ろくでもない恋の始まり(黒裏)
お題サイトDOGOD69様より
今思えば、ろくでもない出会いで、ろくでもない恋であったように思います。
なぜなら貴方は私を知らなければ、私も貴方を知らないのですから。
春の穏やかな陽気のときも、夏の刺さるような日差しが降り注ぐときも、秋の紅葉が舞い踊るときも、冬の頬を切るような風が吹くときも、毎日毎日貴方を待つ私はさぞ滑稽でしたでしょう。
ですが、胸を張って言えるのです。
あのときの私は生きておりました、と。
「おんやあ、燐ちゃん。今日もいるのかい」
「ええ、今日もお邪魔しますよ」
町外れの団子屋の隣に生えている、大きな大きな銀杏の木。毎年秋になればとても美しい黄色に覆われ、ああ秋になったのだと実感していました。
そこにぱつりと置いてある二人掛けの腰掛けが私の定位置になってからというものの、私の時間は止まってしまったよう。
いや、止まったというより、どうでもよくなってしまったのかもしれません。
「あ、燐ちゃんっ。ほら、今日もいらっしゃったよ」
団子屋のおじさんが気を利かせて(言葉悪くはお節介)私に声をかけるのも毎日になったな、なんてぼーっと頭の片隅に入れておいたら、あの人の姿が見えてきます。
「・・・」
けれどもあの人は高貴な方らしく、お姫様でも何でもない私が話しかけるだなんてことはとうてい出来ません。
穏やかな、けれども凛としたお顔を眺めるだけでいつも終わってしまいます。
私の幸せ、当時はそのように思っておりました。
「お邪魔しました」
「またおいで」
「はい」
穏やかな瞳は私に向けられることはないけれど、それでも姿を見てはいつも胸を高鳴らせておりました。
お慕いしています、心の中でそう叫びながら。
「燐、何を考えているんだい」
「っ何も、あっ」
「そうかい」
「貴方が、っお思いしているようなことは、何もっ」
「おや、つれないなあ」
どうして今頃になってから思い出したのでしょう。
あのとき、遠目から見つめお慕いしていた頃など。
「本当に、ひどいお方・・・っ」
「それは何がかな」
「私を嬲る貴方の手も、私が見ていたのに素知らぬ振りをしていたことも、私を欺したことも」
「欺されたのに気が付いてからも、此処に来たのは君だろう?」
「ええ、一番愚かなのは私」
あの穏やかな笑みもすべて虚であっただなんて、あのときは露程も思わなかった。
愚かな私。
「んく・・・っふ」
「私はね、君が愛おしくて仕方がないんだよ」
「ふあっ、あ」
「君を手に入れるためならなんでもするさ。たとえ、君を欺そうともね」
「んんっ、」
私の弱いところなどすべて見透かされているのでしょうね。確実に嬲る大きな手は私のもので既に濡れていて、それが余計に羞恥心を煽った。
その顔を見て光悦な笑みを浮かべる元就様は、とてもあのときの面影などない。
いいえ、あのときの彼は偽りなのだから、この目の前にいる人が本当の姿なのだろうけれど。
「それでも、私に欺されていると知っても君は逃げなかった。なぜだか君は気が付いているかい?」
「知りま、っせん。知りたくもないっ」
「教えてあげるよ。君が私を愛しているからさ」
だから、
もっと愛しておくれ。
私が君を壊す前に。
支離滅裂でごちゃごちゃな頭にそれはストンと入ってきた。
どこかに堕ちていく音と共に。
end
(私は今、生きているのですか)
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