藍――AI――


九 哀しき対峙

 どこをどう曲がってここまで来たのか解らない。しかし、追っ手は撒けたようである。後は出口に向かって、一直線、というところだった。目の前を立ちふさがったのは、実験体の一人であった。確か胸の番号は010番だったか。どうやら殺してもいい、という指令を受けたようである。インディゴたちは複雑だった。かつての仲間を殺さなくてはいけないのか。そう思うと悲痛だ。だが、悲しみに沈んでばかりではいられない。そう思い、インディゴは決意を新たにした。
「あいつはどんな能力があるんだ?」
 ハーベイが訊いてくる。
「解らない。ただ、あの子の色は鳶色だから、鳶色にちなんだ力かも」
「ああ、あの子は大地の力を使えるよ」
 インディゴの言葉の裏づけをするように、コムリが追補した。
 それと呼応するように、010番は両掌を叩き合わし、地面に手をついた。
 ここの研究施設に運ばれた子供たちには、名前などない。例え名前があったとしても、番号に取って代わられてしまう。子供たちには例外なく委員会のマークと番号を胸の辺りに刻印されるのだ。それ以降は番号でしか呼び合わない。必要のない接触も自重しろといわれていた。だがセルリアンとインディゴとカーマインだけは違っていた。
 ともかく目の前に立ちはだかる010番は戦闘態勢に入っている。この障害を何とかしなければ。
 突然大地が隆起した。目視できるところで立ち止まっている010番は、掌を大地につけて念じている。どうやら大地を操る能力らしい。鳶色が広がっていく。
「トビー! 君は利用されているだけだ!」
 コムリが声を張り上げても、向こうには届かない。まるで何者かに操られているかのように、瞳は胡乱で焦点が定まっていない。首輪は取れているようだ。
「駄目か。今の彼には何を言っても届かない」
 コムリは悲痛な面持ちで断言した。
 隆起はインディゴたちの足元で起こった。隆起した大地を見下ろすと、色の違う地層が何層にも連なっているのが見える。中でも赤茶色の土は彼の鳶色と同じ色だ。しかし、大地が隆起したことによって、インディゴたちは動けなくなっていた。飛び降りたらただでは済まないほど高く隆起していたからだ。
「どうする?」
 冷静に相手の行動を見極めていた、ハーベイが皆に発問した。
「飛び降りるしか……怪我は私が治しますから」
 暫く口を噤んでいたセルリアンが口を開いた。
「いや、それよりも、だ。術者を何とかしたほうが良い」
 カーマインが口を挟む。
「術者が落ちれば、干渉力もなくなるだろう」
 というのがカーマインの言い分だ。
「ふむ。確かに干渉力はなくなるだろう」
 同意したのはコムリだった。そのコムリの声と、
「うぐぁぁぁ!」
 トビーの呻き声が重なった。実験体の運用に失敗したのだろう。トビーは頭を抱え、蹲っている。カーマインは躊躇した。かつて仲間だったものに追い討ちをかけるのは、何かいけない事のように感じられたからだ。その時、
「ためらうな!」
 ハーベイの声が木魂した。
「あいつは俺達の邪魔をしているのだぞ! 今殺さなければ、殺されるかもしれない! お前がやらなければ俺がやる!」
 ハーベイはそう言いながら銃を構えた。それを制したのはカーマインだった。
「あんたに俺達の何が解る。あいつはちょっと前まで俺達の仲間だったんだ。殺すわけにはいかない」
「へぇ、殺せないのか。だがな、あいつは、あんたらの仲間であるはずのあいつは、俺達の前に立ち塞がっている。俺達を殺そうとしているんだぞ! それに、あいつは苦しんでいる。それは見れば解る。そんな苦しんでいる奴を見捨てておくのかよ!」
「苦しんでいる。確かに、苦しんでいるわね」
 間にインディゴが割り込んだ。
「楽にしちゃいなよ」
 あっけらかんと笑って見せた。笑顔で認めたのだ。殺すことを。
 瞬時に赤い皮膜が空を覆った。その瞬間、トビーは炎に包まれた。時折見える炎の龍が、泣いているようにも呻いているようにも見える。カーマインの瞳から涙が溢れていた。その涙は赤に照らされて蒸発し、天に昇っていった。悲しみが天に昇るように、それは見えた。
「ちきしょう! ちきしょう! 俺たちにはどうすることも出来ないのか!」
