Day 3 - 2


最原は扉を開けて颯爽と出て行く名前の後ろ姿を見て口を閉ざす。彼女のその小さな背中を突き放すなんて誰ができようか。
最原は気がつけば名前の隣まで足を踏み出し、彼女の細い腕をそっと掴んでいた。
「この方が歩きやすいかなと思うんだけど……」
その腕を自分の腕に絡ませて、名前に寄り添うように並ぶ。
自分でもこんなに大胆な行動を取ったことに驚いていた。
ただ、名前の望みに応えるように、彼女の側にいたいと思ったのだ。

最原は帽子のつばを掴み深くかぶり直す。だが、仰ぎ見る名前からはその顔が赤くなっている様子がばっちり見えていた。むず痒い嬉しさに自然と頬が緩む。
春の陽気のような優しさが心地よくて、名前は最原の優しさに甘えるように身を寄せた。

最原と並んで寄宿舎へと行く道中、こんな風に腕を組んで歩いているところを見られたら恥ずかしいな、なんて思っていて気がついた。今朝から最原と王馬以外の人を見ていない。2人以外についてはあの素晴らしい朝食があったので東条が活動していることくらいしかわからない。学園内を自由に歩けるといえどもそこまで広いわけではない。
みんな何をして過ごしているのだろう。
なんとも言えない焦燥感と不安に襲われ、ぎゅっと手に力が入る。最原がいてくれてよかった。


入間の部屋に着き最原が扉をノックするも反応がない。もう一度ノックして暫くすると、中からドタドタと苛立っているような足音が近づいてきた。

「何回も叩かなくてもわかってるっつーの! 早漏かよ! 今取り込み中なんだよぉ!」

中から聞こえてくる声に、一人になってもいいから自室に戻ってしまおうかと頭を抱える。今この体調で入間の相手をするのは悪化の予感しかない。

しかし今更逃げ出す暇もなく、どっちがせっかちだと言わんばかりに勢い良く扉が開く。
「なんだ童貞と奴隷か」
「ど、童貞……」
「奴隷って私のこと!?」
童貞と奴隷なんて、入間の中での私たちの認識が酷すぎる!

名前が思わず大きな声を出すと、入間の肩が大げさなほどビクリと跳ねる。
「きゅ、急に大声出すなよぉ……。王馬が昨日の機械を名字に使ったって言ってたからぁ……」
「げほ、昨日の、機械……」
「名字さん大丈夫?」
大きな声を出しすぎた。急に力んだことに身体がついてこず、げほげほと咳が出る。最原は名前がこくりと頷いたのを確認して、背中を擦りながら彼女の言葉を引き継いだ。
「その昨日の機械について話を聞きに来たんだけど、今いいかな?」
「だから取り込み中だって言っただろ! オレ様をおかずにでもして待っとけよ!」
「中に誰かいるの?」

最原くん意外と強い。

止まりつつある咳をこらえながら彼のスルースキルに拍手を送る。
「いや、別に……」
あからさまに動揺している様子を見ると中に誰かいるのだろう。何か隠すようなことでもしているのか入間の様子は尋常ではない。また怪しいものでも作っているのではないかと勘ぐってしまっても仕方がないだろう。
ようやく咳が止まった名前はひとつ大きく深呼吸をしてじっと入間に強い眼差しを送る。
「また何か作ってるの?」
「ひぅ!?」
あまりのわかりやすさに同情してしまいそうだ。
御用改である!と内心意気込んでもうひと押ししようとした時だった。

