カバディ部親睦買い物作戦



「何それ……私も?」
「当たり前だろ。名前もカバディ部の一員なんだからな」
登校して他のクラスメイトと挨拶を交わしながら席に着く。そんな名前に挨拶代わりに告げられたのはカバディ部親睦買い物作戦なるおもしろイベントだった。

名前がお見舞いに行っている間に井浦発案で決まったらしい。果たして群れるのが嫌いな宵越が大人しく親睦イベントなんかに参加するのか。
「ククッ……そこは心配いらない」
井浦の不敵な笑みに目を瞑り、名前は大人しく放課後を待つことにした。


ということで、清々しい井浦を含めた部員たちとともに、小鼻を膨らます宵越を連れてスポーツショップへ向かう。
「名前、足りなくなっていたものを俺の方でもまとめてみた」
「ありがとう。一人だと漏れもあるかもしれないから助かる」

宵越はフンと鼻を鳴らし少し離れた場所を歩く。

「どうしたヨイゴシ? 難しい顔して?」
「あぁ? 別にそんな顔してねぇよ」

名前はメモを見るために井浦のスマホの画面を覗き込む。2人の顔がぐっと近づいた。

終いにはチッと舌打ちをする宵越。明らかに苛ついている様子の宵越に畦道はなんとか歩み寄ろうとするも、宵越はそれどころではないようだ。
水澄と伊達には宵越が苛ついている理由が手に取るようにわかった。ほぼ無理やり連れてこられた上、井浦と名前の仲の良さを見せつけられているのだからこの反応は当然だろう。こういうのは触らぬ神に祟りなしってものだ。
「なんか怒ってんのか? 眉間にシワが寄ってるべ」
「怒ってねぇよ!」
「まあまあ畦道、放っておいてやれよ」
「宵越はそういう多感なお年頃なんだ」
「多感?」
「はあ!? 何言ってんだ!?」

「ブッ……」
後輩たちの会話を盗み聞きしていた井浦が思わず吹き出す。
「慶? どうした?」
「いや、お前も大変だなあと思って」
「え? 別に、買い出しくらいどうってことないよ」
「いやまあ……そうだな」
井浦はなおもククっと笑いを噛み殺している。そんな井浦を見て名前は顔を傾げるばかりだ。


スポーツショップに着き、一緒に宵越のシューズを探す。他の部員たちも各々目当てのものを探していた。
「宵越くん、どれにするの?」
「え、あー……」
名前が宵越の顔を覗き込むようにひょっこりと顔を出すと、宵越は焦ったようにシューズに目を向ける。
そして1つのシューズを手に取った。
「お、ヨイゴシ靴それにすんのけ?」
「あ? 何ニヤついてんだお前……」
「いやぁそれ、おらが買ったのと同じヤツだから!」
嬉しそうに顔をほころばせる畦道とは対象的に、宵越の顔は引き攣って動かなくなった。そのまま靴を棚に戻す。
「宵越くん照れなくてもいいのにー」
口元に手を当ててニヤニヤと笑うと、宵越はみるみる顔を赤くして目を釣り上げる。
「照れてんのけ?」
「照れてねぇよ!!」
名前は言い合っている畦道と宵越に孫を見るような眼差しを向ける。宵越もなんだかんだで着いてきてくれたし、親睦買い物作戦なんてふざけたネーミングだが多少は効果がありそうだ。
仲睦まじい2人を横目に腕時計を確認する。
「からかってごめんごめん。まあ、ずっと使う相棒になるんだからゆっくり選びなね。じゃあ、私は別の店に行くからここで」
「おいコラ、言い逃げか!」
「ごめんって、可愛いからつい」
「、かわっ……」
「名字さん抜けるんすか?」
「うん。テーピングとかはあっちの店の方が安いからね」
「お、もう行くのか。荷物多くなるだろう。俺も行くよ」
畦道と名前が話しているところへ井浦が割って入る。ちなみに宵越は顔を真っ赤にさせたま、マネキンになってしまったのではないかと疑ってしまうほど硬直している。
名前は振り返り、井浦を迎え入れた。そして当然のように2人は横に並ぶ。

