黄色い天使2


「さぁ〜てどこから探そうか」
書庫に来た私は、本棚に綺麗に並べられた大量の本を前に腕を組む。背表紙だけ見ていてもヒントを得られそうにない。

考えられる原因から文献を探してみようか。
何かを食べてこうなった場合、新薬や薬草などが考えられるから医学分野や食物分野は見ておく必要がある。また、機械が原因という場合も考えられるから工学分野も見ておく必要があるだろう。もしかしたら私達の知らない成分に触れたことが原因かもしれないし…それなら地学分野も見ておいた方がいいか。
さすがに立体起動装置の云々や、対巨人格闘術といった兵士用の本は見なくてもいいだろう。

作業に取り掛かろうと本棚から本を1つ取った時、服の裾をくいっと引っ張られた。
驚いて後ろを振り向くと遠慮がちに私を見上げているアルミンが立っていた。

「どうしたの?」
「あそこにある本が読みたい」
それは棚の一番上にある本だった。
こんな調査兵の専門書なんて5歳児が読んでも楽しいのかと思ったけれどタイトルを見て納得した。それは壁外についての記録だった。
目ざとくこの本を見つけたアルミンに感服する反面、この記録を調査兵以外の者が読んでもいいのかと躊躇うが、アルミンも元は調査兵なので問題ないだろう。


私は背伸びをしてなんとか本を取り、アルミンに渡した。
「この本を読んだこと他の人に言わないでね」
一応口止めをしておく。
人差し指を立てて口元に当て、内緒だよというポーズを取ると、
「内緒」
そう言ってアルミンも同じように内緒のポーズをとった。それがあまりにもかわいくて頭を撫でてやると嬉しそうに笑うものだから思わず抱きしめてしまいそうになった。
危ない危ない。早いところ原因を探ってアルミンをもとに戻そう。

アルミンは熱心に本を読んでいる。本当に理解できているのか不明だけれどアルミンなら5歳児であっても理解できるのかもしれない。


書物を探しながらアルミンの様子を盗み見てニヤニヤしていると廊下から足音が聞こえてきた。どうもこの書庫に向かって来ているようだ。

「アルミン!誰か来ちゃった!」
小声でアルミンを呼び、手を繋ぐ。
どこか隠れるところはないかと辺りを見渡すけれど本棚の影しかなさそうだ。こんな場所に身を潜めてもバレる可能性が高いけれどうまく撒いてみせよう。

アルミンと息を潜めて入り口から死角になる本棚の影に隠れる。
ガラガラと扉が開く音がした。あの足音はやはりこの書庫に向かっていたのだ。

ゴクリとツバを飲み込む。
その足音は私たちの方へ近づいてきていた。私たちもその足音から遠ざかるように、本棚を挟んで移動する。
緊張しているのかアルミンは私の手をぎゅっと力強く握っている。私もその小さな手を離さないようにしっかりと握り返した。

そろりそろりと足を忍ばせていると、本棚から少し飛び出していた本にアルミンが足を引っ掛けてしまった。トンと音が鳴って、思わず息を止める。

まずい。バクバクと鳴る心臓の音がうるさい。

相手も動きを止めた。息づかいすら聞こえそうなほどの静寂に包まれる。
相手は音の正体を確かめるために動き出した。今度ばかりは確実にこちらに向かっている。その瞬間、私はアルミンを抱き上げて書庫の扉へとダッシュしていた。

しかし、姿を見られたら終わりなのだ。走り出すには少し遅かった。これは…間に合わない!

私は抱えていたアルミンを別の本棚の奥へと押しやる。少々荒々しかったかもしれない。あとで謝っておこう。

「苗字!?」
その直後、背後から聞こえた声に足を止めた。声の主に心当たりがある。ゆっくりと振り返ると、やはりその人物が目を見開いて立っていた。

「ジャン…。こんなところで会うなんて、め、珍しいね?」
私は何でもないかのように振る舞った…つもりだけれど目の前のジャンは訝しげな視線を私に向けている。
「おう…」
ジャンはその視線を私に向けたままその一言だけを言った。完全に怪しまれている。

