29



あれから丸一日、クラピカはまだ息苦しそうに浅い呼吸を繰り返している。おでこに乗せているタオルを何度も変えるが、暫くすると体温が移って熱くなってしまう。
これでもだいぶ様態は安定してきている。

「名前ちゃん、あなたも休んだ方がいいわ」
「うん……ありがとう」
センリツは心配そうに眉を下げている。気を遣わせてしまったのか、すぐに部屋を出ていった。心音でどこまでわかるのかは不明だけれど、センリツにはバレているかもしれない。

部屋には私とクラピカだけが残される。私はクラピカの手を取り、両手で包み込んだ。

ずっとクラピカの側にいたいけど、そろそろ私も動かなければならない。
「行ってくるね、クラピカ」
クラピカの手と自分の手を絡めてぎゅっと握る。
リュフワがいつまでヨークシンにいるかはわからない。クラピカは頑張った。今度は私が頑張る番だ。

もう、決着をつけなければ。

クラピカの手をそっと元に戻して、音を立てずに部屋を出た。


オークション会場は多くの人で賑わっている。他の人に紛れて姿をくらますことができるが安心してはいられない。フードを深く被りなおす。
オークションが終わり、出口から出てくる集団に目を凝らす。

息を潜めて集中する。全身に拍動が伝わるほど心臓がうるさい。
その中に、ついに探し求めていたリュフワの姿を見つけた。数日前に見たおかしな仮面を着けているので一瞬で判別できた。

心臓が跳ね上がり鼓動が早くなるが、落ち着いてマリオネットで追跡を始める。もう失敗はできない。




マリオネットのおかげで怖いくらい順調に追跡に成功した。リュフワのアジトを目の前にして、息を整え、精神を統一させる。

この身体にはおそらくリュフワの念がかけられている。どんな念なのかハッキリしていない時点で彼の前に姿を晒すのは飛んで火にいる夏の虫か……。
それでも、今しかない。

私は意を決してリュフワのアジトに忍び込んだ。





*





先程まで名前の温もりを近くで感じていたような気がする。
俺は自分の手を見つめ、まぶたに当てた。

夢か……。
現に名前はここにはいない。どこに行ったのだろう。

俺はどれくらい寝ていたんだ。
時刻を確認しようとして、この部屋には時計がないことに気がついた。
重い身体を起こそうとした時、ノックの音がした。同時に、名前ちゃん、と彼女の名前を呼ぶセンリツの声が聞こえた。

すぐに扉を開ける。
いきなり開いた扉に驚くようにセンリツは声を上げた。
「あら、起きてたのね。名前ちゃんはもういないわよね」
「……ここにはいない。今は何時だ?名前はどこにいる」
「今は午後の2時よ。……やっぱり名前ちゃんは行ってしまったのね。心音が聞こえなくなったから……」
「やっぱり、とはどういうことだ?」
「ええ。深い悲しみ、そして切迫したような心音をしていたから気になっていたんだけど……」

深い悲しみ……切迫……これらの感情と、彼女がヨークシンに来た理由を繋ぎ合わせる。

「もしかして……センリツ! ここに地図はあるか!?」
「え、地図……確かあの中にあったはずだけど、何をする気なの?」
「名前のところに行く」
決意の込められた固い声を聞いて、センリツは言葉を飲み込み口を閉ざした。心配と不安の眼差しを向けられる。
「大丈夫だ。少なくとも飛行船に乗り込んだ時よりは身体が軽い。名前のところに行かせてくれ」
「……わかったわ」
センリツは躊躇いながらも部屋を出ていった。


導く薬指の鎖を発動する。名前は十中八九リュフワのところにいるだろう。
そして導く薬指の鎖は地図上のある一点を示していた。ここからは少し離れているが行けない距離ではない。

俺が部屋を出ようとした時、センリツが諦めたような吐息を交えながらつぶやいた。
「名前ちゃんはつきっきりであなたの看病をしていたわよ」
「……そうか。ありがとう」

やはり目覚めた時に感じた名前の温もりは夢ではなかったのだ。
名前のことを思うと胸が締め付けられるような息苦しさを覚える。俺は自分のことに精一杯で名前の心中に気づいてやれなかった。

一人で苦しんでいたのかと思うと、いても立ってもいられない。

不思議と身体も重くない。
俺は鞠が跳ねるように部屋を飛び出した。



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