everything would work.




ぼうっと、誰のともなく個人戦を見ている時だった。
名前はある気配を察知し、ハッと身構える。
首を回す暇もなく腕を後ろに伸ばすと、パシリと軽快な音を立てて自分の手が手首を掴んだ。

「ふふん、サイドエフェクト勝負は私の負けなしだね」
「うーん残念。今日はいけると思ったんだけどなあ」
「ニ徹明けくらいの体調不良じゃないと負ける気がしない」
無謀にもセクハラを企んだ迅の手を掴んだままにこりと笑みを浮かべる。ちなみに、予知と気配感知の駆け引きにおいて予知が勝ったことはなく、私の尻は過去に一度も触らせたことはない。

軽率な迅の手を解放してやると、迅は顔をニヤつかせながらまじまじと名前の顔を見つめる。
「何……」
「今日もかわいいなあって」
迅のニヤけ顔を見て、いつものウザ絡みかと思い反論しようと口を開きかけた時だった。
「憑き物が落ちたね」
迅の顔がいつの間にか微笑みに変わっていて、そっと口を閉ざした。
この人にはわかってしまうのだろうという納得と、変化に気づかれてしまうほど以前の自分が取繕えていなかったことへの反省が胸の中を渦巻く。

ただ、もううじうじと悩む必要はないということもわかっている。

「風間さんとか嵐山とか京介のおかげかなー」
「それわざと名前出した?」
ショックだなあ、なんて言いながら詰め寄ってくる迅と笑い合う。
ヘラヘラと笑う迅を見て名前はどこかホッとした顔を見せる。それは無意識のものであり、名前自身も気がついていなかった。


手を振って去って行った名前の背中からそっと視線をそらす。個人戦ブースではB級隊員同士が10本戦をしているところだ。拮抗しているのであろう激しい攻防が繰り返される様をぼうっと見ながら、去り際の名前の顔を思い出す。
あんなに素直に安堵した顔をされるとさすがに傷つくなあ。
駆け引きなんてあったものじゃない。

良い勝負と思われた目の前の試合は、片方が一瞬のスキを狙ってあっさりと終わった。あまりにもあっけないその終わりが、自身の最後を見ているようだ。
迅と名前も、現状を変えてしまえばこんな風にあっさりと終わってしまうのだろうか。

今は何も視えない。

それは迅が行動を起こそうとしていないから。
きっと、迅が動かない限り名前はいつまでも名前のままでいるだろう。迅はそれでいいと思っていた。それが互いにとって一番良い選択だと信じている。
いつの間にか個人戦は終わっていたようだ。ブースから人が出てくる前に、迅はその場を後にした。



*



そろそろ次の試合の準備をしなければならない。中位に上がって初めての試合だから、入念に作戦を練って勝利を飾りたい。

そのためには、技術面ばかり磨いていても仕方がない。

名前は影浦隊の作戦室前に立ち、サイドエフェクトを研ぎ澄ますために目を瞑る。視界が暗くなると、人の気配がより敏感に肌で感じ取れる。
中に人の気配は、3つ。
もうすっかり身内である慣れた気配と、おおらかな気配、そして、敏感で繊細な気配。

すべての気配を感知し、名前は目を開けてニヤリと口角を上げた。
「お邪魔しまーす」
明るい声が室内に響く。
名前は影浦がさっとマスクを上げたのを見逃さなかった。

「お疲れさまです名前さん」
「お疲れさまです!」
「お疲れ〜」
机に向かい合う北添と藤沢が笑みを見せる。訓練を終えて雑談でもしていたのだろうか。仲良くなっているようで何よりだ。

「おい、勝手に人んとこに入ってくんじゃねぇよ」
「ごめんごめん、3人なのはわかってたから入っちゃおうと思って」
「チッ」
あからさまな舌打ちに名前はにこりと笑みを返す。

「久しぶりに、影浦くんとこのお好み焼き食べたいな」
ぽつりと呟いたそれは狭い室内に響いていたようだ。想像よりも憂いを帯びていたそれに、一瞬室内がシンと静寂に包まれる。
何か言わないと。
別に深い意味を持って放った言葉ではない。ただ、影浦の顔を見たらあのホクホクで優しい味のお好み焼きを思い出しただけだ。
場を取り繕うように口を開きかけた時だった。

「勝手に来い」

ぶっきらぼうな声が名前の胸に届く。素っ気ないのに、彼の作るお好み焼きのように優しい声。
だから私は影浦が好きだ。
調子に乗った名前がうりゃうりゃと影浦の頭を撫でれば歪んだ顔を隠そうともせず全力で拒否られた。


