08

裁判ではもちろん私のことも聞かれたけれど、私が答えられることは少なく、気絶の原因やコロシアイとの関係性は見いだせないまま終わった。

その裁判から一晩たった。
今朝の食堂は皆が昨日のことに触れないように不自然なほど"普通"を取り繕っていた。


赤松さん、いつも皆を引っ張ってきた彼女は、最期まで私たちに生きるように訴えていた。彼女の想いを無駄にするわけにはいかない。
そして天海くん……せっかく優しい人だと分かったのに、これからもっと会話して友達になれると思ったのに……もうそれが叶うことはない。


じっとしているとどうしてもチラつく昨日の出来事を振り払うように、モノクマからもらったアイテムを持って最原くんと校内を回っている。
きっと彼も一人でじっとしない方がいいのだろう。


「ここに通行手形をはめるんじゃないですか?」
「そうみたいだね。いくよ」

最原くんが1階の廊下の壁に通行手形をはめると、壁が消え、その先に新しい廊下が現れた。

「今のはウチの魔法か?」
「いや、僕が通行手形を使ったからだけど……」
「ウチの魔法じゃな」

少しムッとした夢野さんと共に廊下を進むと、惹かれるデザインの扉を見つけた。
動物の絵が書かれたその扉の前で立ち止まる。きっと私の研究教室だ。

中には鳥やウサギなど比較的飼いやすい動物と、各々に適した環境やエサ等が準備されていた。

「わー! これ、ルーちゃん用のケージですよ! あ、こっちには遊び道具まで!」
すっかりこの空間に魅入ってしまった私は最原くんが入ってきたことすら気がつかなかった。

「名字さんにピッタリの部屋だね」
「はい。本当に……」

私はウサギをそっと膝に抱えた。久しぶりのルーちゃん以外の動物の感覚に酔いしれる。温かいぬくもりが手から伝わって来て、私に力をくれるようだ。


「最原くん……」
「どうしたの?」
最原くんは側まで来て私と同じようにしゃがんだ。
今なら動物の力を借りて、普段なら躊躇して話せないようなことも話せる気がする。


「今朝、アンジーさんが帽子を取った今の方がいいと言いましたけど、私もそう思います。その……帽子を取った方がかっこいい……というのもありますし、ちゃんと目を合わせられるのが嬉しいです。相手の目を見ないと何を考えているのか不安で……。動物達と会話する時も、瞳の輝きや色を参考にするんです」

そう言って最原くんの方に顔を向けた。
彼の黄色い瞳は、逸らされることなく私を捉えている。他人と話すことは苦手だけど、この人とは話せると、そう確信する。

「最原くんの目はとても綺麗です。未だ迷いはありますが、正義感が強い。そして、優しい」

私は自然と微笑んだ。
探偵として鋭い眼差しを向けることもあるのだろうが、その根本にあるものは温かい。

「名字さん……」
「ほら、ウサギちゃんです。私が持ってますので、触ってみてください」
私は最原くんが撫でやすいようにウサギを抱える。

最原くんはゆっくりと手を伸ばし、ウサギに触れた。

「動物には不思議な力があって、人を癒やしてくれるんです。こうして撫でているだけで心がほぐれていく感じがしませんか?」
「うん……」
最原くんはウサギを丁寧に撫でる。その温もりで凍った心を溶かしていくように。

「私は、私にできる方法で最原くんの力になりたいと思っています。しんどくなった時にこうして動物と触れ合うことで心が暖かくなるんですよ」
いらないお節介かもしれない……。けれど最原くんは優しく微笑んだ。
「ありがとう、名字さん。たまにここに来て、この子たちと触れ合ってもいいかな?」
「はい、もちろんです!」
話せてよかった。思いを伝えられてよかった。動物たちのおかげだ。
少しでも彼の原動力の源になれたらいいな。



