日だまりの日常(元就/甘)
※山吹夏花様リクエスト
「元就さん、元就さーん」
「ここだよー」
「どちらですかー?」
「ふふ、こっちこっち」
遠くから私を呼ぶ可愛らしい声と、それに合わせてぱたぱたと足音が聞こえてくる。
ああ、走っては危ないだろうに。
私を探してきょろきょろしているんだろう、走ってそのままどこかにぶつけなければいいのだけれど。
「元就さーん?」
「ここだよー」
「あ、みーつけた」
「ふふ、いらっしゃい」
足音が襖の前で止んで、もう一度私を呼ぶ。
この部屋にいるんだと確信をした燐は、襖を開けてぴょこりと顔を出した。
その瞬間、花が咲いたような笑顔になる彼女は、やっと見つけたーと私の元へ駆けてきた。
腕を広げると私よりも小さい彼女は私にすっぽりと収まってしまう。
さらさらと流れる髪を撫でると、すこし照れくさそうな顔をしたあと、私の首元へ顔を埋めてしまった。
「もう、元就さんってばかくれんぼがお得意なんだから」
「すまないね」
「また本の虫になってる」
「新しい書物を手にしたんだ」
「ふーん、おもしろい?」
「うん、もちろん」
「ねえ、邪魔しないからここにいてもいい?」
「いいよ」
少し埃臭いここは、お世辞にも居心地の良いものではないだろう。
所狭しと並べられた本はどれも古く、私にとっては興味深いものだけれど、彼女にとっては古くさい紙切れと同じだ。
それでもいいと私の側から離れない彼女は猫のように丸まって私にぴたりとくっついたまま。
伝わる暖かさと甘い香のかおりはまぎれもなく彼女のものだ。
古い書物に記された文字の羅列を目で追いながら、ときどき背中の温もりを確認する。
うーん、なんていうか贅沢な休日だなあ。
「重くない?」
「全然?軽いくらいだよ」
「そっか、お邪魔だったら言ってね」
それから、燐は特に何をすることもなく、私の側にいた。
ときどき彼女から話しかけたり、私から話しかけたりするけれど、ほとんどは静かにしていたままだ。
かといって、その無言が居心地悪いわけでもなく、むしろ心地よいくらいで。
気が付けば、私が手に持っていた書物は半分以上進んでいて、どうやら長いこと彼女を放って置いてしまったようだ。
燐をちらりと見ると、特に気にするそぶりもなく、その辺にある書物を取ってぱらぱら開いてみたり、居眠りをしてしまってたり、私の髪をいじってみたり。
彼女は彼女で好きにしているようで、逆に私がなんだか置いてきぼりのような気持ちになった。身勝手すぎるだろうか。
「燐」
「なーに、元就さん」
「少しお昼寝しようか」
「本はもういいの?」
「うん、一端休憩。付き合ってくれるかな」
「ふふっ、もちろんっ」
にこにこ笑顔の燐の小さな手を引いて、廊下を歩きながらこれから向かう昼寝場所を模索した。
寝室で眠るのもいいし、天守で風に当たりながら眠るのもいいし、縁側で横になって眠るのも捨てがたい。
そして手を引かれている彼女を抱きしめて、香に包まれながら眠るんだ。
ふと外に目をやると、日が暖かく照らしており、これは縁側にした方がいいな、とぼんやり考えているとあっという間に縁側に到着していた。
「よいしょ」
少し固い縁側にごろりと横になると、それに続いて燐も私に寄り添いながら横になった。
その華奢な体を抱きしめながら、首に顔を埋めると先ほどの甘い香りが鼻を刺激する。
そういえば、香を変えたんだなあとぼんやりしていると、燐が私の髪を静かに撫で始めた。
まるで猫の気分だ。
静かに撫でる小さい手は、私の髪をするりと梳かしては流れるように撫でてゆく。
強すぎない日の光はほかほかと私たちを暖めてくれていて、だんだんと瞼が重くなってきたのを感じた。
「もう眠いですか」
「うーん・・・すこし」
「私も、すこし」
「ふふ、可愛い」
「んう、も、」
うつろになっている瞳は、もう少しで瞼に隠れてしまいそう。きっと私も同じような顔をしているんだろう。
ほんのり暖かいそよ風は、彼女の髪をさらさら遊んでいて、それが少しくすぐったいのか彼女は身じろぎをした。
可愛らしい燐に口付けを何度も落とすと、ふにゃりと笑って私に口付けを返してくれる。
くしゃ、と私の髪をいじりながら、もう片方の手は私の羽織を握っている。
それに気を良くした私は何度か口付けをするんだけれど、そのくらいでは眠気は覚めないみたいで、また眠そうな顔をしながら私の髪を撫でる。
「どのくらい眠れるかな」
「きっと輝元が起こしにくるまでかな」
「もうしばらく待って、ほしいなあ」
「私も同感だよ」
もうしばらくこののんびりとした時間を味わっていたい。
でもおそらくその願いは叶えてもらえないだろう。
きっと、しばらくすればまたばたばたと足音が聞こえてきて、泣き言を言いながら走ってくる子が現れるだろうから。
「それまでお眠り」
「ふふ、はぁい」
「おやすみ、燐」
「おやすみなさい、元就さん」
燐の瞳が閉じられたのを見て、私も目を閉じることにした。
起きたら今度はあの歴史書を見よう、とか
お団子もいいけれど餡蜜もいいなあ、とか
やっぱり甘い香りがするなあ、とか
燐があったかいなあ、とか
起きたらまた口付けをしてしまおう、とか
ぼんやり考えているうちに、私も眠りへと落ちていった。
この腕に眠る彼女の温もりをしっかり抱きしめて。
end
(大殿おぉおおぉおおお〜)
(ん・・・(やはり、か))
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