藤沢を自分たちの作戦室まで届けお次は二宮隊だ。

こちらは影浦隊のようにはいかない。名前は割と好き勝手に振る舞っている方だが一応時と場合は見極めている。
名前は先程とは打って変わって、きちんと扉を3回ノックした。
「どうぞ」
控えめな声のあと扉が開く。
目の前に立つ顔を見て、名前はにこりと笑顔をこぼした。


「辻くんが出迎えてくれるなんて嬉しいなあ」
「あ……」
思わず嬉しさが全面に出てしまった。
名前が辻に向かってにっこりと笑いかければ、彼は顔を真っ赤にしてそっぽを向いてしまう。
このかわいい反応が女性たちの心をくすぐって余計に彼を追い詰めてるなんて思ってないんだろうなあ。
ふふふと彼のかわいさを噛みしめ室内へとお邪魔する。
「あ、名前さ……」
「名前さーん、お疲れですー」
「お疲れ犬飼く……っ!?」
ヒラリと片手を上げ、かわいいチームメイトの師匠である犬飼に挨拶をしようとした時だった。
くん、と何かに腕を引っ張られ、名前は危うく後ろ向きに転倒しそうになる。何か引っかかったのかとふりかえれば、ちょうど辻が慌てたように名前の腕から手を離したところだった。

え、もしかして今、腕掴まれてた?

辻くんに?




かわいすぎてしんどい。




一体この感情を誰にどうやってぶつければいいのか。

「ぁ、いや、その……」
辻は真っ赤に染まった顔の前に両手を上げながら慌てふためく。1時間以内に片付けろと言われて渡された100枚の書類を前にした時の名前よりも慌てている。
もはや一周回って何も言葉が出てこない。
目の前のかわいいこの子を抱きしめていい? いいよね? 許されるよね?
あーいやでもここで嫌われたくはない……!

「どうかした?」
名前がくっと奥歯を噛み締めて辻の頭にぽんと手を置くと、彼の身体がエビのようにビクリと跳ねた。
ああ意外としっかりハリのある髪なんだな。
そんな感想を抱きながら、ゆるゆると彼の頭を撫でる。言葉を探すこともできず、ただこの行為が許されていることをりんごのように赤い彼の顔を見ながら実感した。


「すみません! なんでもないです!」
耐えきれなかったのか部屋を飛び出してしまった辻を見送る。
「えへ、えへへ……」
辻の頭の位置にある手を降ろすことも忘れて余韻を噛みしめる。今のを思い出すだけでごはん3杯はいけそうだ。結局辻が何をしたかったのかはわからないが。

ニヤニヤと目を細めて意味深げな視線を送ってくる犬飼に締まらない顔でへらりと笑っていると、腹の底まで響くような声が名前を呼んだ。

「鏡宮」

一瞬で現実に引き戻された名前はいつの日かそうしたように、ソファに座る二宮の隣に腰掛ける。
「はい!」
早く訓練に戻れと犬飼に訴えるようにわざとらしく大きな声で返事をし、二宮に向き直る。涼しい顔を崩さない一つ上の彼は、名前にちらりと視線を送った。それが存外冷たい視線で、ピンと背筋が凍る。

「今までは誤魔化せたかもしれないが、上がったからにはそれなりの覚悟がいることはわかってるな」
「はい」
二宮の言わんとしていることは痛いほどわかる。中位に上がったからにはもう小手先の誤魔化しは通用しないだろう。名前も攻撃に参加する覚悟を持たないと、これ以上先には進めない。
「今のお前では勝てない」
二宮の容赦のない真実が名前に突き刺さる。次の試合で相手に手加減はしないと息巻いているものの、不安で今にも胸が潰れそうだった。頑張ろうと思っているのに、心のどこかでできる気がしないと言っている自分がいる。

そんな弱気な考えが二宮にはわかったのかもしれない。
名前の顔をじっと見ていたかと思えば、不意に視線を外しゆっくりと足を組み直す。
「三輪で耐性でもつけろ」
「はい…………はい!?」
二宮の有り難いお言葉に一度頷いたものの、思わぬセリフに二宮を2度見する。できれば良くできた冗談だと思いたかったが、有無を言わせぬ涼しい顔を見ればそれが冗談ではないことが嫌というほどわかる。

「三輪には俺から話をつけておく。鏡宮絡みなら喜んで引き受けるだろう」
「そうですかね……」
私には二宮さんからの頼みだからと渋々引き受ける三輪くんの姿しか思い浮かばないんだが……。

だけど、偉大なる二宮の提案を断るわけにもいかない。それにあの二宮が行動を起こしてくれるのは、名前のことを考えてくれているからである。三輪との試合は絶体絶命の危機と言わざるを得ないが、二宮なりの応援だと考えれば嬉しさがないわけではない。

「ありがとうございます」
名前がペコリと頭を下げると、二宮の口元が僅かに綻んだ気がした。





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