31



私が記憶するままの兄が、静かにこちらを見ていた。

優しくて、穏やかな兄は、その美しい姿を保ったまま、瞬きもせずに私を見ている。


「お兄ちゃん……」
兄に手を伸ばす。しかし、リュフワが私の手を掴んだ。
「触ってはいけない。人形は非常に繊細なんだ。名前も泣いてはいけないよ。これから人形になるというのにそんな顔をしていてはダメじゃないか。大丈夫、キミも直ぐにお兄さんと同じになれる。心配しなくてもキミたち兄妹は同じところに飾ってあげる。キミたちはボクの最高の作品だ」
そう言ってリュフワはタオルを私に差し出した。

私は泣いているのか。

私に向かって笑いかける兄の姿が蘇ってくる。
しかし、目の前の兄はそうやって笑うことはできない。私の手を引いてくれることもない。もう、動くことすらない。


覚悟はしていたつもりだったけれど、実際に動かなくなった兄を前にすると、何も考えられなくなりそうだ。


私は漫然とした動きで立ち上がる。
リュフワに差し出されたタオルを掴むと、リュフワは私の手を離した。


「人形遊び(マリオネット)!」
その瞬間に、私は勢い良くドールを放ち、自身もリュフワに飛びかかった。
レッグシースからナイフを抜き取り斬りかかる。

リュフワはその攻撃をヒラリと躱し飛び下がる。

「暴れちゃダメじゃないか。キミの身体に傷がついたらどうするんだ」

お前はまだそんなことを言っているのか。いや、コイツは剥製人形のことしか頭にないのだろう。

リュフワは激しく斬り込むマリオネットを避けながら、私との距離を詰めてくる。対して私はマリオネットを動かしながら一定の距離を保つ。

その様子を見ていて、リュフワが決して余裕ぶっているわけではないことがわかる。
それならばなぜリュフワは今すぐにでも私を剥製人形にしないのだろうか。対象に触れていなければ条件を満たさないのだろうか。

ならば、私が近づかなければいいだけのこと。


私はリュフワから距離を保ちつつ、マリオネットで攻撃を繰り出す。
何が戦闘向きじゃないだ。
奴の身のこなしは軽く、戦闘慣れしているようにしか見えない。能力が戦闘向きではないというけれど、それも私には当てはまらないことだ。私は既にリュフワの能力を受けている身だから奴に近づくことができない。これでは戦力が半減したままだ。

「どうしてボクの方からキミを訪れることをしなかったと思う?」
「……知らない」
私は息が切れてきたのにも関わらずリュフワは余裕の表情だ。決定打となる攻撃を出せないまま体力だけが削られていく。

「それはね、キミの方から来てくれると信じていたからだよ」

そう言うとリュフワは一気に間合いを詰めてきた。

「くっ……」
私は後ろに飛び下がる。
リュフワは真っ直ぐに私を見ながら、マリオネットの攻撃を正確に避ける。

隙がない。
攻撃を仕掛けてできた隙に"からくり遊び"の念を発動しようと思っていたのだけれど……。

息があがって動きも鈍くなってきた。
こうなったら自分の身体を切ってリュフワの動揺を誘うか……。いや、そんなことをしたら逆上してゴンたちを傷つけるかもしれない。


私は後ろに飛び下がりながら鉄製の人形を放った。予備の人形はこれで最後だ。

「リュフワに攻撃!」
私の掛け声とともに人形たちは一斉にリュフワに飛びかかる。ポシェットに入れていた人形たちの重みがなくなり多少は動きやすくなった私もあちこちと逃げ回る。

「ボクがキミの存在を思い出せたのは最近のことなんだけれどね。まさかあの火事の中から生き残った子どもがいたなんて思いもしなかったから」

まだ喋り続けるのか。
四方八方からの攻撃を食らって体力も相当削られているはずなのに、リュフワは未だその顔に不気味な笑みを浮かべている。

「でも、いくつかの作品を回収することに成功して落ち着き始めた時、微かに念の反応を感じたんだ。まだボクの作品になるべき子が生きていると……!」

その時、肩の紋様が鋭く痛んだ。思わず腕を押さえる。リュフワの感情の昂ぶりに比例して痛みが増していくようだ。

「名前、キミはボクの手でその美しさを永遠のものにしなければならない!」
「ああああ……!!!」

リュフワが叫んだと同時に、紋様が斬りつけられたように痛み、焼かれたように熱を帯びた。顔をしかめざるを得ないこの痛みに今にも倒れそうだ。

リュフワが近づいてくる。

逃げなきゃ……

私に向かって手が伸びる。

身体を動かそうとしているのに言うことを聞いてくれない。激しい痛みで意識も朦朧としてくる。


キルアとゴンを置いて負けるわけには……。

激痛に顔を歪めながらキッとリュフワを睨む。
震える腕を動かしてポシェットの中で"巻鍵"を掴む。

リュフワが私を人形にするのが早いか、私が巻鍵を刺すのが早いか、

おそらくリュフワの方が早い。

それでも、最期まで……。



リュフワの手が私に触れた。



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