やっぱり君も女なんだね(微糖)
ふんわりと太陽の光が包む
丑三つ時に降った雨は紫陽花たちを
きらきらと輝かせては地へ還ってゆく
つるりと葉を滑って、最後に一度光るその姿を
静かに眺める蛙たち
その蛙たちの歌声を
小耳にはさみながら
人は恋をするのかもしれない
「ねえ、どう思う?」
「んー?何がだい」
「源氏物語」
「君はいつもそれを読んでいるね」
「何回見ても飽きない作品だもの。それに、そういう貴方だって何度もその本読んでいるじゃない」
「うーん、本当は執筆がしたいんだけどね」
互いに視線は手のなか。
背にあるぬくもりを感じつつも、目の前に続く文字を追う瞳は止まることはない。
時折、姿勢を正そうと動いたぬくもりに視線を向けては、また何事もなかったかのように手のなかへ戻っていく。
「余生もそんなに長くありませんのに。おとなしく執筆をしたほうが良いんじゃないの?」
「君は恋に恋する乙女のままだね」
「失礼ね、女は幾つになっても乙女なのよ。どんなに年をとろうと、紫の上のように少女のままなのよ」
ふふ、と微笑みながら少しだけ背の方へと視線を向けると、彼もまた自分の方を見ていた。
きっと長年連れ添った自分たちだからできるのかもしれない。
「私が果てたら、私に似た紫の上を探すつもり?」
「おや、私に光源氏になれと言うのかい?」
「そうではないけれど、私よりも若い娘の方が美しいでしょう?」
「君は君だ。私にとっては糟糠の妻のような存在なんだよ」
「あら、そんなの初めて聞いた」
「いつも思ってはいたさ。君があまりに可愛らしいことを言うものだから、つい口に出してしまったよ」
がしがし、と頭を掻きながらほんのりと少しだけ赤らめる夫。
なんだか昔の光景のようだ、ずいぶん自分も年をとったのだと思うと考え深くなるけれども。
「私がいつそのようなことを?」
「君が先に私の元から去っても、私は生涯君だけを愛するつもりさ」
ああ、私は嫉妬していたのか。
これも年の功か、冷静にそう思えた自分が可愛らしいだなんて。
「あなたも変わり者ね」
「それだけ君に溺れているということさ」
「そうあることを願いますよ」
「ふふ、でも君が言ってくれるとは思わなかったよ」
「・・・手が止まっていますよ」
「それは、君もさ」
どうやら本当に女という生き物は、
どれだけ年を取ろうとも乙女のままらしい。
ふんわりと太陽の光が包むなか
ふんわりと微笑む姿に
少しだけ胸が高なった
end
(言うなら君は桐壺のようさ)
(・・・私は貴方の母ではありませんよ)
(それだけ君を愛し続けているってことだよ)
[ 54/71 ]
[*prev] [next#]
[mokuji]
[しおりを挟む]