When doing that,




嵐山の爽やかな笑顔を見ていると、不思議と心が晴れてくるような気がする。彼と接するたびに、ボーダーの顔と言われる所以の真髄を垣間見る。

「嵐山は太陽だね」
「なんだ? 謎かけか?」
ニコリと人当たりのいい笑みを浮かべてこてんと首を傾げる。今の仕草だけで5割の女性は落ちるな。
茶野たちの影の先輩である目の前の男にちらりと視線をやり、ストローをかき混ぜる。
「ただの私の感想」
名前の答えに納得がいかなかったのか、嵐山はそのキレイな顔を悩ましげに歪める。しかし特にこだわることはないと思ったのかすぐに元の笑みを名前に投げた。

「やっばり元気がないな」
「んー、そうかな? むしろ風間さんに慰められてホクホクしてるよ?」
「うーん……」
困ったように眉を下げられては名前もそれ以上は何も言えない。真摯に名前を見つめる嵐山の視線からは逃れられない。

「うまくいってないのか」
「順調とは言い難いね」
いつの間にか嵐山の顔からは笑顔が消えていた。美形に真顔で見つめられると謎めいた恐ろしさすら感じる。
投げやりとも取れる私の苦笑を見て、嵐山は視線を手の中のコーヒーに移した。

「鏡宮の気持ちは痛いほどわかる」

彼の言葉に名前はゆっくりと頷く。
嵐山にもかわいい弟妹がいる。彼らのことを目に入れても痛くないほど溺愛している嵐山だからこそ、名前の境遇を人一倍理解してくれている。名前にとって嵐山とは同期であり同級生であり、良き理解者だ。変に同情なんてせず、ただ名前の良き友として接してくれている彼の存在が有り難かった。
だからこそ、名前の核心をつく話をするのは意外にもこれが初めてのような気がした。

「俺は、そんな素敵な弱点を克服する必要があるのかって、いつも鏡宮を見て思っていた」
「え……?」
嵐山の言っている意味がわからず、眉間にシワを寄せる。その言葉の意味も、なぜそんなことを言うのかも、名前には伝わらない。
「こんな感情持ってたっていいことなんてない。現に茶野くんたちにも迷惑をかけたし、風間さんにも指摘されたのに」
思わず感情的な声が口をついて出る。
名前の頑張りが無駄だと言われているように感じた。よりにもよって嵐山にそう思われていたことが名前はショックだった。

名前が苦しげに顔を歪めてストローがささったコップを握りしめているのを見て、嵐山はその力の入った手に己の手を重ねる。

「俺だって弟や妹の年代を見るとついつい過保護が過ぎてしまう。だが鏡宮の仲間であるここの人間は無力な子どもなんかじゃない、立派なボーダー隊員だ」
重ねられた手から嵐山の熱い想いが伝わってくる。
「弱点を克服しようと固くなるんじゃなくて、あいつらをボーダー隊員として信頼してやったらいいんじゃないか」
無意識なのか、喋っている間にも嵐山の手が名前の手をぎゅっと痛いほど握り締めてくる。
やはり嵐山は太陽だ。

嵐山の言葉が、すとんと胸に落ちる音がした。

「市民を守る分にはいくらでも過保護になっていいんだしな」
はははとカラリと晴れた青空のように笑う姿を見て、名前の顔にも笑みが戻る。

嵐山の言うとおりだ。
彼らを守るべき対象として見ない、という否定的な考えでは心が追いつかないのは当然だった。そんな考えでは、いつまで経っても弟の影は消せない。同時に、彼らのことを背中を預けられる仲間として見ていなかった自分に気づき嫌気がさす。
結局は、自分から壁をつくって彼らを遠ざけていたのだ。
今思えばいつだってそうだった。サイドエフェクトに頼って、なんでも一人で片付けようとしてきた。
それが間違いだったのだ。

「やっぱり、鏡宮は笑顔が似合うな」

名前の手をすっぽりと包み込んでいた嵐山の手が、ゆっくりと名前の手を擦る。
慈しむように細められた目と視線が合い、名前は思わず手を引っ込めた。行き場を失った彼の手が空いた空間をゆるく掴み、コップに添えられる。

赤くなった顔を隠すように俯きながらも天然たらしの彼を見る。
「こういうの、嵐山じゃなかったらぶん殴ってるところだよ」
「……鏡宮ならぶん殴られたい人も多い気がするけどな」
「ドMばっかなの?」
「ははは!」
珍しく何かを濁したような言い方だったが、そこにはいつもの爽やかな笑みがあるだけだった。



