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頬を撫でる風の冷たさに首を縮めて、もうマフラーを出した方がいいだろうかと考える。最近は朝晩がすっかり寒くなってきた。そりゃそうだ。だってA級ランク戦の時期だもん。
今年も本部に通い詰めている間にあっという間に年末になるんだろうなと考える。

昨日は影浦隊と二宮隊との戦いだった。結果としては負けてしまったけれど結構善戦だったと思う。試合中はオペ用モニターでしか戦いの様子は知れなかったけれど、試合後頭を休める間もなくログで試合を見直した。ここはこう指示を出した方がよかったとかここはもっとこう動くべきだったよねとか一人で反省会を開き、三周目にさしかかったところで次は気になる点を重点的に見ようと早送りでログを再生する。そして、思わず目に留まったシーンで再生速度を標準に戻した。影浦くんがマンティスで辻くんと犬飼くんに対抗するシーンだ。ウチの隊員には関係ない部分だと思いつつも画面から目が離せない。戦う姿は真剣でちょっと楽しそうで、かっこいい。前からかっこよかったけれど……と考えたところで一人首を傾げる。前よりかっこよく見えるということは彼の技術が上がっているのだろうか。その後、頭に湧いてきた疑問を解消するためにそのシーンをもう三周見直した。
しかし結局影浦くんのどこが成長したのかは最後までわからなかったことを学校へと向かいながら思い出す。今日もう一回ログを見直してみようか。また新たな発見があるかもしれない。

「おはよう」

そんなことを考えながら下駄箱から上履きを取り出していると背後から声をかけられた。振り返ってその人物を確認して私も笑顔を返す。

「おはよう犬飼くん」

クラスが同じになったことはないけれど彼の人となりのおかげで犬飼くんとは話すことが多い。今のように何かと声をかけてくれることが多いのだ。隣に並んでお互いの教室へと向かう中、自然と先ほどまで考えていた昨日の試合のことを話題にあげる。

「昨日のランク戦いい試合だったね」
「そーね。やっぱ苗字ちゃんがオペだとやりにくいよ」
「そうなの? そう言ってもらえると嬉しい」

彼の言葉に素直に喜ぶと、犬飼くんも微笑み返してくれる。

「犬飼くんも大活躍だったね。特に辻くんと一緒に影浦くんを追い詰めた場面とか、ログを見直してて手に汗にぎっちゃった」
「あーあれね。結局カゲに持っていかれたけど」
「そうだね」

二人でいいところまで追い詰めてはいたものの、結局最後は影浦くんのマンティスで形勢を逆転させられたのだっけ。犬飼くんに苦笑を返しつつ昨日何度も見たログを頭の中で再生する。

……影浦くん、かっこよかったな。

二人に挑む影浦くんの姿を思い出していると隣から視線を感じて顔を上げる。犬飼くんの綺麗な緑色の目が丸く見開かれていて、私は首を傾げる。彼のこんなにもわかりやすく驚いた顔なんて初めて見たから、私もじっと見返してしまう。
突然どうしたのだろう。何かしてしまっただろうか。
どうしたのかと尋ねようとしていると、一瞬瞬きをした間に先程まで目を丸くしていたのが幻だったのかと思うほど目の前の彼はにっこりと目を細めている。

「そっか」

それだけ呟いた彼の意図を考えている間にタイミング悪く私の教室まで着いてしまった。最後にさっきの反応は何だったのかだけ尋ねようかと思ったのだが、彼がまた何か言いたそうにしているのを見て口を噤む。

「今日って本部行く?」
「うん。学校が終わったらすぐ行く予定だよ」
「そっか。じゃあまたね」
「あ、うん、またね」

それだけ言って自分の教室へと向かってしまった犬飼くんの背中をしばらく見送って自分の教室へと入る。結局何に驚いていたのかわからず仕舞いだし、最後本部に行くかと尋ねてきた理由もよくわからない。いろいろと聞きそびれてしまったことにモヤモヤしつつ私は自分の席にスクールバッグを置いた。



今朝いろいろと聞きそびれたことを気にしていたのに、一時間目が始まる頃にはそんな悩みも忘れていた。その後も特に何事もなく一日を過ごし、人もまばらになった教室でスクールバッグに教科書を詰めているところへやってきたのはこの教室の中で見るには珍しい顔だった。

「苗字ちゃん」
「あ、犬飼くん。どうしたの?」

何か用事だろうかと手を止めて机の横に立つ彼を見る。

「おれも本部行くから一緒に行こうかと思って」

本部へと向かう途中で偶然合流したことなどはあるが、こうして彼に誘われて一緒に行くことなんて初めてで一瞬言葉に詰まる。どういう風の吹き回しだろうかと疑問に思ったものの、断る理由もないので彼のお誘いに乗って私たちは一緒に教室を出た。

