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あの裁判から2日。
私はいつもの時間より少し遅れて食堂に入った。そこにはやはり、彼の姿はない。

「名字さん……!」
みんなの視線が一斉に私に集まる。

「……おはようございます」
上手く笑えている自信はないけど、今できる精一杯の笑顔で挨拶をした。
「おはよう……名字さん」
「名字さんおはようございます。やはり顔色が優れないですね」
「しかし思っていたより元気そうじゃな……。うむ、よかった……」

みんな、それ以上私にかける言葉が見つからないようだ。気を使わせていることがひしひしと伝わってきて、申し訳ない気持ちになる。早くもここに来たことを後悔し始めた時、最原くんの両手がふわりと私の手を包んだ。
「よかった……来てくれて。おはよう名字さん」
最原くんはとても穏やかな顔で私を見つめる。その優しく美しい瞳に吸い込まれそうになる。
「はい、おはようございます」
今回は、さっきよりも上手く笑えている自信がある。昨日はありがとうなんてくどくど言うよりも、こうやって私が笑顔でいることの方が最原くんにとっても嬉しいはずだ。
いつもありがとう、最原くん。


「名字、よく来てくれたな。病み上がりに近いオメーに頼むのは気が引けるけどよ、名字の力も貸してほしい」
そう切り出した百田くんは、モノクマと戦う作戦を考えていると話してくれた。

もちろん私の答えはYES。
それを聞くと百田くんは安心したように言葉を続けた。

「名字ならそう言ってくれると思ってたぜ。王馬のヤローが何を言ったところで、オレは名字を信じてるからな!」
百田くんのギラギラと燃えるような視線が真っ直ぐ私に注がれている。本気で力を合わせてモノクマを倒そうとしている熱い熱い思いが伝わってくる。
このままこの視線に晒され続けたら、焼かれて死んでしまいそうだと思った。






「よし! 集まったな!」
百田くんの後ろには様々な武器が山のように積まれている。

「これで戦うんですか……」
モノクマを相手にするならこれくらいは用意しないと勝てないのかもしれないけど、物騒だし私自身がうまく使いこなせる自信がない。
「これが最後のチャンスだからな! テメーらも覚悟はしてきただろ? 今度こそモノクマをぶっ倒してこのコロシアイを終わらせてやるんだ!」

そうだね……。そのとおり、もうこんなのウンザリだ。
覚悟を決めた私は武器の山から一際大きなものを取り出そうとした。しかしなかなか重くて持ち上がらない。
「ちょっ、名字さん危ないよ」
最原くんが声を上げたと同時に、私は手を滑らせて尻もちをーーー

「名字ちゃんは鈍くさいんだから大人しくしときなって言ってるのに」
後ろに倒れそうになった私は尻もちをつく前に誰かに抱きとめられた。
「王馬くん!?」
「テ、テメー! 何しに現れ……」
「あ、動かないで。名字ちゃんがどうなってもいいの?」

王馬くんは片腕で私を拘束し、もう片方の手を軽く上げた。その手の中にはピンク色の物体が握られている。

「もしかして……爆弾?」
「ば、爆弾じゃとぉ!?」
春川さんの一言で夢野さんやキーボくんが取り乱す。

そんな中私は抵抗もせず大人しく王馬くんの腕の中に収まっていた。……いや、身動きを取れずにいたのだ。

王馬くんは私でも頑張れば抜け出せそうな力で私の首に腕を回している。
しかし、彼の指先が私の首筋をなぞるようにゆっくりと動く。みんなには見えない角度で、バレない速度で動く。くすぐったくて今にも笑い出してしまいそうなのだが、そんなことをすれば白い目で見られるのは私の方だ。かといって大暴れした拍子に王馬くんの手の中にある爆弾が発動してしまったらただ事じゃ済まされない。


……そういうわけで、私は顔をしかめさせて堪えることしかできないのだ。少し身をよじってもそれにあわせて王馬くんの指もついてくる。
こんな時に人をくすぐって楽しいのかと神経を疑わざるを得ない。いや、こんな時だからこそ、そういうことをしたがるのか。

