黄色い天使1


今、私の腕の中にはアルミンがいる。
何を言っているのかわからないと思うが、私もわかっていない。

順を追って説明しよう。


今朝、ミカサが私を叩き起こした。
今日は休暇日なのでゆっくり寝ようと思っていたのに何事かと眠い目をこすりながら起き上がる。
もしかして任務日だっただろうか。窓の外を確認すると、空が薄く白み始めている程度でまだ日も完全に昇っていないような時間である。

「叩き起こしてごめんなさい。でも、緊急事態」
ミカサのその緊迫した態度からただ事ではないと察した私は一瞬にして目が覚めた。
ろくに身支度もせずにミカサに連れ去られるようにして寄宿舎を出る。

廊下を進み、その先の奥まった場所に大きな影と小さな影が一つずつ浮かんでいる。
近づいてみると大きな影の方はどうやらエレンのようだった。それを確認してから小さな影の方に目を向けて、私はその場に固まってしまった。

状況を把握できないでいる間にも、その小さな影の主は私の顔を見るなり抱きついてすり寄ってくる。
「苗字お姉ちゃん…」
その子どもが蚊の鳴くような声でそういった瞬間、私の中の何かが弾けた。
"お姉ちゃん"
その言葉の破壊力がこれほどまでに凄まじいとは微塵も思っていなかった。子どもがすり寄ってくるだけでも私の頭は混乱しきっているのに、予想外の言葉にもはや現状の把握よりも先に私がこの子の面倒を見なければならないという使命感に燃えてくる。


「信じられねぇと思うがそれはアルミンだ」
エレンが頭をかきながらそう告げる。
幼児化したアルミンに叩き起こされたエレンはわざわざ女子寮まで来てミカサに報告したらしい。
というのもアルミンが私を探していたのだとか。なぜ私なのかは不明だしこの状況に理解が追いついていないけれど、私に必死にしがみつく男の子が大変愛らしいということは理解できる。

「ん〜これが天使かあ……よいしょっと」
私はアルミンを抱き上げてまじまじと見つめた。そして冒頭のシーンに戻るのである。



しかし原因がわからないと不安は募る一方だ。下手をしたらアルミンの身体に見た目だけではない異変が起こっているかもしれないし、このまま元に戻らない可能性もある。

「そう言えば見た目に比例して知能も子どもに戻っちゃってるの?」
「少なくとも私にはそう見える」
幼馴染のミカサがそう言うならそうなのだろう。幼き日のアルミンと重ねているのかもしれない。確かに知能がそのままだったらこんなに甘えてこないだろう。見たところ…5、6歳くらいだろうか。

心も身体も幼児化してしまったわけか。
それでも私のことを探していたということは、訓練兵時代や調査兵団入団時の記憶はあるということだろうか。

「どうしてこんなことになっちゃったんだろう」
「俺もわかんねぇよ。自分がアルミンだってことは分かってるみたいなんだがあんまり口を開かないんだよな」
「なんとかみんなが気づく前に元に戻してあげたいけどどうしたものか…。幸い今日は休みだから今日中に原因を探って元に戻せるように尽くしてみるよ」
「私も協力する」
「うーん…ミカサは今日は任務日でしょう?アルミンが心配なのはわかるけど、万が一任務を疎かにするようなことになったら弁解のしようもないよ。あ、エレンも同じだよ」
ミカサに続いて、オレも協力するぜと言わんばかりに意気込んでいたエレンも牽制する。二人を説き伏せようとするも、二人のアルミンへの愛が強くて引き下がろうとしない。

「んー…じゃあミカサとエレンは昨日のアルミンの様子とかをそれとなく周りの人に聞いてくれないかな?私はアルミンの面倒を見つつ書庫で文献を探してみるよ。埃っぽい書庫に来る物好きは少ないだろうから安心してアルミンと行動できるしね」
そう提案するとミカサとエレンは渋々といった感じで首を縦に振った。
「くれぐれも怪しまれないようにね!」
「任せて」
「わぁかってるって!」
任務もアルミンもどちらも大切な2人のこういうところが好きだ。

そうして私たち3人はそれぞれの役割を決めてアルミン回復作戦を開始した。
その頃には外も明るくなっており、先の見えない1日が始まっていた。


「よーしアルミン、まずはご飯を食べようか。お腹すいたでしょ?」
アルミンはこくりと頷く。
私たちはとりあえず空腹を満たすために食堂へ向かうもすでに先客が何人かいた。

これだけ人がいると当然ここは使えない。
仕方がない。街でご飯を食べてから書庫に行くしかない。

といってもこの状態のアルミンを街に連れ出すわけにもいかない。兵団にはもちろん子供服なんてないから、今アルミンは彼自身の服を折ったり巻いたりしてなんとか着ている状態だ。