私達は存分に癒やされたあと、
廊下に出て、次のオブジェへと向かう。


「あれ?珍しい組み合わせだね」
「王馬くんもこの龍の像を見に来たんですね」
「うん。いかにも怪しいよねー」

その龍の像に最原くんが宝玉をはめると、壁がなくなった。

「すげー! 壁の先に行けるんだー! よーし、さっそく突撃だー!」

「本当に王馬くんはじっとしてることがないですね……」
私は王馬くんの子供っぽさに半ば呆れながら彼の後に続く。
そこには東条さんとゴン太くんの研究教室があった。


「名字さん、3階にも行けるみたいだよ」
最原くんが指差す先には3階に続く階段があった。


3階の廊下を進み、赤い扉の部屋を見つけた私達は中に入ってみようとしたのだが、

「ここはダメ。」

春川さんに止められてしまった。

「えっと……どうして?」
「この中、見せてくれませんか?」
見るなと言われれば余計に気になるものじゃないだろうか……。中に何があるのだろう。

「ダメ。」
うーん、ここまで拒絶されたら引き下がるしかないか…そう思った時、

「おーい、どうしたのー? まさか揉め事じゃないよねー?」
王馬くんがどこからともなく現れた。こういう現場を見逃す彼ではないのだ。

「ほら、あんた達のせいで面倒くさいのが来た」
「あらら。キミ達のせいで面倒くさいのが来たってさ!」
その面倒くさい張本人はさぞ愉快そうな笑顔を浮かべている。

これ以上春川さんに迷惑をかけるわけにはいかないと思った私は王馬くんの手首を掴んだ。
「ほら、もう行きましょう。これ以上ここにいても春川さんの迷惑になりますから」
「ちぇー。でも、ちょっとは気になるよねー。どうして入らせてくれないんだろう?」

彼は真顔を装っているが、そのポーカーフェイスの下では何か良からぬ事を考えているのだろう。そう、例えば…

「春川さんがいないすきを狙って部屋に入ろうと思ってますね?」
「そんなことするわけないじゃん!女の子が嫌がることをするのはよくないよね」
「キミが言うと嘘っぽく聞こえるよ……」
私と最原くんが同時にため息をつく。


「ところで名字ちゃん! いつまでオレの手首を掴んでるの? 暴力は反対だよ!」
そういえばずっと掴んだままだった。ここで離したら、彼がまた春川さんに迷惑をかけるのではないかと疑いの眼差しを向ける。

「また他の人に迷惑をかけるかもしれないので」
「名字ちゃん一生オレを離さないつもり!? 24時間365日食事もトイレも寝る時も一緒にいるの!? たはー! 普段は他人と深く関わらないくせに意外と独占欲の塊なんだね!」

ああもう、面倒くさい……。

「はぁ……他の人に迷惑をかけないならいいんですけど、いつまでもこうしている訳にはいきませんよね……。最原くんと私は他のオブジェも見て回りますし、仕方ないです」
王馬くんのペースに合わせるのもさすがに疲れてきた私は手を離し彼を解放した。

「あれ? もう離しちゃうんだ」
「離してくれって言ったのは王馬くんですよ?」
「ま、いいんだけどねー」

彼はそのまま、私達とは反対の方へ走り去って行った。

私が呆れたようにその後ろ姿を見ていると、横でふっと小さな笑い声が聞こえた。
驚いて顔を向けると、最原くんが口元を押さえて笑いを堪えている。

「名字さんの普段と違った一面が見れたよ」
「え…?」

私何か変なことしたっけ?
自身の行動を振り返ってみるも全くわからない。

「正直、名字さんが王馬くんの手首を掴んだ時はビックリしたんだ。そんな強引なことをする人だと思ってなかったから……」
ああ……そのことか……
私は恥ずかしくなって顔を伏せた。今振り返ると確かに強引だし普段なら絶対にしないことだと思う。

「以前アンジーさんが言っていたけど、名字さんと王馬くんって案外良い仲なのかもしれないね」
最原くんのその言葉に耳を疑う。
まさか彼にまでこんなことを言われるとは思っていなかった。陽気で人を振り回すような言動ばかり取る彼と、人見知りで動物とばかり仲良くするような私のどこが良い仲なのだろうか。
信じられないというような目で彼を見上げる。

「ごめんね」
そんな私の視線を受けて謝る最原くんだが、その顔は依然笑ったままだった。




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