理連れてきたくせに。
たくさんの疑問符が浮かぶが、承太郎の表情はどのような質問も受け付けない。と言っているようだった。
「それから俺はもうアンタの歯科医院には行けない。悪いが治療は中断だ。どうにかするツテならあるからその辺りの連絡も不要だ」
空になった器を持って出て行く承太郎に声はかけられなかった。
「ごめんなさいね、時雨ちゃん。急にこんな事になって…」
ホリィさんは本当に申し訳なさそうに荷物を持った時雨を玄関まで見送った
「いえ、本当にありがとうございました。すごく楽しかったです。」
また来月病院で。そう言った時雨にホリィはいよいよ泣きそうな表情になる
「ごめんなさい時雨ちゃん。私ももう時雨ちゃんの病院には行けないの」
「え……?」
「詳しく理由は言えないの。本当に…ごめんなさい」
なんだか自分だけが取り残された重苦しい空気に耐えられず思わずそのまま自宅へ向かって歩き出す。ホリィさんがこちらを見ている気配がする。急に知らない世界にきてしまったような気がして気づけば時雨は自宅に向かって走り出していた。
承太郎は自室でこれからの事を考えていた。昨日の時雨は間違いなく見えていた。
とっさにスタープラチナで支えてしまったのはそもそもの失敗だったが、素早く引っ張って消せば不自然ではないと思った。一瞬の判断を鈍らせたのは、時雨の驚いた顔だった。
よくよく考えれば辻褄の合う事だ。
おそらく承太郎が関わってからの連日の体調不良。昨日時雨がスタープラチナを認識してからのあの高熱。
数ヶ月前の母親を彷彿とさせる苦しみ方だった。
スタンド使いは惹かれ合う。花京院と知り合いだった事。初めてあったのも承太郎がスタンド使いと戦った直後だった。
きっと承太郎と出会って何かしらの強烈な影響を受けてしまっている。不思議と今日はあの茹だるような波紋の気配を感じなかった。今はまだ何の自覚もない。今ならまだ元の世界で生きていける。
今朝承太郎がこちらの世界へ手を差し伸べたが、時雨はそれを嫌がった。
つまりこうする事がお互いにとってベストという事だ。
窓から時雨が走って行くのが見えた。あれを追いかける事はもう無いだろう。
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