王馬くんが爆弾を持っていると分かった最原くんたちは下手に動けないようだ。そんな彼らの姿を見て王馬くんは不敵に笑う。彼が笑うたびに耳の裏に息がかかる。首筋をなぞる指の動きも少しずつ早くなってきた。

「んっ………」
もう我慢の限界だ……! 意を決して王馬くんの腕から逃げようとしたとき、
「なーんて、嘘だよ!」
そう言って彼は私を開放した。

弾みで前に倒れた私はくすぐったさを堪えるために止めていた息を吐きだし、大きく呼吸をする。
「大丈夫!? 名字さん!」
「顔が真っ赤だよ! そんなに苦しかったんだね……」
みんなは王馬くんが本気で私の首をしめていると思っていたようだ。
私は、大丈夫ですよ、と繰り返し曖昧に笑って誤魔化した。

この様子を見ていた王馬くんの口元には不気味な笑みが浮かんでいる。
「まあこれは爆弾じゃないんだけどね。入間ちゃんの形見だよ」
王馬くん曰く、ピンク色の物体と先程から気になっていたハンマーのようなものはそれぞれエレクトボムとエレクトハンマーと言うらしい。
エレクトハンマーで叩いた電子機械は停止する。エグイサル一発で電力がきれ、再充電には24時間かかる。エレクトボムは電波を妨害する粒子を周囲にばら撒いてあらゆる通信を妨害するらしい。

百田くんたちは王馬くんの話を半信半疑で聞いていたが、これを使えば地下道も突破できるかもしれないと分かり動揺し始めた。
私はもちろん王馬くんの話を信じている。あんなことをされたあとだし、こんな無条件に信じていたら、もっと人を疑いなよって言われるかもしれないけど……信じたいのだ。私が見て、感じてきた彼の姿を。


と、その時だった。
黒い影がすっと私の横を通り、王馬くんの首を掴んだ。
「うっ……」
「ねぇ、あんたは何を企んでるの?」
「だから……言ってるじゃん。このコロシアイを終わらせたいだけだって……」
春川さんの手にはそうとうの力が入っているのだろう、王馬くんの顔が苦しさに歪んでいく。
「だめです!」
私は春川さんの腕に飛びついた。刃物のように鋭い目つきで睨まれる。

「王馬くんを離してください……!」
それでも私は必死だった。王馬くんがぐっと喉を鳴らす。
「名字も、こいつの仲間なの? だったら私は許さないけど」
春川さんは場合によっては私にも攻撃するといった様子だ。怖い。一瞬怯んでしまった。でも、私は王馬くんを信じている。怖いけど、私は春川さんから目をそらさない。そらしたら王馬くんのことを否定することになってしまう。

「名字ちゃんも、バカだよね。オレを庇ったところでなんの得にもならないのにさ……」
「ハルマキ! もうやめろ! それ以上やったらマジで死ぬぞ! コロシアイだけはダメだって言ったろ?」
百田くんも春川さんの腕を掴む。そこでようやく春川さんは手を離した。
ドサリと倒れ込んだ王馬くんの身体を支えようと私は手を伸ばす。しかし、彼はそれを手で払いのけ、自力で立ち上がった。

「な、仲間にこんなことするなんて……正気を疑うよ。キミらが……どう思うかは別として……オレは……キミらを仲間だと思ってるよ。だ、だからオレはここで身を引くんだ。キミらは……キミらが信じた道を進みなよ」
そう言って王馬くんはフラフラとこの場を去った。


私は王馬くんが出ていった体育館の扉をじっと見つめていた。
その背後でみんなは王馬くんが残して行ったエレクトハンマーを使って外に出るかについて話し合っている。

「名字、オメーもそれでいいか?」
突然そう聞かれて振り返ると、エレクトハンマーを持ったみんなの視線が私に向いていた。
エレクトハンマーを使って外に出ることになったのかな。でも私にはそれはできない。
私はゆっくりと首を横に振る。
「外に出るにしても、王馬くんを置いて行けません……。あとで私も行きますから、心配せずに先に行ってください」
私はそれだけを言うと、体育館を飛び出した。




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