「えーっと、ジャンはどうしてここに?」
「…ああ、ちょっとモブリットさんに資料を取ってくるように頼まれてな」
よく見るとジャンは大量の資料を両手に抱えている。
「お前は?なんだってこんなとこにいるんだよ」
「あー、私も班長に頼まれ事」
はははと笑ってみせるも顔が引きつっているのが自分でもわかる。早くここから出てもらわないとこれ以上のボロが出る。

「ふーん…お前チビだし上の方とか届かねぇんじゃねぇの?」
ジャンははっと鼻で笑いながらそう言った。ムカつくけどここでグダグダ言い合っていても仕方がない。早く出てもらわないとアルミンに気づかれる可能性が高まる。
「失礼な!脚立もあるし取れるよ!それよりも早く行かないと怒られちゃうんじゃない?」
そう言った時、背後の本棚の奥からカタッと物音がした。

心臓が飛び出さんばかりに跳ね、血の気が引き体温が一気に下がる。

その音はジャンにも聞こえていたようだ。ジャンは本棚の奥に顔を覗かせようとした。非常にまずい。強引かもしれないが、私はジャンの身体をぐっと押し戻した。
「あーもう、行った行った。モブリットさんの頼みってことはハンジさんがそれを待ってるってことだよね?早く行かないと困るのはモブリットさんだよ」
いつもより声を大きくして、そのまま書庫の扉へとジャンを押しやる。
「はぁ…?まあ、そうだけどよ…」
ジャンは再び訝しげな顔をしたけれど、私に押されるまま大人しく扉の外へと出た。

じゃあ任務頑張って!とこれまた強引に扉を閉める。

暫くジャンは扉の前に突っ立っていたようだけれど、再び扉を開けることはなくそのまま去る気配がした。両手に資料を抱えていたからそうするしかなかったのかもしれないけれど。
ジャンの足音が聞こえなくなるまで待つ。再び辺りが静寂に包まれた頃、私はようやく息を吐き出し、その場に座り込んだ。

なんだかイヤな汗をかいた。早いところ原因を探り当ててアルミンを元に戻さないと次はうまく誤魔化せる保証なんてないのだ。


バクバクと鳴っている心臓を落ち着かせていると、音もなく突然軽くて温かい温もりが私の背中を包んだ。
「苗字お姉ちゃん……」
アルミンの震える小さな声が、隠しきれない恐怖心を乗せて私の中にダイレクトに伝わってきた。

怖いとは言わない。アルミンは我慢強いから。でも外に出さないだけで怖いものは怖いのだ。知らない環境の中で一日中連れ回されて、精神的にも肉体的にも疲れているに違いない。

私はアルミンの方に身体を向けた。アルミンは眉を下げて口を固く結び、私を一心に見つめている。
「アルミン…私がアルミンを元に戻すから。だから、もうちょっとだけ、頑張ってね。私が側にいるから」
アルミンの頭を軽く撫でて抱きしめた。
細くて小さい身体は私の腕の中にすっぽりと収まる。こうして子供のアルミンを抱いていると、私がこの子を守るんだという母性にも似た感情が強くなる。

腕の中のアルミンは私の胸に身体を預けてすり寄ってくる。声には出さなくても、不安で仕方がないのだろう。
「うん…ありがとう。苗字お姉ちゃんがいてくれるだけで僕は……」
最後の方は声が小さくなって聞き取れなかった。

アルミンは私の身体を抱き返す。
小さな手が背中にまわった瞬間……



「………うああああああ!?!?」
異変に気がつき確認する間もなく、耳元で大声を出されて私の脳は機能が停止した。耳鳴りもする上に脳内で大声がこだましている。

……
…………
………………


「あ、あの…苗字!」

名前を呼ばれてようやく飛んでいた意識を取り戻した。

そして私は再びあの異変を感じる。
私は小さなアルミンとハグハグしていたはず。そうだ、あの細い身体も、頬に触れるサラサラとしていて柔らかい髪の毛の感触も覚えている。

それなのに今私の頬に触れているのは筋肉のような硬いものだし、私が腕を回しているものもガッシリとしていて先程の倍以上の大きさがある。
それに、私の名前を呼んだあの声…聞き覚えがあるあの声は……。