何か考えがあるのではと少し勘繰ってみたりしたものの、特に何か聞かれるわけでもどこかに寄り道するわけでもなく、学校でのこととかお互いの隊のこととか他愛もない話をしているうちに本部へと到着した。犬飼くんの考えていることは察しにくいから私も深く考えないようにしている。というわけで今回の行動も、単純に私を誘ってくれただけだったのだろうと結論付ける。

「ログ見るのもいいけどさ、たまには生で訓練見てみるのもいいんじゃない? 今日よかったら案内するよ?」
「確かにそうだね。じゃあ今日は私も訓練室行ってみようかな」
「うん。じゃあ後で苗字ちゃんの作戦室まで迎えに行くから」
「わかった。わざわざありがとう」

私が昨日の試合のログを見返そうと思っていると言うと犬飼くんがそんな提案をしてくれた。訓練室には用がないためあまり行かないのだが、たまには実際に隊員たちの訓練を見てみるのも勉強になるだろう。彼の提案をありがたく思いつつ作戦室に荷物を置いてトリオン体に換装する。

その後彼の隊服であるスーツ姿で迎えに来てくれた犬飼くんとともに訓練室へと向かった。中に入るとそこは想像以上の人で賑わっていて、少々圧倒される。C級からA級まで数多くの隊員が訓練をしたりモニターを見たりしているようだ。

「わあ。久々に来たけど活気あるね」
「まあこの時間は特に人が多い時間だからね」

そう言う犬飼くんの横に並んでキョロキョロと辺りを見回す。確か各ブースでの試合の様子はこのモニターに映し出されているんだったよね、と端から順番にモニターのコマを見ていると、ふいに犬飼くんが足を止める。どうしたのかと私も足を止めて彼の視線の先を追うと、たくさんある映像の中のひとつに影浦くんの姿を見つけた。

「カゲは相変わらずえぐい動きするな〜」

隣から聞こえたそのつぶやきに、彼も影浦くんを見ているのだと気づく。

「うん。すごいね」

首を縦に振って同意しつつも、目線は画面の中の彼から離れない。非戦闘員の私からするとみんなすごいし今彼と戦っている村上くんだってとっても強いとは思うのだけれど、やはり影浦くんは一際目を惹く存在な気がする。
犬飼くんがその場から動かないのをいいことに私はその戦闘を食い入るように見つめていた。
気がつけば試合は終わっていて、先ほどまで画面の中で激しい戦闘をしていた影浦くんはすでにブースから出てきていた。彼と戦っていた村上くんと合流してなにやら話している。口角を上げていつになく楽しそうな様子に、村上くんとの仲の良さが垣間見れて私まで嬉しくなる。

「行こ」

ぼんやりとそんな二人を見ていると突然犬飼くんに手首を取られた。

「え、待って」

抗う間もなく彼はずんずん歩みを進めて影浦くんたちに近づいていく。待ってという静止の声を思いっきり無視して歩き続ける彼に焦っていると、私たちが近づいていることに気がついたのか影浦くんがこちらに顔を向けた。彼は一瞬目を丸くしたがすぐに顔をしかめる。彼の苦い顔は恐らく犬飼くんに向けられているのだろうとわかっているものの、その顔がこちらを向いていることにばつが悪くなる。隣の村上くんも珍しく驚いた顔をしている。

「お疲れ〜」

片手を上げて挨拶した犬飼くんに対して挨拶を返したのは村上くんだけだった。やはりと言うべきか、影浦くんは声をかけたことで余計に顔を歪めて舌打ちまでしている。
彼らの間にはむやみに入らない方がいいと学習している私は、彼と犬飼くんがうぜえとかなんとか言い合っている横で村上くんに向き直る。

「お疲れ様」
「お疲れ様。苗字がここにいるのは珍しいな」
「うん。勉強になるかなと思って犬飼くんに連れてきてもらったの」
「そっか……強制連行ではないんだな?」
「ふふ。任意同行だよ」

いまだ犬飼くんに掴まれたままの私の手を見て村上くんが薄く笑みを浮かべる。引っ張ってこられた時は驚いたけれど、久しぶりにこうして村上くんとも話せたしよかった。そう思って私も彼に笑いかけると、「というか」とあからさまに不機嫌な声が私たちの間を抜ける。

「何してんだよ」

そう言ったのは影浦くんで、彼の顔はまっすぐこちらを向いているかと思えば視線は私の顔から犬飼くんに掴まれている手元へと下がっていく。

「あ、えっと、勉強になるかと思って連れてきてもらったの」

犬飼くんと言い合っていたと思っていたので突然話しかけられたことに動揺しつつ辛うじて声を出す。言い争いをしていて気が立っているのか、歯をむき出した猛犬のような恐ろしさすら感じて今にも噛みつかれそうだと思った。でも不思議と怖いとは思わない。
何かまずいことをしてしまっただろうかと控えめに首を傾げると、影浦くんは一瞬ピクリと眉を動かして自らを落ち着かせるように鼻から息を吐き出した。とりあえず牙は収めてくれたようだ。まだ毛が逆立っているように見えるけれど。
敵意を露わにする影浦くんに構わず犬飼くんはにこにこと笑顔を湛えたまま私と影浦くんの間に入るように一歩前に踏み出す。

