藍――AI――


十一 逃亡者たち

 朝日を背に研究所を後にして、南下しようと口火を切ったのはハーベイだった。
 一行の中で最も冷静さを保っていられたようだ。
 インディゴは倒れて以降、目を覚まさない。ハーベイが彼女を抱えていた。
 追手が来るから、街に寄るのはよそう。
 誰からともなくそういう提案が出た。
 確かに、先程のインディゴの力の発動によって、ゲリラ達は壊滅したかに見えた。だが、援軍は直ぐにでも駆けつけよう。ましてや、指揮を執っていた科学者の男が死んだという確証もない。追っ手は来る。間違いなく。
 その勘が正しいのだとすると、獣人の街は危険だ。今の自分達は、その獣人から追われる身なのだ。
 街を迂回して、山に入る。
 ハーベイが提案し、コムリが同意した。それしか、ないと。
 山の麓にジープが止めてある。しかし、そのジープへは山を越えなければ辿り着けない。
 来た時と同じルートが使えるかどうかは判らないが、試してみるしかない。最悪の結果は想定してある。別のルートも確認しておいた。いざという時の脱出ルートだ。
 ともかく、一行はダリア山へと歩を進めた。

 暫く行くと、雪原の中に女の吟遊詩人が立っていた。
 それを目視した時、ハーベイはまたか、と顔を顰めた。インディゴは眠っているので、彼女と顔見知りなのはハーベイだけである。未だ目覚める気配を見せないインディゴに目配せして、彼女にゆっくり近付いていく。
「知り合いか?」
 コムリが声をかける。
「ああ、ちょっとした……な」
 ハーベイが答えた時には、吟遊詩人は目前に立っていた。
 雪が降っているわけではないが、薄絹一枚の寒そうな格好をしている。寒さが感じられないのか、震える素振りを微塵も見せない。優雅な所作で微笑みかけてくる。
「また、会いましたね」
 偶然を装おうとしているようにも思えるが、それが成功するとも思っていなさそうだ。
 ハーベイは目を逸らせながら、小さく頷いた。不服そうに、口を尖らせている。
「また、嫌われたものですね」
 吟遊詩人ルリィはころころと屈託なく笑う。嫌われていてもお構いなしだ。
「お前さんがここにいるってことは……、やはり導きってやつか」
 ハーベイが誰に言うとも無しに独りごちる。
「はい。私はそういう運命さだめですから」
 ルリィの笑顔が一際輝いた。

 三日後、ジープは難なく見つかった。誰にも弄られていないことを確認してから、一行は乗り込む。ルリィは黙って立ったままだ。見送りのつもりなのだろう。
「一緒に行かないのか?」
 訊いたところで無駄だと解っていながらハーベイはルリィを誘う。ルリィは首を横に振った。それが答えだ。ハーベイは微かに嘆息する。
「じゃ、今までありがとな」
 そう言ってエンジンの鍵を捻ったところで、ルリィが声をかける。
「またどこかで会うでしょう。その時までご無事で」
 いったい、何の事を言っているのか。懐疑が頭を過ったが、黙って発車させる。
 ハンドルを回して、一路南へと向かわせる。ルリィの憂いを帯びた瞳が後部座席を見詰めていた。




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