35


ルーちゃんがいないと心細い。
屋上やこの世界の切り替えポイントを案内してもらいつつも私はぼんやりとしていた。


どこに行ってきたのか、しばらくして王馬くんたちが帰ってきたところで私達はようやく"外の世界の秘密"を手分けして探すことになった。

「じゃあオレ様が教会で、百田は屋上、王馬はサロンだ。他は適当に手分けしてくれ」
「急に雑になったのぉ」
「……私は教会を探します」
王馬くんと一緒にいたくないし……。
「じゃあ僕も教会を担当するよ」
「終一は教会を探すのか。ハルマキはどうすんだ?こっちに来るか?」
「……うん」

各々がどちらを担当するかを決めている間、入間さんと王馬くんが2人でこそこそと話をしていた。
見たくないのに意識してしまう。自分に嫌気が差してため息をついた。


「名字さん、ちょっといいかな?」
館組と入間さんが外へ出たあと、最原くんが私の耳元で囁いた。
「王馬くんと何かあったの……?」
答えたくなければ答えなくていいといった口調には、無理に聞き出そうとはしない最大限の配慮が見られた。最原くんらしい。
彼は眉を下げて悲しそうな顔をしているが、親身でどこか暖かさを感じる。彼を前にした瞬間に何もかも話してしまいたくなった。

でも……それは絶対にできない。

「王馬くんとは何もないですよ。いや、初めから何もなかったんです。そのことに、私が気づいただけです」
私は思いの断片を言葉にした。王馬くんの言動に違和感があること、私はもう王馬くんと関わらないこと……。全部は話さなかった。けれど私が王馬くんのことを特別に想っていることはきっと伝わっている。最原くんは私の目を見て真剣に話を聞いてくれた。


「確かにここ最近の彼の言動は以前にも増して異常だよね。その原因は誰にもわからない。王馬くんのことを一番見ている名字さんにもわからないんだったら誰にもわかるはずないよ」
最原くんらしくない投げやりな言葉に耳を疑い、思わず顔を上げた。最原くんはいたって真面目な顔をしている。
「自分の感情ですらわからない時があるのに、その人のことを完全に理解しようとするなんて無理だ。……ってこんなこと探偵の僕が言うべきじゃないんだろうけど」
彼は困ったように笑う。
「でもね、理解しようとすることを止めてしまったら本当にそこで終わりだ。それ以上は何も進まない。けれど理解しようと努めることで、本人ですら気がついていないその人の内面を見ることも不可能ではないよ。他己分析からわかることだってあるだろ?」
「王馬くんは嘘で塗り固められていて本心なんてどこにあるのかわからないですよ……」
「名字さんの言うとおり、彼を知るのはとても難しい……。僕にとっても王馬くんが名字さんを遠ざけていることはとても不自然だよ。だって彼は……」

最原くんは口に手を当てて考え込む。学級裁判中、何かを考える時によくやる癖だ。それほど真剣に考えてくれているのだとわかる。

「私が鬱陶しいから避けているのだと思います……。だから私も彼に干渉することは止めたんです」
なおも最原くんは考え込む。私なりに出したこの答えに納得していないようだ。

「……鬱陶しいから避けているんじゃないと思う。名字さんに知られたくないことや巻き込みたくないことがあるんだとは思うけど……さすがにそれ以上はわからないな」
最原くんの答えは私がまったく予想していないものだった。まるで私のためとでもいうようなその考えには賛同できかねるけど、彼が何かを企んでいるというのは最原くんも感じているようだ。

「名字さんが苦しんでいる姿は見たくないけど、ここで立ち止まっても先に進んでも、どっちにしろ苦しいんだったら先に進むべきだと僕は思うよ」
これは、最原くんの経験則だろうか。赤松さんを失った最原くんの。立ち止まらず進み続ける最原くんの言葉には有無を言わさぬ説得力がある。

キミを嫌っているから避けているんじゃないってことだけは絶対に言える、という最原くんの謎の自信にも励まされ、私は前に進もうと決めた。
辛いけど、王馬くんから逃げない。

「ありがとうございます、最原くん」
私はいつも最原くんに助けられてばかりだ。


「お二人とも、手が止まっていますよ。名字さんは王馬クンのことを気にしているのですか?……まさかお二人がその……あれ、だとは知りませんでしたけど……名字さんと王馬クンなら仲直りできますよ」
「あえてそこに突っ込むとは……さすがキー坊じゃなあ」
おしゃべりをしていた私達はキーボくんに注意されてしまった。それは本当に申し訳ないけど……"あれ"ってなんだ?
それはともかく、私と王馬くんがあまり良くない関係になっていることに気づかれていたことに驚いた。夢野さんまで気がついているようだ。それほど私たちの様子がおかしかったということか……。


その時、教会が震えるほどの大きな衝撃と音が教会内に響いた。
私たちは咄嗟に音がした方を向いて固まる。
今の、教会の壁に何かが当たったような衝撃だったけど……。

「外に確認しに行こう!」
真っ先に教会を飛び出した最原くんに続いて私達も外へ出た。
音がした方、すなわち教会の側面に回ると、固まって動かない入間さんのアバターとその周りに散乱する物が目に入った。

「大変です!」
キーボくんが叫ぶ。私は入間さんのアバターも気になったが、その横に落ちている物に目がいった。
「携帯電話とハンマー……?」
最原くんはそれを拾い上げた。入間さんは凶器になりそうな物はないって言ってたのにどうしてこんなものが……。
「早く現実世界に戻らないと……入間が大変じゃ!」
夢野さんの叫び声で我に返る。
「そ、そうですね……! 早く館の方に戻りましょう!」


走って川まで戻るも、そこにあるはずの橋がない。
「……どうしたの!? すごい音がしたけど……」
白銀さんとゴン太くんが走ってくる。
「大変です! 入間さんのアバターが動かなくなってしまいました! だから一旦現実世界に戻ろうと思ったんですけど……」
「え!? それが、橋を入間さんが流しちゃったの。どこにいったのか……」
白銀さんが困ったように辺りを見渡した時、王馬くんが悠々と歩いて来た。

「あれ〜みんな集まってどうしたの?」
「王馬くん! ここにあった橋……見てないよね?」
「橋? それならあっちの方にあったよ」
私たちはそわそわと落ち着かない気持ちで橋を取りに行った王馬くんたちを待つ。ほんの2、3分がひどく長く感じられた。


橋がかけられ大急ぎでサロンに戻った。館で合流した春川さんは、百田くんがいないからとそこら中を探していたが見つからなかったらしい。
一体何が起きているというのか。

焦る気持ちを抑えて一人ずつ順番にログアウトしていく。あとは私と最原くんと王馬くんだけだ。

「名字さん、先にどうぞ」
「はい……」
最原くんに促されて黒電話の前に立つ。
受話器を取って、チラリと視線を移すと、王馬くんと目があった。
慌てて視線をそらす。
意識をすると、今まで何とも思っていなかったことが急に意味を持ち始める。決して嬉しいわけではないけど、久しぶりに目があったから過剰に反応しまった。意味もなく身体がこわばる。

「名字、名前……」
速まる鼓動を全身で感じながら、微かに震える声で自分の名前をつぶやいた。



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