そのごく自然な立ち位置が宵越の硬直を解き、苛立たせた。気分は一転して最悪だ。ピキッという効果音が付きそうなほど宵越のこめかみの血管が怒張する。

「大丈夫だよ。元々一人で行く予定だったし」
「そうか? 使える人員は使っておいた方がいいぞ」
「慶は心配し過ぎなんだって。私よりみんなのことお願い」
はははと笑う名前を見て宵越はさらに胸糞が悪くなる。
「別に井浦がついて行く必要ねぇだろ。名字さんもいいって言ってんだし」
放った声は本人が想像していたよりも低かった。
名前は目を丸くして宵越を仰ぎ見る。
「うん、まあ……宵越くんもこう言ってるし、一人で行ってくるよ」
名前は井浦たちに別れを告げ、店をあとにした。


名前がいなくなった店内で、宵越と井浦は無言で突っ立ったまま動かない。2人の周りだけ別空間のように空気が冷たい。やり取りを見ていた畦道も立ち入れずにいた。
そしてダムが決壊したように、突然井浦が笑いだした。
「グフッ……クッ……」
「何笑ってんだ……」
「いやぁ、さっきのは嫉妬か?」
「ああ!? 俺がいつ誰に嫉妬したってんだぁ!?」
「ククッ……まあ嫉妬するのは仕方ないが、俺に嫉妬するのは見当違いだな」
「はぁ……?」
何言ってんだという顔の宵越を見てさらに笑いがこみ上げてくる。井浦はそれ以上何も言わず、宵越もまた何も聞けなかった。


井浦は名前の何なんだ。


その疑問が宵越の頭の中をぐるぐると駆け巡る。
しかし、それを口にすることは絶対にない。
相手は井浦なのだ。自らネタを提供するという愚かな行為をするはずがなかった。

しかし惜しいことに態度には出てしまうもので、宵越は帰り道にも水澄と伊達に不機嫌だと指摘されてしまう有様だ。

「あ、クラスの女の子からメールだ」
そんな畦道の言葉にも過剰に反応してしまう。
「『宵越君紹介して』だってよ」
「おお……こういうの初めて見た……」
「ヒュー! こ〜のスケコマシ!」

そうだ、俺はルックスも褒められるし運動神経だっていい。いわゆる"いい男"なわけだ。ちょっとばかし顔がいいマネージャーなんぞにこだわる必要はないのだ。放っておいても女なんて寄ってくる。

「そいや宵越、カノジョいんの?」
「じゃ、邪魔なだけだそんなモン」

まあ、彼女はできたことがないわけだが。

宵越は自分に対してそれっぽい理屈を並べ立てて現状の自分を正当化しようとする。同時に、名前への感情も一時的に熱に浮かされているだけだと結論づけようとした。

「いやぁみんな独り身か。寂しいねぇ」

しかし、井浦のその一言に、宵越は目を丸くして振り向く。

「じゃ、彼女いんのは畦道と部長だけかー」
「いや部長たちは付き合ってないんじゃないか」
「いやいや、あれで付き合ってないとか言われても眉唾ものだぜ?」

水澄たちの発言で、宵越は完全に足を止めた。

待て待て待て。
情報量が多すぎる。
カバディ部で彼女がいるのは畦道とおそらく部長だけ。
つまり井浦に彼女はいない。

「はっ……ははは」
宵越は急に額を押さえて笑いだした。
「どうしたんだべヨイゴシ? 何か悪いモンでも食ったけ?」
不機嫌かと思えば突然笑い出す。畦道は奇妙なものを見る視線を宵越に送る。しかし宵越はそんな視線にも気づかない。

そうか、井浦には彼女がいないのか。そうか。
まあ、あの名字さんが井浦と付き合うわけないよな。

なんて失礼極まりない結論で宵越は安堵する。

「というか、畦道には彼女いんのかよ!!」

遅れて反応した宵越に対して、畦道が照れながらぽりぽりと頭をかく。
畦道の美人な彼女の写真を見て再び怒り狂った宵越だが、その顔は写真に映る青い空のように晴れ晴れとしていたという。


ちなみに、この親睦会で宵越と部員たちの仲が深まったのかは定かではない。が、ただ一人名前だけは親睦会の成功を実感していた。
「また怪我増やして……。さ、宵越くんおいで」
「……うす」
「クク……素直でよろしいことで」
「くっ……井浦ぁ……!」
「あーもういちいち突っかからなくていいから。慶も余計なこと言わない」
親睦会後、あの宵越が素直に怪我の手当を受けてくれるようになったのだ。
「うふふ」
「名前さんニヤけすぎっすよ〜」
「ヨイゴシも何顔赤くしてんだ?」
「っ……うるせぇ!」

嬉しそうな名前と照れる宵越。
正人、早く戻ってきた方が良さそうだぞ。
距離が縮まった2人を横目に、井浦は口角を上げた。




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