「苗字……」
もう一度頭上から降ってきた声は少し震えていた。

顔を上げると、やはり、薄々感づいていたものが目に入る。

頬を赤くして焦った表情のアルミンが私を見ている。そのアルミンは子供の姿ではなく、私のよく知っている姿だ。そして私の頬に触れていた筋肉質なものはどうやらアルミンの胸板らしい。

私はゆっくりと身体を離した。一周回ってむしろ焦りはなかった。
何も言わない。いや、何も言えない。言葉が出てこない。
座りこんだまま無言でアルミンと向き合う。時間にしてほんの数秒だったのだろうが、その間私の頭は高速で回転して自分なりに事態の把握に努めていた。

「えっと…もとに戻ってよかったね?」
「え、あ…うん…」
歯切れの悪いアルミンをじっと見つめる。顔が赤くなっていて目を合わせようとしない。手は落ち着きなく動いているし目線もあちこちに飛んでいる。
見るからに恥ずかしそうだ。この反応からして子供に戻っていたときの記憶があると見ていいだろう。

「アルミンが子どもの頃ってあんな感じだったんだね!かわいいねぇ」
「人の気も知らないで…」
「ごめんごめん」
思ったことをそのまま口に出すとアルミンは少しむくれっ面をした。そういうところもかわいいんだけどなあと思いながら謝る。

「それにしても何が原因だったんだろう?それにどうしてあのタイミングでもとに戻ったんだろう…心当たりある?」
「……いや、わからないな。それよりも!エレンたちに僕がもとに戻ったことを報告しないと」
「あ、うん。そうだね」
話の流れに少し違和感があったものの、アルミンの言うことも最もなので素直に従うことにする。

「さ、行こう」
私はパッと立ち上がりアルミンに手を差し出した。それは本当に自然な動作で、アルミンのキョトンとした顔を見ても暫くその動作の異様さに気づけなかった。
「自分で立てるよ…」
「あ、ああ!そうだよね!」
無意識にアルミンを子供扱いするなんていくらなんでも失礼だ。
アルミンはふいっと顔を前に向けて歩き始めた。もしかして怒っているのかもしれない…。

「アルミン、ごめんね。なんか無意識にやっちゃっ、ぅぷ!」
前を歩いていたアルミンが突然止まったので思いっきりぶつかってしまった。珍しく周りが見えていないようだ。それこそ私がぶつかったことなんてお構いなしなくらいに。

アルミンはくるりとこちらを向いて私の腕を掴んだ。その力強さに、アルミンは男性なんだって当たり前のことを思い知らされる。
青く澄んだ瞳は子供時代のままで、思わず見惚れてしまうくらい綺麗だ。
彼は何を言うでもなくきゅっと口を結び、私の頭に手を置いた。今日何回も繋いだ手よりも大きいけれど確かにアルミンの優しさを感じる手でぽんぽんと頭を撫でてくれる。

「苗字は子どもの扱いがうまいんだね。でも今の僕は子どもじゃないよ」
そう言ったアルミンはニコッとハニカんで、頭に置いていた手を髪を撫でるようにサラリと滑らせた。

アルミンは、顔が真っ赤になった私を見ると満足そうにもう一度笑みを浮かべた。

彼は今さっきの一瞬で、無意識に子ども扱いをした私への仕返しと私を意識させることの両方を成し遂げた。
あれだけ甘えられた上、"苗字お姉ちゃんがいてくれるだけで僕は…"なんて言われて、loveかlikeかはわからないけれど多少は好意を持ってくれているのであろうことを察することができないほど鈍感ではない。
おかげでさっきから心臓が激しく鳴りっぱなしだ。

瞳は澄んでいてもあの純粋な心はどこかに置き忘れてしまったようだ。
でも、あの頭脳で何人もの命を救い、人類の進歩に繋げてきたのだ。幻滅するどころか、計算高いアルミンの一面により好感を抱く。

今まではアルミンってすごいなあなんて呑気に思っていたけれど、この一瞬で私の意識を変えるなんて…本当に恐ろしい。

冷めない頬と鳴り止まない心臓を必死に静めながらいつもより格好良く見えるアルミンの背中を追った。



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