シュメイギク(雑賀孫市)
「また、何処に行くんだい」
「山崎だよ」
「戦かい、またしばらく戻らんのかい」
「ああ、すまねえな」
あいつを抱いてやったのはいつだったか。
あいつの笑みを見たのはいつだったか。
あいつの腕が俺の背に回ったのはいつだったか。
「そうかい、行ってらっしゃい」
「ああ、家のこと頼む」
「任せておきなさいな」
どれもいつだったか思い出せない。
もしかしたら一月前だったのかもしれない。
もしかしたら一年前だったのかもしれない。
それすら思い出せなくなっちまっていたのか。
そこまですら戻れなくなっちまっていたのか。
「秀吉!」
「おお、孫市か!すまんのぉ」
「ダチのための戦だ。当たり前だろ」
「しかし、嫁さんはどうしたんじゃ」
「大丈夫だよ。家守ってくれてる」
「嫁さんをあまり放っておいちゃアカンで」
ダチのため、ダチのためだと戦ばっかの毎日。
火縄背負って、家空けるのは何回目だったか。
あいつも最初は心配だ何だって言ってきたが、今じゃすっかり何も言わなくなっちまった。
怒り通り越して呆れちまってんのかもしれねえな。
「よし、さっさと終わらせて土産持って帰らんとな」
「土産だあ?」
「おうともさ、たまにゃあ土産持ってさっさと帰るんじゃよ。戦はわしらだけの戦いじゃあない。家で待ってくれとる家族も一緒に戦っとるんさ。じゃから待っとってくれてありがとうな、って土産を持って帰るんじゃよ」
「・・・待っててくれて、ありがとうか」
秀吉に言われたってのもあるが、たまにはさっさと終わらせて、あいつの大好きな甘味とあいつに似合う簪でも買って帰ることにした。
あちらこちらから聞こえてくる大筒の轟音と、俺が放つ火縄の音、たくさんの声。
いくつも上がる煙と、燃え上がる戦場。
そんななかだってのに、あいつの笑顔と、照れくさそうな顔が見てえな、なんて火縄を撃ちながらも考えた。
そうだな、簪は赤がいい。
きっとあいつには赤が似合う。
桜も良いが、あいつには椿が似合う。
鮮やかに咲き誇るような花が良い。
控えめな花なんてのより、ずっと似合うだろう。
「おい、帰ったぞー」
戦火の日々から数日だ。
合戦自体は一日で終わったが、後詰めだ何だで結局はずいぶんかかっちまった。
馬を走らせて急いで家に戻ったんだ。
でも、そんな格好悪いところなんて知られたくもねえから、いつもどおりに帰宅した。
髪が乱れちまってるから直して、息も弾んでたから一息ついてから家に入った。
「・・・燐、ただいま」
「おかえりなさい、孫市さん」
どういうわけか。
顔を見てねえのは数日間だってのに、久しぶりにあいつの、燐の顔を見たような気がした。
燐に久しぶりに会った気がしたんだ。
「土産が、あるんだ」
「あら、本当かい?嬉しいねえ」
何だ、燐ってこんなに小さかったか。
こんなに髪が長かったか。
こんなに笑う女だったか。
「おや、簪じゃあないかあ。付けておくれよ」
「任せとけ」
「にしても良い模様じゃあないかい?」
「お前さんに似合うと思ったんだ」
「椿だなんて随分洒落込んでるじゃないか」
「だろ?・・・ほら、どーだ」
「ふふ、ありがとう」
何だ、燐を見ようとしてなかったのは俺じゃねえか。
燐はずっと俺がいない間も、俺が背を向けて火縄背負ってる間も、ずっとにこにこ笑って俺を見送ってくれてたじゃねえか。
戦だ何だ言い訳たれて、燐を一人にしていたのは俺じゃねえか。
心配だ、行かないでほしいと泣いた燐の信号を見て見ぬふりしてたのは俺じゃねえか。
「何だか、今日の孫市さんは優しいね、浮気でもしたかい?」
「馬鹿言うなよ、俺はお前さん一筋だぜ?」
「ははっ、どうだか」
「ほら、甘味もあるんだ。食おうぜ」
「おやおや、気がきくじゃないか」
「なあ、茶淹れてくれよ」
「そうだね、買ってきて貰ったし、とびきり美味しいお茶を淹れてあげるよ」
「やったぜ」
茶を淹れる燐の背を見ながら、ふうと一息をついてみる。
茶の良い匂いに引き寄せられたみてえに、燐に抱き付くといつもの呆れたみてえな照れくせえ顔をされたもんだから。
その顔が無性に愛おしくなって、もっと力込めて抱き付いてやった。
「なんだい、いきなり」
「いや?やっぱり俺は燐を愛してるんだなって思ってな」
「何よ、今さら」
「それに、お前さんも俺を愛してるんだなって思ってよ」
「ふふ、当たり前だろう。お前様」
「ちょ、それ!もっかい言って!」
「嫌だよ、もう言わないよ」
「マジかよ?な、もっかいだけ!」
「愛しているよ、お前様」
「俺も愛しているよ、燐」
抱きしめながら、謝罪と愛を。
これから、また"夫婦"でいられるように。
end
(あせていく愛)
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