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おでこがヒリヒリする。
自室に戻り鏡を確認してみると、案の定王馬くんの一撃を食らったおでこのど真ん中が赤くなっていた。

ため息を漏らし、処置をどうするか悩む。
たんこぶはできておらず赤くなっているだけなので放置でも大丈夫だとは思うが、このおでこを晒して誰かに会うのは気が引ける。かと言って湿布やガーゼを当てるのも確実に突っ込まれるだろうし……。

うんうんと悩み続け、結局、絆創膏を貼って前髪で隠すことにした。これならあまり目立たなくて済むだろう。



自室を出て校舎に入ると偶然にも入間さんと鉢合わせた。
「おう、ショタコン女か……何してんだ? その白米みたいな顔面を隠してんのか?」
私はおでこの絆創膏を見られないように額を手で押さえていたのだが余計に怪しまれてしまった。入間さんの発言にいろいろとツッコみたい部分はあったが、慌てている様子の入間さんの方が気になる。

「……これは気にしないでください。それより入間さんは急いでいるようですけど何かあったんですか?」
そう尋ねると彼女は嬉しそうな顔でその大きな胸を反らす。
「あぁ、聞いて驚くなよ……驚くなよ?」
入間さんはチラチラとこちらに視線を送りながら顔をニヤつかせている。驚いてほしいんだと察するにはわかりやすすぎるその態度には好感すら覚える。適当にはいはいと返事をしていると入間さんは本当に驚くべきことを言ってのけた。

「このオレ様がお前らをコロシアイのない世界へ連れてってやるんだよ」
先程までのニヤついた顔ではなく、いつになく真剣な彼女の様子から冗談ではないような気がしてくる。そんなこと……ありえないのに。

「どういうことですか……?」
怪訝な顔でそう尋ねると、入間さんは再びニヤついた顔に戻った。
「けけっ、もうすぐ完成なんだ。まあ、クズ共にはわかんねーだろうな! なんてったってオレ様は天才美人発明家だからな!」
つばを飛ばしながらひゃっひゃっひゃと笑う入間さんはいつもどおりな様子だけど……また使いどころに困る発明でもしているのだろうか。

昼も夜もあの子が激しくて眠れないの……と反応に困る言葉を残して彼女は足早にコンピュータルームへと向かった。


王馬くんも入間さんも、みんな何を考えているのだろう……。私は所詮"関係ない"存在だから知る権利もないのだろうか。
ぼーっと廊下に突っ立っていると後ろから誰かに肩を叩かれた。
「ひゃっ」
「ごめん、驚かせちゃって。声をかけたんだけど聞こえてなかったみたいだから……」
ビクリと肩がはねて変な声が出てしまった。最原くんは申し訳なさそうに眉を下げている。

「いえ、ぼーっとしてて……気づけなくてごめんなさい」
「ううん。それより#nane1#さん、おでこは大丈夫なの?」
「あぁ……赤くなってましたけど、腫れてはいないので大丈夫です」
「絆創膏を貼ったんだね」
「目立ちますか? 一応前髪で隠したつもりなんですけど……」
最原くんは私のおでこを見て、手を伸ばした。
「もうちょっとこうした方が目立たないと思う」
彼はその綺麗な指先でちょんちょんと私の前髪を整える。私は視線を下げて、されるがままに整え終わるのを待った。少しくすぐったくて……恥ずかしい。

「あ、ごめんね……勝手に触ったりして……」
最原くんは不意に慌てて手を引っ込めた。
「いえ……ありがとうございます」
さっきも何気に頭をなでてくれたことを思い出す。優しい手つきで嫌な感じはしなかった。

って何を考えているんだ。
私らしからぬ思考を止め慌てて話題を変える。
「あ、もうアイテムはすべて使ったんですか?」
「うん。5階とキーボくんの研究教室が開放されたよ。一緒に確認しに行く?」
「え、でも……迷惑になるので一人で大丈夫ですよ」
さすがに二度手間をかけさせるわけにはいかない。そう思ったのだが、最原くんはお人好しの塊のような人なので簡単には引き下がらない。
「遠慮しないで。それに、5階に行くにはあの4階を通らないと行けないんだよ?」
何も言い返せなかった私は大人しく好意に甘えることにした。


私は、歩きながら今朝の王馬くんの言葉を反芻していた。
いろいろあって誤魔化された気がするけど、いつもより冷たいように感じた。"関係ない"なんて突き放すような言い方をされたからだろうか。
確かに王馬くんはいつも一人で行動しているから前から私とは関係ないと言えばそうなのだけど……やっぱり面と向かってそういう言い方をされると悲しい。
依然として黒い塊が身体の中に滞留している。


「あのさ……」
躊躇うように最原くんが口を開いたことで、私は我に返った。
「こんな時に言うことじゃないけど……名字さんが動物に好かれる理由がわかったような気がするよ」
「……え?」

突然の最原くんの発言にキョトンと彼の顔を見つめる。彼は私の様子を見て慌てて補足を入れる。
「今朝名字さんの頭を……な、撫でた時に癒される気持ちになったというか……名字さんを励まそうと思ったのに反対に僕の心が落ち着いたんだ。名字さんの研究教室でうさぎと触れ合った時のような感覚、が近いのかな」

なおも黙ったまま最原くんの顔を見返していると、彼は申し訳なさそうにつぶやいた。

「ごめん、変なことを言って……」
「いえ……! あの、前にも似たようなことを言われたことを思い出しまして。茶柱さんにも小動物みたいでずっと撫でていたいと言われたんです」
「そう……小動物!まさにそんな感覚だよ。名字さんのその優しい癒される雰囲気が動物の警戒心を解くんじゃないかな……人間も含めてね。茶柱さんの言うことにも大いに同意できるよ」
「えっと……疲れた時とか、頭……撫でてもいいですよ?」
冗談混じりで言ってみたのだが、自分の発言が想像以上に恥ずかしくてすぐに後悔した。夢野さんはなでなでしたくなるかわいさがあるからいいけど、私の分際で何を言ってるんだか……。
先程から普段の自分らしからぬことを考えたりしてしまっている。やっぱり動揺しているんだ。

驚愕の表情を隠せない最原くんに慌てて訂正を入れた。
「冗談ですよ……!」
私がこんな冗談を言うと思っていなかったのか最原くんは目を大きくさせてこちらを見ていたがプッと笑いだした。つられて私も笑顔になる。


一緒にいて心が落ち着くのは最原くんも同じだ。

モヤモヤとした黒い塊が消えることはないけれど、最原くんのおかげで少し足取りも軽くなった。




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