コスモス(毛利元就)







ちいさな、手。


桃色に染まった白い頬。


さらりと流れる、漆黒の長い髪。






そこから覗く顔は、ひどく冷たい顔だった。






「おはようございます、元就様」

「おはよう、燐」


春風がそよそよと髪を撫でる朝。

まだ幼さの残る少女は、一人の男の自室へと向かった。

その足どりは規則的に進み、表情は驚くほどに何もない。


「朝餉の時間にございます」

「ああ、今行くよ」


男の名は毛利元就。

安芸の謀将、知将と呼ばれる毛利家の当主であった。

少女の名は燐。

元々は毛利家に仕える将の娘であったが、一年ほど前に元就の元へ嫁いだ。

生涯毛利家に仕えるという証とでも言うかのようだ、当時十一であった燐であったが幼いながらも自分の役目を悟ったのであった。

ずいぶん幼い燐を見て、元就は燐の父に老いた自分なんかのところではなく、もっと若く精悍な青年のもとへ嫁がせることを何度も勧めたが、結局首を縦に振ることは一度もなかった。


「おいしいね」

「お褒めいただき、私も嬉しいです」

「あれ、これって」

「女中頭様に元就さまはこちらがお好きだとお伺いしました」

「うん、私の好物だよ。ありがとう」


毛利家に嫁いでからの燐は、何でも完璧にこなす妻となった。

元就の食事も毎食自分で作り、掃除や洗濯も自分から進んで取り組んでいた。

初めは女中たちも奥方である燐にそんなことをさせてはならないと燐を止めたが、燐が自分や元就のことは自分でやりたいと言うので、それ以上は止めさせることなできなかった。

女中たちはそんな燐の姿を見て、元就のことを想っての行動だとほほえましく思ったが、元就はその話に首をかしげた。

まるで献上品のように嫁がされ、本人もそれを自覚しているであろうに、自分のことを愛するだなんてありえないだろうと思ったからである。

第一、燐の笑った顔どころか表情一つ変わったところすら見たことないのに、そこに愛があるとは思いがたい。

元就は彼女のそれらの行動に、イマイチ腑に落ちない感覚が残りながらも、ひとまずは彼女の行動を見守ることにした。


きっと、この様子では彼女を九条家に帰らせることもできない。

おそらく帰ったところで、彼女は役不足だ何だと言われてしまうのだろう。

あんなに小さな彼女にその言葉達は重くて、きっと彼女は潰されてしまう。

ここにいても色んなことは言われるだろうけれど、戻るよりはましなのかもしれない。


「元就様・・・?」

「ああ、すまない。少し考え事をね」

「左様ですか、てっきりお口に合わないかと」

「そんなことない、君の作る食事はいつも美味しいよ」

「よかったです、私にはこれ位しか出来ませんから」



そうか、元就は喉の奥に引っかかっていた何かが取れた気がした。



「燐」

「はい、元就様」

「食事が終わったら、散歩に出かけないかい」

「散歩、ですか?」

「うん。ふらっと城下に行ってみようかなと思って」

「何かお買いになるんですか」

「いいや?そういうわけじゃないよ、ただの散歩さ」


附に落ちないのか、不思議そうに頭を傾げる燐にやはりかと元就は頷いた。

彼女が自分のもとに嫁いでから、夫婦のようなことはしたことがなかったことに気が付いたのである。

彼女はまだ幼いから、と夜の営みに至ったことはない(というのは建前だが)。

食事に掃除にと彼女は良く尽くしてくれるが、いじらしいことではあるが夫婦というよりは主従関係のようにも見える。


それに、自分でも妻というよりは、無理矢理嫁がされた可哀想な子というようにしか見ていなかったのもある。

可哀想だ、守ってあげなくては、と思っていたのが逆に彼女を遠ざけてしまっていたのだ。



「さあ、行こうか」

「はい、元就様」



それから、小一時間ほど言葉どおり散歩をした。

何か目的があるわけでもなく、ただあちらこちらと出店を見て回ったり、甘味屋で休憩をしたり。


ただ、少し違うのは元就が燐の手を握っていることだった。

手を握られたことに少し驚いた燐であったが、嫌ではなかったのでそのままにすることにした。

掌から伝わる暖かさに自分でも気が付かないくらい、ほんのり頬を染めながら。



「今日は楽しゅうございました」

「それは何よりだ」

「あの、元就様」

「なんだい」

「一つだけ、その、お願いがございます」

「(おや、珍しい)言ってごらん」


「・・・また、お誘いくださいませ」

「(おやおや)」

「・・・その、城下に」



元就は思わず笑みを浮かべずにはいられなかった。

あれほど喜怒哀楽を示さない彼女が、頬を赤らめ自分にお願いをしているのだから。


一生懸命伝えているのだろう、繋がれた手にほんの少し力が入っている。




「もちろん、また来ようね」

「約束、ですよ」






まだ夫婦とは言えないかもしれない。


もしかしたら、恋人とも言えないかもしれない。



ヘタすれば親子に見えるかもしれない。




それでも、自分たちの進め方で良いだろう。


私たちは夫婦、なのだから。








頬を朱に染めながら歩く彼女を見て、

元就は帰路につくことにした。



掌から伝わる小さな鼓動を手で引きながら。





end


(少女の純潔)

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