急いで街で何かを買って来て、人目につかない場所で食べるしかない。
「アルミン、食べ物を買ってくるからここで待ってて?動いちゃだめだよ?」
「……うん。わかった」
アルミンは一瞬ショックを受けたような顔をしたけれどすぐに頷いた。繋いでいる手に力が入り、きゅっと握られる。
一緒に行きたいのかもしれない。でも、わがままを言うと私が困ってしまうことがわかっているのだ。

子供らしく柔らかいアルミンの手をきゅっと握り返した。
「すぐ戻ってくるからね」
そう言ってアルミンの頭をポンポンとなでると、アルミンは少しはにかんで頷いた。


すぐに走って街へ出る。あのかわいい天使が誰かに見つかってしまう前に戻らないと…じゃなかった、アルミンだとバレないために急いで戻らないと……。
うーん、ちょっと危ないかも。私自身が。
私が変態になってしまう前に早くアルミンを元に戻す方法を見つけなければならない。


適当にサンドイッチを買って急いでアルミンの元へと戻ってきた。あのかわいらしいアルミンのためを思うと自然と脚がいつもより速く回転した。訓練中でも見せたことのないような完璧な走りだったのではないだろうか。

アルミンは私の顔を見るなりぱあっと顔を輝かせた。アルミンの周りにお花が飛んでいる。
くぅ…!私はこの笑顔を見るためなら何も惜しくない…!

「はぁ…はぁ…アルミン…お待たせ…ぜぇはぁ…誰にも、会わなかった?」
「うん。誰にも会ってないよ。苗字お姉ちゃんありがとう。とりあえず座って息を整えてよ」
子どもであっても優秀な人は優秀なのだ。息を切らした私を自分の横に座らせて、小さな手で背中をさする。アルミンが優しくて気遣いができるのは昔からなのだ。

「ん…ありがとう。もう息も落ち着いてきたから大丈夫だよ。とりあえずこれ食べちゃおう」
アルミンのおかげで大分落ち着いた私はアルミンにサンドイッチを差し出す。具材に肉を使っているちょっと贅沢なものだ。
アルミンは目を輝かせてサンドイッチを受け取った。しかしすぐに不安そうな顔で私を見た。
その顔を見た瞬間に私は理解した。
アルミンは子供時代あまりこういう贅沢なものを食べたことがなかったんだ。私もそうだったからわかる。こんな贅沢品を自分が食べていいのか不安になるのだ。
今もお金に余裕があるわけではないけれど、こんなにかわいい子のためならば全く惜しくない。

返事の代わりに笑顔を返すと、アルミンは暫くサンドイッチを眺めてから食べ始めた。
アルミンはその小さな口を大きく開けてサンドイッチにかぶりつく。口の中をいっぱいにして咀嚼している姿は小動物のようだ。私はこのかわいい生き物を見ているだけでお腹いっぱいになれる、なんて思いながら自身もサンドイッチを頬張った。

アルミンが綺麗にサンドイッチを平らげたところを見届けてから、早速本題に入る。

まずはアルミンにどれくらいの記憶があるのかを探ることにしよう。
「アルミンは…えーっと…エレンとミカサとは昔から知り合い?」
「そうだよ。苗字お姉ちゃんも昔から一緒でしょ」
「ええっとそうだったよね」
笑って誤魔化したけれど、私も昔からの知り合いという設定になっていることに驚きを隠せない。どうやら彼の中の世界は私が知っている世界とは違うようだ。

それにしても朝からあまり口を開いていないから答えてくれなかったらどうしようかと思っていたけれど、私の質問には答えてくれるようで少し緊張が解れた。この調子でアルミンの現状を探っていこう。

「朝はどうして何も話さなかったの?」
「だって…起きたらエレン以外知らない人ばかりで少し怖かったんだ。どうして僕はこんなところにいるんだろうって不安になって…」
「そっか…」
どうやら私とエレンとミカサ以外の人の記憶はないようだ。なおさらなぜ私が覚えられているのかが疑問になる。もしかしてそこに元に戻る鍵があるのではないだろうか。
ならば次に聞くべきことは…
「どうして私を呼んだの?」
そう言うとアルミンは少しだけ頬を染めて目線を下げた。
「昨日苗字お姉ちゃんと一緒に寝たはずなのに、目が覚めたら苗字お姉ちゃんがいなくて咄嗟に名前を呼んだのだけど…。恥ずかしいから忘れてよ」
頬をピンク色に染めて口を尖らすアルミンを凝視したまま私は固まった。
どうやら…私とアルミンは昨夜一緒に寝ていたらしい!!!きっとアルミンに添い寝するような形で寝ていたのだろうけれど…衝撃的な設定に戸惑うしかない。

いったいどういう世界観なのだ…。

このまま追求し続けたい気持ちが半分、これ以上のとんでも設定を知るのが怖い気持ちが半分、どうすべきか迷っていると遠くの方で物音がした。
人目につかない場所とはいえ長居は危険だ。

ひとまず追求は後にして、私たちは書庫に移動することにした。





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