キスツス(毛利元就)
「ねえ、元就様」
「なんだい?」
「私がもし明日死んだらどうします」
おや、また突拍子もないことを。
なんていつものふにゃりとした笑みを浮かべた。
私の素朴な疑問。
特に思い当たる節もないのだけれど、ふと聞いた会話だったりふと目にした情報を彼に問いを投げかけてしまう。
だって彼はものしりなんだもの。
私のつまらぬ問いに嫌な顔せずに答えてくれるんだもの。
「許さないよ」
「お許しにならないのですか」
「私より先に逝くなんて許さないさ」
やっぱり。
彼だって人の子だもの。
完璧な善人なんかじゃない、ただの人。
「燐、私が許さないのは神様をだよ」
「私をではないのですか」
「うん。私から君を奪う神様を許さない」
もしもこの世に神が存在するというならば。
私を死によって奪う神様を、彼はきっと許さないだろう。そしてずっと恨み言を言ってくれるのだろう。
そんなことはさせたくない。
神様とやらに奪われてしまうのなら、
そんなことをさせないように籠の中に入れて閉じ込めてしまいたい。
きっとその暗い瞳の向こうで彼はそんなことを考えてくれているのよ。
その出かかった手で、私を籠の中に入れて閉じ込めてしまえばいい。
「ならば、しっかりと私を囲ってくださいまし」
「君を?」
「そんなことが起きてしまわないように」
「窮屈かもしれないよ」
「元就様がお側にいてくれるならかまいません」
「外にはもう出られないかもしれないよ」
「元就様がお外に行ってしまわないのならかまいません」
その手を取り自分の頬に当ててみる。
私の頬に伝わる暖かさが愛おしい。
神様などに私をくれてやるものか。
「ふふ、眉間に皺が寄っておりますよ」
「おや、そんな顔をしていたかい」
「それはそれは険しいお顔を」
「こんな私は嫌いかい」
「いいえ」
「死んでくれないで、燐」
「はい、ずっとお側におります。元就様」
その総てを見透かしてしまいそうな瞳が愛おしい。
こんな賤しい気持ちに溺れている私を見て見ぬふりをするのだろう。
そうですよ、元就様。
私は貴方が思っているほど良い人なんかじゃない。
貴方が思っているほど聡い人なんかでもない。
貴方を想う、ただの賤しい女だ。
「私、元就様が大好きです」
「ああ、私も愛しているよ」
「元就様が逝くときは、私も連れて行ってくださいね」
元就様が死するとき。
私は笑って彼に言うだろう。
私は明日死ぬだろう、と。
彼に微笑んでそう告げると、
彼は嬉しそうに目尻を下げて口付けたのであった。
end
(私は明日死ぬだろう。)
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