31

「名字ちゃんか〜どうしたの?」
王馬くんはなんでもないように振る舞っている。私は彼から目を逸らさずに言葉を続けた。
「カードキーはどこかで使えたんですか……?」
「使えなかったよ。残念だな〜」
残念だと言うわりには呑気なものだ。

やっぱり……違和感がある。王馬くんのことを思うと、それがモヤモヤとした黒い塊になって大きくなっていく。

「……何を考えているんですか?」
「……ん? オレは常にオレがしたいように動いてるだけだよ。名字ちゃんには関係ないでしょ。それとも、前に言ってたみたいに、今回もオレを止めようとしてるの? やめときなよ。無駄だよ」
そう言いながら王馬くんは私に圧力をかけるように詰め寄ってくる。
「関係ないって……」
私は一瞬視線をそらし、すぐに王馬くんを見据えた。
「そうです、王馬くんを抑制しようと思ってます……」
なんとか反発してみようとするが、じりじりと壁際に追い詰められていく。
もう行き場がなくなった私は彼に腕を掴まれる。目の前にはいつもより鋭さを増した大きな瞳があった。


これじゃあまるで、蛇に睨まれた蛙だ。
そう感じた時、裏庭の扉が開く音がした。

「名字さん!」

最原くん……!?どうしてここに……。
もしかしてルーちゃんが呼んでくれたのだろうか。

チッと王馬くんが小さく舌をうつ音が聞こえた。
「最原ちゃんなんの用? 見てのとおり、今取り込み中なんだけど」
王馬くんは私の腕を壁に押さえつけて身体を寄せてくる。

「名字さんを離せ……!」
顔を歪めた最原くんが強引に王馬くんを引き剥がした。

「暴力反対〜」
王馬くんは最原くんに掴まれた腕を擦りながら被害を訴える。
しかしその目はむしろ好戦的な熱を持っていた。


一触即発、どちらかが合図を出せばすぐにやり合いそうな雰囲気に固唾を飲む。
元はといえば私の考えの至らなさや力不足が原因でこうなってしまったのに、二人を止めようにも声が出ない。
声どころか身体が石のように固まってしまっている。


「あ、あの……」
ようやく動き出した私の口からはなんとも頼りない声が出た。

「ごめんなさい……」

絞り出した声はあまりにもか細かったが、この緊迫した静寂を切り裂くには十分だった。

「名字さん……」
最初に動き出したのは最原くんだった。
彼が目の前まで来てくれたが、私は顔を伏せたまま上げられない。そうして固まっていると不意に温かい手が頭の上に置かれて、私を安心させるように優しく撫でられた。
「一人で解決しようとしないで、仲間を頼ってもいいんだよ。少なくとも僕は名字さんの力になりたいと思ってる」
その言葉にハッとして顔を上げる。彼の綺麗な瞳があまりにも近かったから、吸い込んだ息を吐き出せず詰まってしまった。


「……そうですよね……。私、一人で何かしようとしてもうまくいかなくて、モノクマーズパッドの時もみなさんに迷惑をかけてしまいましたし、最原くんの言うとおりです。空回ってるくせにこれ以上余計なことをするなって感じですよね……。ごめんなさい……」
「いや、名字さんがみんなのために動いてくれてるという事実は必ずしも空回りだけで終わってない。名字さんを見て動こうと思える人も少なからずいるよ。だけど、名字さんは一人で考え込んでしまうところがあるから…こちらこそなんだかごめん……」
私達は少し距離を置きあたふたと謝り合う。


ようやく周りに意識を向ける余裕が出てきた時、後ろからギュッと腕を回された。

「名字ちゃーーん、オレの行動を抑制するんでしょ? ねえ、どうするつもりだったの? 何をしてオレを楽しませてくれるの?」

後ろから抱きつかれたことにも驚いたが、耳元で響く王馬くんの声に思わず目を瞑った。

吐息がかかりそうなほど近い……!
私の顔に熱が集まるのを感じる。
とにかく早くここから脱しないとどうにかなってしまう……!

「ごめんなさい!」
私は咄嗟にそう叫びながら後ろから顔を出している王馬くんの額にデコピンを食らわした。

「っ……キミ達いつから暴力行為に走るようになっちゃったの!? オレのかわいい身体も心も傷ついたよ!」
うぅ……今日に至っては王馬くんも少し被害者かもしれない……。少なくともさっきのデコピンは申し訳なく思う。思い切って額を弾いたので結構痛かったかもしれない……。

「ごめんなさい……咄嗟に指が出てしまいました……」
「ごめんで済んだら警察はいらないんだよ。どう落とし前つけてくれんのさ」
「うぅ……。私の額にもデコピンを一発ということでおあいこにしてくれませんか……」
そう言って私は額を差し出す。


デコピンに備えてきゅっと目を瞑った。
容赦のないデコピンが来ても大丈夫なように拳も握る。

よし、バッチコイ。

変な意気込みまでして待ち構えるも、その衝撃は来ない。

あれ……王馬くんなら喜んでデコピンをしてきそうなのに……。もしかして許してくれるのかな……。
恐る恐る目を開けた瞬間に、額に想像以上の痛みが走った。

「いたぁっ……!?」
そんなに強くしなくてもよくない!?と思いながらおでこを擦る。

「あぁ、ごめんごめん。オレの指の強度を図るのにちょうど良さそうなおでこが差し出されたからついやっちゃった。名字ちゃんの額に大穴を開けないように力加減はしたから安心してね!」
大穴はなくてもコブはできるのでないだろうか……。

「王馬くん強くやりすぎだよ……。まあ今のは名字さんにも問題はあるけどね……」
「え……!?」

最原くんは絶対に私の味方をしてくれると思っていたのに、期待に反する発言に耳を疑う。
当の本人は少し困ったように眉を下げている。

「確かに自分から言い出したことですけど……」
「う、ん……」
最原くんは曖昧に頷いた。
その反応に首を傾げる。最原くんが言っているのは自分から言い出したことに文句を言うなということではないのだろうか?
「にしし、最原ちゃんがオレの立場だったら危なかったんじゃないの?」
「……僕はそんなことしないよ!」
王馬くんの意味深な言葉に反応して顔がみるみる赤くなる最原くんは視線を泳がせて動揺する。
ますます私の何が悪かったのか疑問が深まる。

私は、ニヤニヤと最原くんをからかう王馬くんとそれに必死に対抗する最原くんの姿を呆然と見ていた。
なんだか私だけ置いてけぼりだ。


しかし、先程までの殺伐とした雰囲気とは打って変わって言い合っている二人の姿に安堵し、頬を緩めた。




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