短編


暗闇に、少女は一人

第1章 ――暗闇の中に、少女は一人――


 少女は一人、立っていた。
 漆黒の闇の只中に、立ち竦んでいた。
 何をするでもなく、ただ泣き叫んでいた。
「ちょこ、こわいよー。お母さーん」
 自分自身で「ちょこ」と名乗った少女は暗闇の中、唯唯、泣いているばかりだった。無理も無い。彼女は未だ、10歳にも満たないのだから。
 明かりも持たずに、この未踏査の遺跡に迷い込んでしまったのは、彼女には暗視の能力が備わっていたからだ。暗視とは……暗闇の中でも見通せる力。暗闇に逸早く順応し、陽光の下と同じ様に動けることだ。しかし、それだけではない。彼女にはもっと素晴らしい能力が備わっていた……。
 一通り泣いて泣き疲れたのか、先程からちょこは一言も発していない。
 そして、おもむろに歩き出す。暗闇に目が慣れたのか、躊躇うことなく前へ前へと進んで行く。まるで、何かに取り付かれたかのごとく。何かを信じているような眼差しで。そして、ひとりごちる。
「良い匂いがする」
 そしてちょこは、未だ誰も踏み入ったことの無い遺跡の最深部へと、足を運ぶのであった……。

 鈍い、殴打の音と共に、醜く歪んだモノは床に崩れ落ちてゆく。
 ちょこはその小さな頭で考える。
 いったい、どれだけの魔物を倒して来たのだろう。もう、数さえ判らない。いや、始めから数えてなどいなかったが。どれだけ階段を降りたのかも、ここが何階なのかも判らない。それ程長い間、迷宮内をさ迷い歩いていたのだ。もうちょこの疲労も、ピークに達してきている。
 不意に背後が陰る。ちょこが少しの間油断したばかりに、魔物に背後から回り込まれたのだ。絶体絶命かと思いきや、彼女は思わぬほどの素早さで振り返った。だが、彼女の行動はそこまでだった。気力が尽き、体を動かす事がままならないのだ。もう諦めかけたその瞬間、彼女の意識は途切れた。

 気が付くと、目の前には岩が転がっていた。いや、正確には岩に押し潰された魔物が転がっていたのだが、岩の陰で見えないのだ。彼女は愕然とする。自分が今、何をやったのか。全く覚えていないのだ。
 力が、発動した。
 彼女の内に眠る力、血族と同じ力が。彼女は力に目覚めたのだ。


第2章 ――悲しみの始まり――


 召喚術士(サモナー)という一族がいる。この世界の何処かに集落が存在しているらしいが、その生活体系は無論、その場所ですらはっきりとは認知されてはいない。未知の一族である。ちょこはその一族の一人だった。
 その謎に満ち満ちた民族でも、外の世界から頼りにされることもある。稀に、ではあるが、方々の国々から専属のサモナーとしての仕事をもちかけられることがあるのだ。彼等の召喚の力は強く、並みの者では歯が立たない。だから世間一般では、恐怖の対象であると同時に頼もしい、用心棒的存在でもあるのだ。それ故に、あちらの国、こちらの国で諸手を挙げて迎え入れられるのだ。
 さて、そのような世界中の風習のとおりに一つの依頼がここ、サモナーの村に舞い込んだ。それは、ある未踏査の遺跡を調査する為に組織した、調査団の専属サモナーとして同行して欲しい、という内容だった。そこで選ばれたのは、二名。ちょこの母親と、父親である。しかし、二人には10歳にも満たない幼い娘がいるのだ。しかも、二人に身内はいない……。

――この子を独りにはして置けない。この子なら大丈夫、だから……。
――しかしね……、この様な小さな子を連れて行くのは……。

 母親のたっての願いに、調査団の代表は尚も食い下がったが、ちょこという名の少女に暗視という特殊能力が備わっている事を聞かされ、やむなく承諾する事となった。暗視という能力はこの世界において極めて稀で、その能力者は珍重に扱われた。ましてや此れから遺跡に潜ろうという一団である。暗視の能力者は居るに越したことは無い。そう、代表者は判断したのだった。
 かくして、前代未聞の調査団は組織された。その中に、10歳未満の少女が混じっている事は、言うまでも無い……。

