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自分の研究教室で無心になって動物たちのお世話をしていると、いつの間にか夜時間の直前になっていた。
急いで部屋に戻る気力もなくダラダラと掃除用具を片付けていると、急に教室の扉が開かれた。

「おい、ショタコンまな板女! こんなところにいやがったのか! このオレ様を走らせるなんてダニ以下の糞虫だな!」
「入間さん……何のようですか?」
私は無気力に入間さんを見返す。
いつもなら反応の薄さにオドオドし始めるところだが、今の入間さんはただ私を真っ直ぐに見て息を切らして大きな胸を上下させている。
「今すぐコンピュータールームに集合だ! お前らをコロシアイのない世界へ連れてってやる! オレ様に土下座して感謝しやがれ!」
ぼんやりとした頭で入間さんの言葉を反芻していると、次第に頭がハッキリしてきた。

「え……前に言っていた発明ですか?」
「とにかくすぐに来い! 遅れんじゃねーぞ!」
入間さんは私の問いに答えることなく教室を出ていった。
なにがなんだかわからないが入間さんがとんでもないことをしようとしていることはわかった。どうやら呆然としている暇はないようだ。今すぐコンピュータールームに行かなくては……。
ん? コンピュータールーム……?
確か4階にあったような……。

「ま、待ってください入間さん!!」
私はこれまでにないほどの全速力で入間さんを追いかけた。




コンピュータールームにはすでに何人かが揃っていた。これから何が行われるのかハラハラしていると、白銀さんに肩を叩かれた。
「名字さん……今朝は問い詰めちゃってごめんね?」
「え……? あぁ、私こそあんな態度を取ってしまってすみません……」
白銀さんは今朝のことを言っているようだが、謝るべきなのは私の方だ。一人で苛ついて勝手に嫌な態度を取ってしまったことを深く反省しなければ。
「名字さん、あんまり思いつめすぎないでね……地味に心配だよ」
地味に心配されてしまった私は白銀さんにお礼を言った。


「遅ぇんだよクソ共! オレ様のナイス美ボディをおかずに抜いてきたのか?」
「ボク達を集めて何をしようとしているのですか?」
いつものように入間さんの下ネタをスルーする。
彼女は物分りの悪い子どもに諭すように話し始めた。
「だからぁ、お前らをコロシアイのない異世界に連れてってやるんだよ。ここのコンピューターを使ってな」
そう言って彼女は巨大なコンピューターを指さした。


彼女の説明によると、コンピューターと繋がった装置を被ると意識がプログラム化されて、プログラムで作った世界へ行けるらしい。
そしてそのプログラム化された意識には自身のアバターが用意されていて、こちらの世界に残った身体は眠ったままの状態らしい。
白銀さんはマト○ックスのようなものだと解釈していた。

また、元はモノクマが用意したコロシアイシュミレーターらしいが、入間さんが危険なものはすべて排除したので今は安全な世界になっているとの説明もあった。

「でも、元はモノクマの作ったプログラムなんだよね?」
「そうだけど、入間ちゃんが不眠不休で調整したんだから安心でしょ? みんな入間ちゃんを信じてあげようよ!」
「……どうしてキミは入間さんの肩を持つの?」
最原くんの疑問も最もだ。みんなが困惑する中、王馬くんだけが平然としている。もしかして王馬くんが入間さんの部屋に行っていたのって、この件について何か企んでいたからなのだろうか。二人って……意外と仲がいいのかな……。

「肩を持つつもりはないよ。ただ、モノクマが作ったってことはオレらをおびき寄せるためのエサとか用意してそうだよね」
王馬くんの言葉に反応してモノクマが現れた。
「エサね……もちろんあるよ。それはね……」
モノクマは焦らすようにそこで言葉をためた。私達は固唾を飲んでモノクマの言葉を待つ。

「……んああ! ためすぎじゃ!」
夢野さんが耐えきれなくなって声を荒げた直後、モノクマがニヤリと笑う。
「外の世界の秘密だよ」
「外の世界……?」
外の世界のことが知れるって言われても、そんなの立派な"動機"じゃないか。
それに王馬くんの態度が不自然で気になる。避けられているのに、彼の一挙一動が気になってしまう自分にため息が出る。



