フジ(織田信長)





なんて素敵なお方なの、


など言ってもあなたは笑うだけ。





あなたが愛おしいの、


など言ってもあなたは振り向いてもくれない。




「信長」

「燐、か」


彼のことを"信長"なんて呼ぶ女は私だけ、そんな優越感に浸るようになったのはいつからだろうか。

ずっとずっと、ちいさなころから一緒にいて、一番近くにいたことが自尊心を高めるようになったのはいつからだろうか。


うつけのお殿様のふりなんかして、いつかその時期が来たらきっと彼は辺りを飲み込んでしまうんだ。

そんなことを知っているのだって、私だけ。


「遠乗りに行くの?」

「今宵は鷹狩り、ぞ」

「こんな夜に?夜戦でもするつもりなの?」

「クク、興じようぞ」


きっとこんな破天荒な人だもの。

みんな彼の思惑なんてとうてい理解なんて出来るはずもないし、理解しようともしないはず。

だって、私だって時々わからなくなるくらい。

ただただ彼に付いていって、隣を歩いて、時々言葉を交わすだけ。


「やっぱりよく見えないや」

「クク・・・燐、刀を抜けい」

「え?私とやるの?」




さっきまで、鷹狩りとか言ってなかったっけ。




普通に考えればそんな疑問が浮かぶのだけれど、彼に普通の理屈なんてのが通じないのは百も承知のこと。

まあ、聞いただけムダか。


「真剣でやるの?」

「信長を斬ってみせよ」

「怪我しても知らないからね」

「クク・・・」



信長と仕合なんて数えられないほどしたことがある。それも小さい頃からずっと。

竹刀を使うときもあれば、今日みたいに真剣を使って仕合うこともしばしば。



けれど、こんな夜に仕合だなんてしたことはない。

いつもより視界が明瞭ではないぶん、聴覚とか殺気とか気配で感じるものが敏感になってくる。


ましてや真剣だから、一瞬たりとも気を抜いては殺される(信長が手を抜いてくれるはずもないし)

顔面すれすれに刃が通り抜けていくときなんて、冷や汗が流れる。



これじゃあ本番さながらの死合いじゃない。



「んとに、容赦ないな・・・っ!」

「どうした?力が足りぬ」

「ったくもう!」



私だって弱い方じゃない。

戦のときだって他の男連中に負けないくらいの功績だって立てるほどだもの。自惚れなんかじゃないはず。



けれど、この力量差はきつい。


これが"うつけの殿様"?

ふざけるんじゃない。



これだけの戦う力。

相手を見切る知能。

状況に合った戦略。


すべてが上の上よ。




「これで一度死した、ぞ」

「・・・はあっ、はあ」

「弱い、弱いぞ。燐」




ほんの一瞬。



力がふと抜けてしまったのを彼は見逃さなかった。

刃と刃がぶつかった瞬間、私の握っていた刀は遠くに飛ばされてしまい、何も守る物がなくなってしまった私は腹を蹴飛ばされてしまった。

その後、背に襲った衝撃はおそらく木か何かにぶつかったのだろう。


何にぶつかったかなんて確認できそうもない。



目と鼻の先にはゆらりと光る刃。

その刀を握っているのは紛れもなく信長自身なのだから。



「これでまた世の勝ちぞ」

「私が勝ったことなんて一度もないものね」

「何故、力を抜いた」

「あんな長時間刀をぶつけ合ったら、疲れるっての。握る力がもう入らないのよ」


これでもやっと張り合えるほどにはなったってのに、彼はそれでももっと強くなれとせがむ。

もっと強くなって信長を斬ってみせよ、と。



「もう、疲れた―」

「クク・・・愛い奴よ」

「ちょっ、何すんのっ」



死合いだなんて数えられないほどした。

ぼろ負けたことだってたくさん。





けれど、これは何?





「・・・何で、口付け」

「燐。信長を愛せ」

「・・・は」

「信長を愛し、信長の愛を受け入れよ」




どうして彼は私に口付けをするの?

どうして彼は私に愛を求めるの?





「・・・どうして」

「愚問よ」


「信長は誰にでもこういうことをするの」

「主だけよ」


「信長は私のことが好きなの?」

「愛しておる」


「なら、私の気持ちも聞かずにするの?」

「クク、愚問よ」




「信長に知らぬことなどあらぬ」

「私も貴方が好きよ、知ってた?」


「知っておる」

「いつから」


「幼き頃より」

「・・・それは、貴方もじゃないの」




「愛しておるぞ、燐」

「ならもう一度、口付けて」












end


(あなたの愛に酔う)

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