いちごタルトは甘酸っぱい


「最原くんが好きなもの?」
赤松さんはきょとんとした顔を私に向ける。その隣に座っている春川さんは私の質問が聞こえていたのかいないのか、無表情で東条さんが煎れてくれたお茶をすすっている。

「何か喜びそうなものはないですか?それか、最近困っているような素振りとか…」
「うーん、なんだろう。でもこんなこと聞いてどうするの?」
私は赤松さんに理由を話した。すると赤松さんはぱあっと目を輝かせる。

「それ絶対最原くんも喜ぶよ!」
「あまり深く考えずに苗字の思うようにするのが一番だと思う」
「そうそう!それに最原くんは苗字さんからなら何をもらっても嬉しいと思う!」
「さすがに何をもらってもということはないでしょうけど」
「最近は百田とよく一緒にいるから聞いてみれば?まああいつから有益な情報は得られそうにないけど」
春川さんは相変わらず無表情だったけれどアドバイスをくれたことが嬉しかった。

私は二人にお礼を言って百田くんの元へ向かった。


「終一が好きなもの?」
「はい。最原くんが喜びそうなことや役に立ちそうなものでもあれば教えていただきたいです」
百田くんはうーんと唸るが、
「本人に聞くのが一番だろ!」
と、飛び出しそうになる。

私は必死に百田くんを止めて、他の人にあたることにした。
最原くんとはあまり接点はないように見えるが、いつもみんなのことを気にかけている東条さんに聞いてみようか。


「そういうのは気持ちが大事よ。とは言ってもこれじゃ苗字さんの求める回答にはならないわね…苗字さんお菓子は作ったことあるかしら?」
「クッキーなどの簡単なものを何回か…」
「十分よ。お菓子を作ってみるのはどうかしら?よければ私がお手伝いさせてもらうわ」
「いいのですか!?そうして頂けるとありがたいです!」

東条さんのありがたい申し出により、いちごタルトを作ることになった。
タルトなんて自分一人では作ろうとも思わないが、東条さんが手伝ってくれるなら百人力だ。



翌日、私と東条さんはお菓子作りを実行した。

途中で甘い匂いに釣られたのか、赤松さんが厨房に顔を出した。
「わあ〜!いちごのタルトだ!お茶会でもするの?」
「いいえ、これは苗字さんのタルトよ」

「あ、もしかして最原くんの…!そっかそっか手作りお菓子かー。うん、絶対喜ぶ!」
赤松さんはまるで自分が貰ったかのように嬉しそうだ。赤松さんにあげる分ではないのだけど…。しかしせっかく相談に乗ってくれたので食べてもらいたい。

「赤松さん、よければ味見してくれませんか?」
「いいの?じゃあ遠慮なく味見させてもらうね」
赤松さんはパクッとタルトを一切れ食べた。一応自分でも味見をしたし、何と言っても東条さん監修の元作っているので失敗しているということはないと思うが少し緊張する。

「美味しい…!百貨店とかで売ってるレベルだよ!」
赤松さんはタルトの余韻に浸るようにほっぺたを抑えた。私は安堵の息を漏らす。
「よかったです…。東条さんもありがとうございました」
「いいえ。喜んでもらえるといいわね」

「苗字さん苗字さん」
「? どうしたのですか?」
私は赤松さんの手招きに応じて顔を近づけると小さく耳打ちされた。

「むむ無理ですよ!そんなことできません!」
「最原くんも喜ぶよ?」
ぐっ…そう言われてしまっては敵わない。

「わ、わかりました。できそうならやってみます…」
「うんうん!無理にとは言わないから、苗字さんの気持ちぶつけてきなよ」


私は最後の仕上げを終えて、タルトを持って最原くんの元へ向かった。



最原くんの部屋のインターホンを鳴らす。
緊張して、心臓が少し昂る。この緊張はバレンタインに本命チョコを渡すあの感じに似ているが、もちろん今回は全く別案件だ。

ガチャッと勢い良く扉が開いた。
「は、はい!」
「お待たせしました」
「どうぞ!」

最原くんから、極度の緊張を感じる。呼び出し方がまずかったかな…。そんなに緊張しなくていいのに。
私は今朝、午後から部屋で待っていてほしいと最原くんに伝えていたのだ。