「そ。見学だよ」

彼が不機嫌なことに気づいていながら全く動じる様子のない犬飼くんに感心しつつも、その態度が余計に彼を苛立たせているのではと心配にもなる。

「ふ、二人ともやっぱり強いよね」

二人の言い争いの仲裁に入るのは賢い選択ではないとわかってはいるものの、この空気の悪さに耐えかねて二人を引き離すように別の話題をねじ込んだ。彼らの仲が悪い、というよりも影浦くんが一方的に犬飼くんを嫌っているのは彼らを多少知る者ならば誰もが知っている事実だ。犬飼くんもそのことに気づいているだろうにどうして自ら絡みに行くのだろうとため息を吐きたくなる。せめて周囲の人を巻き込まずに喧嘩してほしい。
先の私の小さなフォローはあまり役に立たなかったようで、彼らがその話題に乗ることはなく依然として影浦くんはにこにこと笑みを湛える犬飼くんをにらみつけている。どうしたものかと村上くんの方を見るも、私の視線に気づいた彼はこちらを見ながら小さく首を横に振るだけだった。

……やはりこの空気をどうにかするのは無理らしい。

せめて犬飼くんがこの手を離してくれればこの二人と少し距離を取れるんだけどと掴まれたままの手首に視線を落とす。彼の手が私の手首をすっかり覆いつくしていて、なんだか大人と子どもくらいの差を感じる。犬飼くんは背が高いから手も大きいらしい。というかこれいつまで掴まれたままなのだろう。なんだか冷静になったら恥ずかしくなってきた。
まともに異性と手をつないだことすらないため、今のこの状態は私には耐えがたい。一度でも意識してしまうともう他のことに頭が回らなかった。掴まれている部分が熱く感じてきて、今すぐにでも離してほしいという思考しかなくなる。自分から手を離すのは彼を嫌がっていると思われそうで憚られるし、手を離してって言っても彼のことだから「どうして?」と薄い笑みを浮かべながらその理由を聞いてきそうで困る。恥ずかしいからなんて言うことすら恥ずかしいし、きっと犬飼くんはそれを聞いたら面白がって逆に強く握ってきそうだ。彼はちょっと意地悪なところもあるから……。

どうしようどうしようと頭の中でぐるぐる考えていると、少し強い衝撃が私の腕を襲った。
何事かと驚いた時にはもう私と犬飼くんの手が離れていた。

影浦くんが私と犬飼くんの手を切り離したのだ。

驚いて見上げると、彼はガルルと唸りそうな剣幕で犬飼くんを見ていた。犬飼くんに握られた手に思考を取られていたがそういえば彼らは喧嘩をしていたのだった。私が思考を他へ飛ばしている間に何かあったのだろうかと彼らを見てみるも、先ほどの出来事はどうやら犬飼くんも予想だにしなかったことらしい。彼は目を丸くして影浦くんを見ていたものの、その目はすぐに細められる。何か言いかけた犬飼くんを遮るように影浦くんは彼から視線を逸らすと大きな舌打ちをして私の方へと向き直った。

「勉強になったかよ」

そう話しかけてくれた彼をぽかんと見つめ返す。そしてすぐに訓練を見ていて勉強になったかどうかを尋ねられているのだと気がついた。ワンテンポの遅れを取り戻すように強めに首を縦に振る。

「……うん! かなり勉強になった!」

彼は私と犬飼くんの手を切り離したことについて触れるつもりはないらしい。まあたぶん私が聞いていなかった間に彼らの間に何かあったのだろう。おかげで私も助かったわけだし、過ぎたことを深く追求する気もない。

彼は勢いよく答えた私を見てほんの少し目を開いたと思ったら、ふーんと言って視線を外す。その反応を見て私は彼ににっこり笑いかけた。
だんだん彼のこういう反応にも慣れてきた。この薄い反応は興味がないわけではなくて、他の人が頷きながら「そうなんだ」と言っているくらいの反応である。彼が本当に興味がないと思っている時は返事すらしないから。

「さっきの試合見てね、影浦くんって戦ってる最中いろいろなことを考えてるんだなっていうのが改めてわかった。いろんな動きをするから見ていて飽きないよ」

彼が聞いてくれているのをいいことに先ほどの試合についての感想を素直に伝える。私はそう思っているけれど、彼自身は何を考えて戦っているのだろうか。案外野生の勘的な戦闘センスだけで戦っているのだろうか、それともやっぱりちゃんと戦況を見て考えているのかな。もしかしたら何か教えてくれるかもしれないと淡い期待を抱きながら影浦くんを見ていると、彼はピシリと動きを止めたかと思うと顎までおろしていたマスクを引き上げる。

「そーかよ」

視線を逸らしながらそれだけ言った彼の声が今までになく小さくて、今は教えてくれそうにないなと考えながら、うん、と答えることしかできなかった。




お題 - やけに格好良く見えた


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