チューリップ(北条氏康)







最近の氏康様は何だか元気がない。







表面上はいたっていつもどおりよ?


話しかけるといつもの笑みを浮かべてくれるし、わんちゃんのお世話だってしてくれるし、軍議では子どもたちに怒声を飛ばしてるし、甲斐ちゃんをからかってる。


けれどね、私にはわかるんですよ。


あなたがいつもよりちょっと元気がないことなんて。



「ねえ、氏康様?」

「どうした」

「今日の朝餉はお魚ですって」

「今朝とれたんだろうよ」

「楽しみですね」

「ああ」



朝の何気ない会話。


氏康様の腕に抱きしめられながら迎える朝は、私の幸せな時間の一つなんだけれど最近は氏康様がなんだか元気ないから私もつられて元気がなくなっちゃう。



ねえ、どうかしたのですか?


私、何かいけないことをしましたか?


私では、お力になれないのですか?




もう、私はいりませんか?




聞きたいことはいっぱいあるけれど、絶対に聞かない。

だって、氏康様はお優しいからきっと縁を切るなら早々におっしゃっていただけるはずですもの。

それに、私が何かいけないことをしたら御注意してくださりますもの。



・・・だったら、残るのは彼自身の悩み事。



彼は絶対と言っていいくらいに自分の弱いところを周りに見せないし、見せたがらないから、私は聞かないで知らないふりをしながらそっとしておく。


いつか、彼から話しかけてきたらそのときだけ耳を傾けるの。

あまり聡くない私ですから良い助言は出来ないでしょうけれど、彼からすればそれがいいらしいですから。



「氏康様、わんちゃんが遊んでほしいそうですよ」

「チッ、ワン公が俺に指図するとはな。まあいい、来やがれ」




公務が一段落ついた昼下がりのころ。


やっぱり気持ちが晴れない氏康様を、気晴らしにお外に連れ出した。

わんちゃんも私の気持ちをわかってくれたのか、私の無茶な振りに応えてくれたわ。


わんちゃんを引き金にしてしまったのはわんちゃんに申し訳ないけれど、きっと私がお外に行きましょうと言ったところで彼は手を休めてくれることはないでしょうから。

第一、そんなお願いを言ったことなどありませんから怪しまれてしまいますもの。



「バウッ!ワンッ」

「でかくなったな、お前」


氏康様とわんちゃんの遊んでいる(すこし一方的だけれど)お姿を見て、胸をなで下ろした。

少しだけかもしれないけれど、きっと気晴らしにはなったでしょうから。



「おい、燐」

「なんでしょう」

「付いて来い」

「え?は、はい」


氏康様とわんちゃんをぼーっと見つめていると、いつの間にやら氏康様はどこかに向かい始めていた。

わんちゃんは?と辺りを見渡すと、縁側に座っていて、もう"待て"の状態。


どこにいくのか全く検討も付かなかったけれど、とりあえず氏康様の御様子が気になるからと付いていくことにした。



「どちらに向かわれるのですか」

「ん?まあ、黙って付いて来い」

「はあ・・・」



今日の氏康様はやっぱり特に変。

まったくどうしたものかしら。



「着いたぞ」

「氏康様、ここは・・・」



小高い丘から見えるのは、小田原の城下町。

日が照っていて、きらきら屋根が反射していてとても美しい。

そよそよ頬や髪を撫でる風は少し冷たくて、気持ちいい。



城からあまり遠くなく、小田原の町を一望できる此処は氏康様のお気に入りの場所。



わんちゃんの散歩で何度か私も来たことがあるけれど、どうして今日はここに来たのでしょう。

聞きたいことは山ほどあるけれど、当の本人は地面にどっかり座ってまた何も話さなくなってしまっているし、ちょっと無理そう。

黙って立っていてもしょうがないですし、氏康様のお隣に座ると、そよそよと吹く心地よい風に瞳を閉じた。


そのまま、私も氏康様も何も発しないものですから聞こえる音は木々や草花がそよぐ音だけ。


「あー・・・燐」

「何でしょう?」

「お前は小田原に来て満足してるか」

「・・・まあ、いきなり」



まさか、今さらそんなことを気にしていらっしゃったのかしら。


氏康様の元に嫁いだのは、もともとは政略結婚。ひどく言えば"人質"なのは事実。

けれど、そんなことも忘れてしまうくらいに私は氏康様に大切にされてきた。

そんな氏康様のことが好きで好きで、しかたがないのに。

気付いていらっしゃらないのかしら。



「もちろんです。氏康様の元に嫁がせてくださった両親に感謝しているくらいですよ」

「・・・そーか」

「そんなことを気にしていらっしゃったんですか?」

「そんなことってお前さんよ」

「私にとってはそんなことです」


ぼりぼり、と頭を掻いてあーとかうーとか呻いている氏康様。

照れていらっしゃるのかしら。


珍しい光景に思わず笑みがこぼれる。


そしたら私が笑ったのに気が付いたのか、バツの悪そうな顔をして強引に私を腕のなかに閉じ込めた。



「ったくよ・・・一枚も二枚も上手なカミさんだよ」

「お褒めにあずかり光栄です」

「いつもののほほんとしたのはフリか」

「そんなことはございませぬよ」

「そーかよ」


わしゃわしゃ私の頭を撫でては、相変わらずぶすっとした顔をしたままの氏康様。

うふふ、可愛らしいお方。



「かみさんよ」

「はい」

「一度しか言わねえ」

「はい」



ぶすっとしたお姿はどこに行ったのか。

いつになく真剣なお顔が近付いてきて、思わず私は顔を朱に染めた。

口付けされるのかと思いきやそうではなく、私をただ真っ直ぐ見つめるだけ。


小首を傾げると、氏康様はふっと笑って何を期待しているんだ?と意地の悪い台詞を吐いた。



「顔、真っ赤だぞ」

「もうっ、おっしゃらないでください」


「・・・愛してる、燐」

「・・・へ」

「帰ぇるぞ」

「え、あ、ちょっと」



言い逃げとはまさにこのこと。


愛を囁いたとおもうと丘をさっさと降りてゆく大きな背中をしばらく見つめていましたけれど、やっぱり言い逃げって良くないでしょう?



「ま、待ってくださーい」



わおーん、と遠くから聞こえるわんちゃんの遠吠えを耳に挟みながら大きな背中に追いつくと、大きな手に私の手が包まれた。



「転けるなよ」

「転びませんよ」

「鳴いてるなあ」

「"待て"が長すぎたんじゃありませんか」

「だろうな」

「今度は一緒に連れて来ましょうね」

「ああ」


のしのし歩く氏康様の歩幅はしっかりと私に合わせられていて、その何気ない幸せすら嬉しくなってしまう。

握られた大きな手は温かくて、外にいて冷たくなった私の手をどんどん温めてくれている。

ふふ、今日はすごく幸せな日です。




「氏康様?」

「あ?なんだ」

「私も、氏康様を愛しておりますよ」

「・・・知ってらあ」




獅子の髪から覗く耳が朱に染まっているのを、私は知らぬ顔をした。




きっと、お日様のせい。


なんてね。






end

(愛の告白)

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