ただなんとなく


1年生の教室はとある人物の訪問によってざわついていた。
しかし宵越は見向きもしない。
周りがざわついていようが自分には関係ないからだ。どうせサッカー部のキャプテンとか野球部のキャプテンとか、1年生からしたらちょっとした有名人みたいな人が来ただけ……。
「宵越ー! 苗字さんって先輩がお前のこと呼んでるぞ!」
素知らぬ顔で見向きもしていなかった男はガタリと勢いよく立ち上がった。と、同時に扉の方に目を向ける。
そこには、笑顔で手を振る名前が立っていた。


「ど……したんすか……!?」
勢い余って呂律が回らなかった。
「急にごめんね〜。今日の練習のことでちょっと伝えておきたいことがあってね……」
名前は笑顔のまま説明を始める。
対して宵越は眉間にシワを寄せ何の反応も示さない。どう見ても人の話を聞く態度ではない。
「宵越くん……?」
「来い」
どうしたのかと声をかけた瞬間、宵越は名前の腕を取って走り始めた。
「えええ!?」
何が何やらわからない名前はただ引きずり回されるだけである。

宵越は奇行に走ったわけではない。
3年生が教室に来るだけでも十分目立つのに、それがとてもかわいい人だった場合、まず間違いなく注目を浴びる。加えてあの宵越を呼び出したとなると興味のない人ですら目を向けてしまうくらいの騒動に発展するわけだ。

現に宵越は名前の話を聞いている間、教室の中や廊下などいたるところから視線を浴び非常に不快だった。
この野次馬どもが。
そう心の中で吐き捨て名前を連れ去ったわけである。

「ちょっと……急すぎて……」
「……すまん」
息を切らす名前に宵越は素直に謝る。しかしこの行動の理由は言わなかった。
なぜなら名前も周りから見られていることに気づいていたから。名前はその視線をなんとも思わなかったが、宵越は不快に思った。その理由を追求する気はない。


名前は息を整えるが、宵越は息一つ乱していないので名前は自分を少し情けなく思う。相手は一流スポーツマンだということもわかっているのだけれど。
「ごめん、もう大丈夫」
「うす」
宵越は大人しく名前が息を整えるのを待っていた。
用件も真剣に聞いてくれたし、最初の刺々しい印象とは違って、今では素直でかわいい後輩だと名前は彼のことを評価している。

「宵越くんクラスで浮いてない? 仲良くやれてる?」
「いや……別にそういうのは……」
宵越はバツの悪そうな顔で頭を掻く。名前は純粋に宵越の交友関係を心配しているのだが余計なお世話だっただろうか。人付き合いが苦手なだけで、本当はとてもいい子なのだということをみんなに知ってほしい。

と、その時、微かに話し声と足音が聞こえた。それは宵越の耳にも入ったようで、瞬時に身構える。
何をそんなに逃げる必要があるのかわからないが、宵越に逆らう理由もないので名前も彼に倣って押し黙る。
その足音と話し声は瞬く間に大きくなる。どうやらこの狭い廊下を走っているようだ。

「確かこっちの方だよな……」
「間違いないって!」
そんな声が聞こえた瞬間、名前は壁に押し付けられ、視界が真っ暗になった。
一瞬のことで何が起きたのか理解ができない。

ただ1、2秒後には状況を把握することができた。しかし理解は追いついていない。
名前の身体を覆うようにして宵越が壁に手をついている。いわゆる壁ドンというやつだ。

視界が真っ暗になったのは宵越の胸板が視界を占めているからだ。身体が大きいので名前はすっぽりと宵越の中に収まってしまった。
ふわりと香る宵越のにおいに脳が麻痺しそうだ。
上を見上げると、冷や汗を流しながら声がした方を覗う宵越の顔がある。
間近で見て改めて思うが、本当に端正な顔立ちをしている。キリッと凛々しい目をしているし鼻筋もすっと通っている。何より身長の割に顔が小さい。
一度意識してしまうと途端に心臓が騒ぎ始めた。身長が離れている分、顔が遠いことが唯一の救いか。

「くそっ……しつけぇなあいつら……」
宵越は悪態をつきながら声が遠ざかるのをじっと待つ。
なぜ身を隠す必要があるのか? 宵越にも明確な理由はわからない。
ただクラスメイトやよく知りもしない人に名前と話しているところを見られたくなかった。変な詮索をされてありもしない噂を立てられるのが嫌だった。
名前をあれ以上白日の下に晒すのが耐えられなかった。

それらがすべて明確な理由となることを宵越は知らない。ただなんとなくそう思っただけだから。

次第に声は遠ざかっていく。とりあえず難は逃れたようだ。ふうと息をついたのも束の間、宵越は今の状況を初めて理解した。

超至近距離でぱちりと目が合う。
名前の大きい目も小さい鼻も柔らかそうな唇も、全てがありえないほど近くにある。吐く息が名前に当たってしまいそうなほど。

「あ゛……うぉ……っ」
声にならない声を出して両手を上げる。半歩下がって上体を仰け反るも、名前との距離はいつもの倍は近い。
「あはっ……」
名前もただ顔を赤くして笑うことしかできない。

「えと……戻ろっか」
「う、す……」
顔を赤くした2人は若干距離を取って各々の教室へと戻っていった。




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