 ちょこは好奇心の塊である。幼子には良く有りがちで、何を見るにしても初めての事で、知的好奇心をくすぐられるのだ。だから、はしゃいでしまう。
 この遺跡の中でも、困ったことに同じ事が起こってしまった。ちょこにとって其処は、今まで見たことも無い、珍しい遊技場と何ら変わり無かった。
 別に母親が、気に掛けていなかった訳ではない。漆黒の闇の中、乏しい灯りを頼りに進まねばならないのだ。ただでさえ視界が利かないというのに、魔物達までが闊歩しているのだ。その為にこそ、サモナーという存在がいるのだが、何分、暗い遺跡の只中なので、四六時中四方に意識を張り巡らせていなければならないのだ。おまけに唯一夜目が利くちょこが、興味本位に歩いて行ってしまって、とても目を掛けている場合ではないのだ。下手をすると自分達の身が危ない。だから、目端が利かなくなる事もしばしばである。
 その隙に見失ってしまったのである。ちょこを――。


第3章 ――『良い匂い』のするモノ――


 結局戦闘をしている両親の一団と、足を止めずに先行して行くちょことの間には、追走しても追いつけない大きな距離が開いてしまった。
 ちょこはちょこで、心細げながらも留まる所を知らず、両親の方は進むことを許されずに足を止められていた。巨大な溝は広がるばかりであった。
「ちょこ………」
 母親の心配そうな顔が徐々に遠のいていくのを、当の本人は知らない……。

 もうどれくらい降りたのだろうか。今のちょこにとってはそんな事は如何でも良い感覚だった。<良い匂いのするものが、其処にあるから>降りて行くのだ。少なくとも、今の彼女にとってはそれが一番大切なことだった。
「うん。たしかに、こっちから匂ってくるわよ。ねえ、おかあさん……あれ……?」
 ふと気がつくと、両親の姿は何処にも見当たらなかった。いつの間に、何処に行ったのだろう。今の今まで、露ほども考えなかった事柄が急に頭にもたれかかってきたので、ちょこは不安に駆られた。暫くの間躊躇したが、不安の色を隠さずに、それでも歩いていく。
「良い匂いがする」
 そうして、さらに遺跡の最深部に近づいたところで、先程の戦闘に合い、そしてサモナーとしての力が目覚めてしまったのだ。
 彼女の内に眠る力、血族と同じ力が。

◆ ◆ ◆


 彼女のサモナーとしての力は、血族の中でも異色を放っていた。
 先程の戦闘で、彼女は無意識のうちに「岩」を召喚したのだ。元来無生物である「岩」を、である。
 もともとサモナーは、自らの内に眠る魔力と、大気中に漂う精霊力とを干渉させ、時空の扉を開き過去・現在・未来の時間軸からそれぞれの生物を呼び寄せるのである。しかし、ちょこは無生物を呼び寄せた。それは、今までのサモナー達には無い力だった。
 どれぐらいの時が流れたのだろう。暫く呆けていたちょこはふと思い立ち、立ち上がるとおもむろに歩き始めた。遺跡の最深部へと……。
 匂い……。先程から、ちょこを誘うように匂って来ていた、あの『良い匂い』だ。彼女にとっては、この上も無く良い物に感じられる、何か。其れが遺跡の最深部に眠っているのだ。
 それからさらに数時間後、ここへ来て、何体目かの魔物を倒したとき、それが目に入った。
 それは、古びた青銅の香炉だった。
 それは、龍族の体を模っていた。尾を伸ばし、翼を広げ、今にも飛び立たんとしている様には正に神秘という言葉がふさわしい。竜の二本の足と、尻尾の部分の三点で台座にしっかりと立っていた。頭部の口にあたる部分から、煙を吐いている。何処かに古めかしさが滲み出ている、業物だ。この遺跡の宝にはふさわしいものだ。
 しかし、その香は危険な香りがした。全ての生物を、魔へと導く香りが……。
 不意にちょこの意識が揺らめいた。これはなんだ。これは、この感じは、魔物へと変じる前兆ではないのか。ちょこの脳裏に予想ともつかない淡い予感が閃いた。しかし、ちょこは前進を止めなかった。否、とめる手立てがなかった。
「イイニオイ……」
 ちょこは、無防備にもその香炉に近付いて行って匂いを嗅ぐ仕草をする。瞬間、ちょこの意識は暗転した。意識を手放す寸前、ちょこは魔物へと変じていく自身の意識を感じ運命を悟り呪った。

 後にちょこは、その一生を魔物のそれとして、捧げる事になる――。



2008/9/9 改稿


アークザラッドというゲームの二次創作です。

Copyright(c) shun haduki All rights reserved.



[1/33]
[*prev] [next#]
[戻る]

しおりを挟む

「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -