ペンステモン(北条氏康)
縁側に座る大きな背中。
さっきから煙が上がっている。
ふーっと煙を吐き出す音と、私の傍にいるわんちゃんのはっはっと吐く息だけが聞こえてくる。
「氏康様、わんちゃんのお散歩終わりましたよ」
「おう、ありがとうよ」
「ううん。私も気分転換になったからわんちゃんと氏康様に感謝しなくっちゃ」
「そーか」
氏康様の大きな背中が私は大好き。
もちろん、私とわんちゃんを撫でてくれるごつごつした手も、私を抱きしめてもあまっちゃうくらい大きな胸も腕も、ぜーんぶ大好きよ。
お兄様も大好きだけれど、氏康様の大好きはちょっと違う。
そんな大好きな氏康様を見てると何だかにこにこしちゃって、照れ隠しに氏康様の隣に座って、肩に頭を預けてみた。
「どうした、じゃじゃ馬」
「何でもないです」
「にやにやしちまってよ」
「うふふ、何でもないですってば」
呆れた笑みを浮かべながらも、私の頭を撫でてくれる氏康様はやっぱり優しい。
余計ににこにこしてしまいそうになるのをぐっと堪えて、幸せを噛みしめた。
「わっ」
氏康様の肩から伝わるあったかさに浸っていると、隣からもあったかさが。
驚いて隣を見ると、はっはっと舌を出したわんちゃんがこれでもかと頭をすり寄せてきて。
しょうがないなあ、なんて言って氏康様が私の頭を撫でるみたいに私もわんちゃんの頭を撫でると目を細めてうっとりとした顔でお座り。
「似たものどうしだな、お前さんら」
「まあ、私とわんちゃんが?」
「さしずめ頭撫でられて喜ぶ母犬と子犬ってとこだろ」
「ですってよ、わんちゃん」
いつもの鋭い視線とがっちりとした風貌はどこに行ったのか、牙を抜かれたようにおとなしいわんちゃんはまるで甘えたがりの子どものようで。
「ふふっ、でしたら氏康様はこの子のお父様ですね」
「これ以上手のかかる倅を増やしてくれるなよ」
「手のかかる子ほど可愛いものですよ」
すると、また呆れたような笑みを浮かべてそうだななんて言うあたり、やっぱりこの人も父なんだな、なんて思う。
「きっとそのうち自然と親離れしてゆくものですし、今はたくさん可愛がって面倒見てあげましょうね」
「ああ、ったく手のかかる倅共だよ」
「うふふ」
きっと次の戦のことでも浮かんだんでしょう。
顔を顰めて、煙管にまた手を伸ばす氏康様はちょっと面倒臭そうで、でも嬉しそう。
「留守は任せたぞ、カミさん」
「お任せを。旦那様」
腕を引かれたと同時に噛み付くような口付けが降ってきた。
せっかくお化粧頑張ったのに、なんて悪態を付く間もなく奪われていく。
唇を吸ったり、舌を弄んだり。
本当に食べられちゃうくらいに深くって。
「ずいぶんな顔だなあ?」
「もう、あなたのせいですよ」
違いねえなあ、なんてはぐらかして煙管を再び吹かしはじめる傷だらけの横顔。
家族を守り続けてきた氏康様のお姿。
私の体重を預けてもびくともしない大きなお姿。
髪を撫でてくれる無骨で大きな手。
意地悪な笑みも、呆れたような笑みも好き。
氏康様がくれる口付けも、好き。
ああ、もう。
やっぱり、私はこの人が大好きです。
end
(あなたに見とれています。)
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