私達はプログラム世界の中で何をするのかちゃんとした説明もないまま所定の位置に座った。
ふと王馬くんの方を見ると彼は装置を手にしたところだった。視線に気づいたのか、こちらを見た彼はまた前に視線を戻して装置を被ろうとする。

私も装置を手に取り頭に被ろうとした時、また例の頭痛が起こった。
頭痛があっても装置を被って問題ないのだろうか……何か脳に支障をきたすのでは……。
……周りを見るとすでに装置を被っている人もいる。
私も早く装置をかぶらないと、と焦るが、痛む頭が気になって不安に押しつぶされそうになる。

グズグズしていると、入間さんが立ち上がり、王馬くんの方へ歩き出した。
「入間さん……?」
不思議に思った私は入間さんに声をかける。すると彼女はビクッと想像以上に大きな反応を示し、驚いたようにこちらに振り向いた。
「名字!? ま、まだかぶってなかったのぉ?」
泣き出しそうな入間さんを見るとなぜか申し訳なくなった。
「モタモタしててすみません……。この装置って頭痛がしてても被って問題ないのでしょうか?」
「あ、あぁ、大丈夫……。オ、オレ様はみんながちゃんと装置をかぶってるか点検してるだけだからな!」
「は、はぁ……そうですか。ありがとうございます」
聞いてもいないのに弁明し始めた入間さんを訝しく思いつつ、装置を持ち直す。
入間さんに大丈夫だと言われ安心しつつも、王馬くんの方に歩いて行ったように見えたことが心に引っかかる。何をするつもりなんだろう……まさかね……。
今度は別の意味で不安になりながらも装置を被った。




ーーーWelcome to the New World program…



あれ……頭痛がない。
私がプログラム世界に来て一番に思ったことはそれだった。


「痛っ何するんですか!」
「へぇ〜痛みを感じるんだ。感覚がつながってるってことなんだね」
「あ、確かにボクは今痛いと感じました。……そうだとしても人を叩かないでください!」
王馬くんがキーボくんを執拗に叩くのを見て私はあることに気がついた。

感覚がつながっている。けれど私の頭痛は消えた。
ということはこの世界で受けた感覚は感知できるが、現実世界で受けた感覚はこの身体では感知できないということか。


入間さんからこの世界の説明を受けたあと、屋上があるというのでみんなで見に行こうとしたのだが、例によって王馬くんが単独行動をとると言い出した。
「何を言われようがオレは行くからね。まあ、さすがに見張りとかつけられたら困るけど」
「見張り……?」
そう呟いた百田くんの視線がこちらに向いていることに気がついた。それを見たキーボくんが何かを思いついたように声を上げる。
「そうですよ名字さん! 今が王馬小吉監視作戦のリベンジの時ではないですか!? ボクたちで悪事を止めようとしたこと忘れてませんよね?」

そういえばそんなこともあったな……。キーボくんが自称指揮官として張り切っていたっけ。
懐かしく思いつつも、私は首を横に振った。
「ごめんなさいキーボくん。私にはそんな大役務められません。どうせ……無駄ですから」

ここ最近おかしな言動ばかりとる彼のことが気にならないわけがない。王馬くんは本心であんなことを言っているわけじゃない。根拠はないけど、あんなの私が知っている王馬くんじゃない。
でも、私が何をしたところで王馬くんには関係ないのだ。私の知っている王馬くんだって彼の嘘で作られたもので、この姿が本当なのかも知れない。本当はずっと、こうやってモノクマや私たちを出し抜きたかったのかもしれない。
彼と関わらないといけないのに……監視するのが私の役目なのに……彼と、関わりたくない。

「どうしてですか名字さん。無駄だなんてキミらしくないですね」
「キーボくん、ここはそっとしておいてあげよう?夫婦喧嘩は犬も食わないって言うでしょ?」
「夫婦喧嘩……?」
「えーっと……ゴン太何が起きてるのかよくわかってないけど……名字さんも嫌がってるから、ゴン太が王馬くんを見張っておくよ!」
私の代わりに立候補してくれたゴン太くんはみんなの役に立とうと意気込む。ゴン太くんは紳士を目指しているみたいだけど、その気持ちはもう立派な紳士だ。
それに反して私は自分勝手な理由で……。私は罪悪感を懐きながら俯いていた。

「……仲間思いのゴン太ならそう言うと思ってたよ」
王馬くんはそんな私には目もくれず、ゴン太くんを引き連れて館の外へ出て行った。



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