俺の求めている日常(甘)
お題サイトDOGOD69様より
「やあ、いらっしゃい」
「お邪魔します」
毛利家の離れ、そこには死んだことになっている知将、毛利元就の姿がある。
表向きには死んだことになっているが、いたって元気で、毎日少々埃っぽい歴史書とにらめっこしている。
その向かいには剛勇鎮西一と言われる立花宗茂。
元就が歴史書とにらめっこしているのを特に気にすることなく、時折話しかける以外特に何もしない。
「おや、今日はお姫様はいないのかい」
「ああ、彼女はきっとそのうち来ますよ」
「まったく、あまり迷惑をかけるものではないよ」
「大丈夫ですよ。彼女は俺を愛していますから」
元就は静かにため息をついた。先ほどから宗茂が言っている"彼女"というのが、元就の部下であったからである。
親心なのかなんなのか、小さい頃から仕えていた彼女の身を元就は気にかけていた。
「失礼します!」
「すまないね、燐」
「元就様、お久しぶりです。さっ宗茂様!帰りますよ!」
スパン!と障子が勢いよく開けられたと思ったら、そこには先ほどまで噂になっていた女の姿があった。
宗茂に向けられる女の瞳。
その瞳に曇りは一切無く、ただ真っ直ぐに宗茂を見ている。
「やはり君は来てくれたな」
「貴方があちらこちらふらふらしているからですよ」
「違うな、君が俺を愛しているからだ」
「なっ、お戯れはよしてください」
「冗談なんかじゃないんだがな」
白い肌を真っ赤に染めて、ぷりぷりと怒る彼女を見て宗茂はくすりと笑う。
それが気にくわなかったのか、また怒る。
その繰り返しを呆れたのか諦めたのかはわからないが、元就が咎めることはない。
「さあっ、帰りましょう」
「君も心配性だな。俺はいつも帰るだろう」
「城主がそんなにあっちこっち行くものではありません。貴方が政もほっぽり出してくれるものですから、いつもいつも私が苦労するハメになるんですよ」
「俺は部下に恵まれたようだな」
「おだてても無駄です。私とてそろそろ心労で倒れてしまいそうですよ」
「なら仕方がないな。君の怒る顔も素敵だが、笑っている顔の方が俺は好きだからな」
「・・・元就様、お騒がせしました。また改めてお詫びに参ります」
「いや、かまわないよ。君も息抜きしにおいで」
「はは、考えておきますよ」
元就のふわりとした笑みを懐かしく思いつつも、現城主である宗茂の手を引く。
まるで家出した息子と、それを引き取る母親のようだと元就は少し笑った。
「燐」
「手なら離しませんよ。またどこかに行かれても困るのは私ですから。それにこれは罰です」
「随分素敵な罰だな」
「まったく・・・」
一歩先を進む燐は、足取りは早いものの表情は穏やかで、その姿に宗茂もまた穏やかな表情を浮かべる。
その姿はまるで恋人にも夫婦にも見え、すれ違う人々は口々に噂話をしはじめている。
それを一瞥しては何事もなかったかのように歩みを進める部下と城主。
「噂になっているな」
「どうします?城主が一武将にうつつを抜かしているとか言われていますよ」
「構わないさ。俺は君を愛しているのだから」
「それは初耳ですね」
「そうだろうな。君の耳が真っ赤だ」
まるで春の穏やかな陽気のように、穏やかなときが流れる。
穏やかな小春日和の昼下がりのことだった。
end
(さすがに馬上では繋げないな)
(首輪でも繋ぎますか)
(それは勘弁してほしいな)
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