嵐山と別れたあと十倉を迎えに行くために玉駒へと向かう道中も、名前はどこかふわふわと地に足つかない気分だった。
ここ最近ずっと悩んでいたことによる精神的疲弊の限界と、ようやく目指すべき道が見えた高揚感、そして、嵐山の天然爆弾のせいでもある。

彼女でもない女性の手をさらっと握るなんて、イケメンでなかったら到底真似できる芸当ではない。女性を喜ばせる行動を自然と取れるのは、恐らく顔面偏差値が高いボーダーでも嵐山と王子くらいだろう。

王子は天然というよりも狙ってやっている部分もあるが。

ここ最近は玉駒にも来慣れたもので、最初に十倉を送って来た時のような緊張感もない。宇佐美を筆頭とした玉駒メンバーの人柄のおかげか、もはや我が家のようにドカリとソファに陣取る始末である。

いつもは玄関まで宇佐美が出てくれるのだが、今日は珍しく烏丸が出迎えてくれた。
「お、珍しいね〜烏丸くんだ」
「……」
「お邪魔します。今日もソファ借りるね」
名前の来訪は告げていたはずだったが、名前の顔を見るなり目を丸くさせた烏丸はじっと話を聞きながら名前がソファに座るのを見届ける。

「どうしたの?」
ゆっくりと歩み寄ってくる烏丸を見て首を傾げる。
特に深く考えずに疑問を口にしたのだが、烏丸の読み取りにくいその顔に思いの外深い眉間のシワが刻まれているの見て名前も口を閉ざす。

名前の隣に一向に喋らない烏丸が腰かける。
「なに……」
イケメンに見つめられると意味もなく身構えてしまう。名前が離れるように少し身を仰け反ると、烏丸の顔がその距離を縮めるように近づいてくる。烏丸が名前の隣に手をつき、ソファが沈み込んだ。

「名前さん……」
「はい」

ようやく口を開いたかと思えば深刻な声音で。その艶めかしい口からどんな毒が飛び出すのかと、ゴクリと喉を鳴らす。

「体調大丈夫ですか?」
「え? ああ……うん。大丈夫だけど」
なんだ単純に体調を心配してくれていたのかと、ほっと胸を撫で下ろしたのも束の間。
「顔色ひどいですよ」
「うっ……」
オブラートというものを知らない容赦のない言葉が突き刺さる。致死量の毒ではなかったが脇腹くらいは抉られた。

「そんなにひどい?」
「はい。土色とはこの顔色を言うのかと思うくらいには」
「う゛っ……!」
完全に致命傷を与えに来た。
烏丸の容赦のない言葉の刃に胸を押さえる。ここの人間はオブラートというものを知らなさすぎる。いやまあ率直に言ってくれた方が嬉しいからいいんだけど! 実際面と向かって言われると若干傷つくよね!
そっかあ、と頭を垂れて呟くと、隣の烏丸の肩が微かに震えている気がする。

目線だけを上げて烏丸を見上げると、そのわかりづらい表情が微妙に緩んでいる。

「冗談です」

彼のやけに優しく暖かい声に名前は深く息を吐きより一層顔を伏せる。
「ほ、ほんと……? いやもうこの顔上げられないんだけど」
「……大丈夫ですから顔を上げてください」
諭すような声音に渋々顔を上げる。
名前のひと睨みなんてかすり傷にもならないらしく、烏丸はどうってことないという表情で名前の顔をまじまじと見つめる。
「へへ、騙された」
彼のキレイな顔を見ていると、どうせ自分の顔は白色だろうが土色だろうが彼にとっては然程の差はないのだろうと笑えてくる。思わず苦笑を漏らすと、烏丸の真顔が一瞬崩れた気がした。

「ちゃんと休んでくださいね。疲れたら、いつでも玉駒に来てください」

その真摯な言葉が、名前を気遣った言葉であり彼の本心だと、その目を見ればわかる。

本当にいい仲間を持った。

顔を上げて見渡せば、こんなにもたくさんの人が側にいてくれたのだ。

「うん。ありがとう。これからもどんどん来てソファ占領しちゃおっかなあ」
「……はい」
カラカラと過去の自分を振り切るように笑うと、烏丸の顔が優しく綻んだ。




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