「おじゃまします。お時間を頂いちゃってごめんなさい…手短に済ませます!」
「いやいや!僕は全然大丈夫だから!」
最原くんが緊張しているからか、私の方も緊張してきた。
チラリと最原くんの様子をうかがうと、私が手に持っている箱が気になっているようだ。
なんだか私も最原くんもソワソワしているし早く渡してしまったほうがいいかもしれない。


「早速ですが本題に…今日はこれが目的です」
そう言って真っ赤ないちごのタルトが入った箱を差し出す。最原くんは口を固く結んでその箱を受け取った。

「いつも親切にしてくれてありがとうございます。最原くんに…どうしてもお礼がしたかったんです。感謝の気持ち受け取ってください。えへへ、なんだか恥ずかしいですけど。誕生日おめでとうございます」

改めてお礼を言うのは気恥ずかしかったが、ようやく日頃の感謝の気持ちを伝えることができた。

「すこく…嬉しい。ありがとう…!」

最原くんは今までに見たこともないくらいの笑顔をしていた。こんなに嬉しそうにしてくれて私も幸せだ。


私はタルトの一つを手にとった。
やってみよう…赤松さんによると最原くんも喜んでくれるらしいから…。
いや、赤松さんのことを疑うわけではないが嫌がられないだろうか!?普通はこんなことしたら変な目で見られそうだ。

などと悶々と考えていると最原くんが不安げに顔を覗き込んできた。
「どうしたの?」

「あ、えーと…」
私は半ば自暴自棄になって掴んだタルトを最原くんの目の前に持ち上げた。

「ど、どうぞ…」

私は最原くんから目を逸らしながらタルトを差し出した。昨日赤松さんから「あーんってしてあげたら絶対喜ぶよ!」と言われていたのだ。


しかし最原くんからはなんの反応もない。

外したぁ!もう穴があったら全力で入りたい気分だ!!

ちらりと様子をうかがうと、最原くんは目を大きくしてタルトを見つめていた。

「ごめんなさいごめんなさい!魔が差したといいますか、冗談です冗談!はい、どうぞ召し上がってください!」

私は照れを隠すように最原くんにタルトの箱を押し付けるが照れは全く隠れていない。むしろこれでは羞恥を全面に押し出しているようなものだ。

「ちょ、ちょっと待って!」
最原くんもなぜか慌てていて、私の手を止めた。

「違う…!び、ビックリしたけど、決して不快に思ったわけではないから…!むしろ嬉しかったというか、その、苗字さんがよければ…!」
顔を真っ赤にした最原くんにつられて私も顔を真っ赤にする。どうやら外したわけではないらしいが、まさか最原くんの方から頼まれるとは思っていなかった。


私は微かに震える指でもう一度タルトを掴んで、最原くんの口に運んだ。
食べるために小さく開けた口も、少し俯いたことで強調されたまつげも、色っぽい。
最原くんは可愛らしく控えめにかじったタルトを食べる。私はドキドキしながら最原くんを見つめた。

「美味しい!プロが作ったタルトみたいだ!」
「よかったです…!えへへ、実は東条さんにも手伝ってもらったんですけど、頑張って作った甲斐がありました!」
何より最原くんが喜んでくれて本当に嬉しい。東条さんにもお礼を言わなければ。

「本当にありがとう…。これほど感謝されるようなことを僕は苗字さんにできているのかわからないけれど、苗字さんのこういう素直なところ、僕は…とても良いと思う!」
「良い…ですか?えっと…ありがとうございます…?」
なんと答えたものか迷った私はそんな間の抜けたことを言うしかなかった。
良い!と繰り返した最原くんの頬はいちごタルトのように真っ赤だ。

「私も、最原くんの優しいところ良いと思います!」
満面の笑みでそう返すと、最原くんも照れ笑いを返してくれた。
二人で笑い合う、この瞬間が私は好きだ。
これからもこうやって幸せな時間を過ごしていきたいと強く思う。


最原くん誕生日おめでとう!


2018.9.7



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