「ゾンビ名字ちゃんと最原ちゃんどうしたの?」
入間を押しのけて玄関に出てきたのはこてんと首を傾げる王馬だった。
「王馬くんこそどうしてここに……」
当たり前のような顔をして出てきた王馬を見てドクリと心臓が脈打つ。
「僕たちは名字さんの熱の原因が入間さんの機械と関係してないかを調べるために来たんだ」
「オレ様のせいにするつもりか!? この童貞野郎!」
「いや……どちらかと言えば関係していないことを確認しに来たんだけど」
「入間さん、昨日の機械って別に人体に影響はないよね?」
「あるわけねーだろ! テメーは王馬の奴隷として働くことに快感を覚え始めるだろうがなあ!」
「やっぱり昨日の機械は特に関係なさそうだね」
「そうだね。あとはもう図書館で調べるしかないかな」
「あとで名字ちゃんが元気になれるように菊の花持っていってあげるね」
「お見舞いする気ゼロだね!? 縁起でもないからやめてよ」
「ひぅっ、家主を目の前にして放置プレイ……!」
「ところで王馬くんはどうして入間さんの部屋にいるの? もしかしてまた何か企んでるんじゃ……」
「酷いよ最原ちゃん……同級生の部屋にいるだけで疑うなんて……」
「相手が悪いと思う」

埒が明かないと名前が小さくため息をつくと、王馬はスッと目を細め唇がニヤリと弧を描く。
「オレの喋ることが嘘かホントか判断もできないのに聞いたところで何になるの? オレって嘘つきだからさ! ね、最原ちゃん?」
ニヤリと意地の悪い笑みを浮かべて睨みつけられた最原は何も言い返すことができず、ぐっと押し黙る。
「もういいよ。行こう、最原くん」
ここまでして隠したいことがあるということはわかった。入間と二人で。
そう思うと胃がムカムカとしてきてこれ以上ここにいたくないと思った。王馬が隠れて何をしていようが、自分から関わらなければ関係のないことだ。昨日の機械が特に心配のないものだったということがわかったのだからもう王馬に用はないはずなのに。
どうしてこんなに苛立つのだろう。

最原と二人で寄宿舎を出ても、名前は口を閉ざしたままだった。
足取りが重く、頭もぼうっとしていて働かない。

「名字さんもう部屋に戻ろう。これ以上出歩くと体調が悪化しちゃうよ」
見かねた最原が名前を支えながら寄宿舎へと踵を返す。名前にはもう抵抗する気力すらなかった。



「ごめんね最原くん。ここまで付き合ってくれてありがとう。きっと急な環境の変化に身体が追いついてないだけだよ。だからもう大丈夫」
最原に促されるようにして部屋に戻り制服のまま布団に入ると、身体がずんと深く沈み込む感覚に陥る。まだ大丈夫だと思っていたが身体は相当疲れていたようだ。
「僕は大丈夫だよ。お大事にね。何かほしいものとかある?」
「うーん……あ、」
名前はあることを思い出し、のそのそと身体を起こす。
「あ、寝てて大丈夫だから! 僕が持ってくるよ」
「じゃあ、お言葉に甘えて」
名前が再び横たわるのを見て最原はほっと胸をなでおろす。そこまで焦らなくていいのにと、彼の人柄の良さに触れて心が落ち着いてくる。
「机の上にある、右から3番目のアロマオイルをここに1滴垂らしてほしいな」
そう言って名前はサイドテーブルに置いてあるアロマディフューザーを指差す。
「わ、わかった。これだね」
不慣れな手付きでアロマオイルを手に取り、慎重すぎるほどゆっくりとアロマを垂らすと、次第にフワリと程よい香りが漂ってくる。

「ありがとう……」
名前はほんのり甘い香りを肺いっぱいに吸い込み、ゆっくりと息を吐き出す。
「いい香りだね。名字さんって超高校級のアロマセラピストだったよね。いつもいい香りがするから……あ、別に変な意味じゃないんだけど……!」
焦る最原の様子がかわいくて、目を細めた。
「あはは、ありがとう。これはクラリセーゼって言って精神的な疲労回復に効果があるアロマなんだ。他にもいろんな種類があるから、今度最原くんにも何かブレンドするね」
「ありがとう」
最原は目を細め、僅かに手を伸ばす。しかしそれは名前に届くことはなく何事もなかったかのように下ろされた。

「あ、僕が出て行ったあと、ちゃんと鍵はかけてね」
それじゃあお大事に、という彼の声を最後に、クラリセーゼの甘い香りだけを残して久方ぶりの静寂に包まれる。

それは寂しいような、はたまた落ち着くような静寂で、目が覚めれば全てが夢であることを願って名前は深い眠りについた。




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