 涙が一滴、地面に落ちた。それは蒸発せず土の中に吸い込まれていった。それは無力感だった。それは抗うことの出来ない真実だった。絶望という名の。これから先、彼らのように洗脳されて自分たちの前に立ち塞がる同類が出てくるだろう。それは彼らと同等の力を持っている。それを何とかするにしても、直接術者を殺すことは躊躇うだろう。そうして、そうしてまでして、逃げていいのだろうか。カーマインの心にも、誰の心にも、葛藤が生まれた。皆、同じ時を過ごした、同じ仲間なのだ。同じ仲間を殺すこと、それは罪であった。罪を犯してまで自分たちは生きたいのか。自問が尽きない。
「さあ、もう行こう」
 誰かが言った。誰だろうとインディゴが見渡してみると、コムリがカーマインの肩に手を当てていた。ああ、彼が言ったのか。
 トビーの力で四メートルほどせり上がっていたが、降りるのは難なく降りられる。足を下にして投げ出すように、降りる。そうすることで足への負担は掛かるが、頭を直接殴打するようなことにはならない。当然頭を守るために、両手でかばうのだが。最初に飛んだのは、インディゴだった。早くここから抜け出したい、そういう思いがあるのだろう。次に続いたのはハーベイだった。悲しみに沈んでいないので、即座に反応した。次にコムリ、セルリアンと続いた。最後はカーマインだった。ショックに打ちひしがれて行動が遅くなったのだ。
 全員下に降り立った。泣いてなんかいられない。先へ進むだけだ。
「皆! こっちだ!」
 コムリの案内で、警備の穴場を見つけることが出来た。
 人気のいなくなった通路を、前進する。その頃には皆の意識下に、人の気配に感づく警戒心が芽生えていた。
 音が聞こえる。足跡が。数は複数か。少なくとも十人以上はいるだろう。
「ここだ。ここから上に上がるんだ」
 コムリが指差した先を見ると、通気溝があった。真ん中に網が張ってあって、外して昇れば人一人分くらいは入れるだろう。横幅がぎりぎり一人分なので、一列になる必要がある。そこで順番を決める必要に迫られた。
「ともかく。取り敢えず真ん中は決まった。……インディゴだ。彼女の力は特別で、今はちょっと使えない状態だからな。異論はあるかね?」
 コムリが全員をリードしてまとめている。
「それに、コムリあんたもだ」
 ハーベイが言う。
「何?」
「あんたも真ん中に入るんだよ。敵に見付かったらどうする」
「わかった。では、先頭はカーマイン、次にセルリアン、私、インディゴと続いて、最後尾にハーベイということにしよう」
 インディゴたちはコムリの言う通り、一列になって通風孔を進むことになった。
 通風孔は建物の内部を複雑に絡み合っている。坂もあり、ダクトもあった。基本的に通気溝は壁に沿ってあるので、廊下を進むのとさして変わらなかった。ただ、狭かった。屈んで匍匐前進するしかない。全員の額から汗がにじり出てきた。
 コムリは言葉で先導した。一同はその言葉の通り、動いた。
「しっ、静かに」
 通気溝の下で数人の足音が聞こえてくる。恐らく見回りだろう。乱れた足音から察するに、逃げ出した自分達に気付いたのかもしれない。一刻も早く脱出しなければ。
 辺りには警告音が鳴り響いていた。トビーを送ってよこしたことからも解るように、既に気付いている。その彼等を出し抜かなければならないのだ。その為の通路がある、とコムリは言っている。
 そのコムリの指示の下、通気溝を抜けると広い空間に出た。暗闇に塗り固められている。一向は電気を点さずに、進んだ。少し進んだところで、カーマインが炎を灯した。
「明かりが無いと進めないだろ」
 カーマインがそう言って、笑った。
「ここは今は使われていない部屋だ。かつてはここであらゆる実験をしていたのだが、新しい実験室が作られてね。もう、ワンランク上の。だから、今は使われていない。しかし、ここを抜けて少し行った先に抜け穴がある。外界へのね。地下に潜ることになるが、いいかね?」
 コムリの説明に、皆異議も無く頷く。そのような事は百も承知だった。

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