Giorno amabile

ジュゼッペのこんにちは小説。
ワンドロ「日常」「友情」をお借りしていましたが、時間をオーバーしましたので……。こっそりと。



Cast:
猫夢様宅 クレーさん
薙様宅 イヴァンさん
一葉様宅 ヴォルフさん
むくお様宅 ヨルクさん
ツミキ様宅 シイスーンさん

お名前のみ
みそ様宅 トゥーヴェリテさん
やこんぬ様宅 アルルコットさん

TL上の会話をモチーフとしてお借りしました
銀空様宅 アレックスさん(図書館の本)
やこんぬ様宅 レオリオズワルドさん(図書館の本)
月夜野様宅 ライカさん(写真とフレーム)
一葉様宅 ツィンさん(夜半の窓辺の人形)
豆腐屋様宅 オーギュストさん(夜半の窓辺の人形)








太陽が朝日と呼べる時間を超え、広場の大樹を力強く照らし始める頃。
ひゅぅ、と工房の窓から吹き込んだ寒風が、ソファで横になる青年の黒髪を揺らした。―――否、正確に言うならば、風に乗って飛び込んできた小さな妖精だ。
「ちょっとジュゼッペ!いつまで寝ているのよ、起きなさい!」
高く澄んだ声が、妖精の口から発せられる。両の腕で花弁を抱えながら、彼女はぐいと青年の髪を一房引っ張った。直後、青年ががばりと体を起こす。
「ひゃあ!?……あー、Buon Giorno, クレー。……また僕、ソファで寝ちゃった?」
ジュゼッペと呼ばれた青年は、照れたような表情を浮かべながら、頭をかりかりと掻く。その様子を見ながら、憤慨したといわんばかりにクレーが辺りを飛び回る。
「そうよ!きちんとベッドで寝なさいって言っているでしょう、全く!それにもうこんな時間よ!」
「うー、わかったよ……ごめんってば」
手から滑り落ちていた本を拾い上げ、ついた木くずを払い落としながら、ジュゼッペは首をすくめた。しっかりとブッカーがかけられた、人形の挿絵の入る表紙を見て、この本が借り物だったことを思い出す。
「ほら、早くシャワーを浴びて着替えてきなさい!あなた、服を選ぶのにも時間がかかるんだから」
「うん、そうだね……ありがとう。まずは人形たちを起こすよ」
クレーに急き立てられるように起き上がると、一度大きく伸びをする。そのまま視線を広場に面した大きな張り出し窓に向けると、部屋の中を向いた人形たちと目が合った。
「おはよう、みんな!ほら、今日も良い天気だよ!調子はどうだい?」
窓辺に近寄ると、一つ一つの人形の目を覗き込みながら、窓の外を向くように人形の向きを変えていく。最後に自身も窓の外に見える広場の大樹を見上げると、一度力強く頷いた。
「よーし、今日も楽しく過ごせそうだ!」


軽くシャワーを浴びてじっくりと服を選び、気を抜くとぴょんと飛び出す癖っ毛と格闘した後は、簡単な朝食をとる。今日は、目玉焼きに塩胡椒をかけすぎた。クレーの呆れたような視線をかいくぐりながら、ところどころ茶の斑が見える目玉焼きを食パンに乗せて齧る。
「うーん…………しょっぱい」
「当たり前でしょう」
それが終われば、やっと工房の一日の始まりだ。部屋を出て工房を突っ切り、出入口の鍵を開けると、札を「Open」にひっくり返す。
クリーム色のエプロンを身に着けると、張り出し窓を左手に見ながら、工房の机へと腰を下ろす。昨日と変わらぬ位置で、一つ―――ジュゼッペにとっては一人、の可動式人形が机の上に座っていた。
「さて、と。今日は君の、仕上げの工程に入るよ。よろしくね」
腕に抱えられるほどの大きさの人形を、両腕で抱え上げる。その動きに合わせて、足と腕がぷらぷらとなめらかに揺れた。二重の硝子に閉ざされた青色が、ランプの光を吸い込んで輝く。
「君の瞳は綺麗だね。やっぱりトゥーヴェリテはすごいや。……あ、そうだ、洋服も取りに行かないと。いつアルルコットのところに行こう……明日で良いかな?」
本当の子供のように話かけながら人形を机に降ろすと、机の上の彫刻刀に手を伸ばす。すぐ近くにかけられたフレームと、それに収められた写真が目に入り、ふ、と小さく顔をほころばせた。
何種類もの彫刻刀を使い分けながら、丁寧に、人形を整えていく。その表情は楽しげに、時折ふっと真剣に。
何度か休憩をはさみながら、太陽が街の真上に上るころ、ジュゼッペは椅子を引いて立ち上がった。
机の上から見上げてくる、慎ましく微笑んだ人形に、笑顔を返す。
「ごめんね、ご飯を食べてくるよ。午後は着色に入れるかな……?」
工房から部屋へと続く扉を開けようとしたところで、出入口のノブが回る音がした。不思議そうに振り返ると、玄関へと近づく。
「チャオ!悪いんだけれど、これから昼食……、わお!シイスーン!」
扉を開けた先に立っていた、見知った相手。ジュゼッペは嬉しそうに、声を明るくした。
「近くを通ったんで。人形たちは元気ですか?」
「うん!みんな元気さ!そうそう、もうすぐ君の人形づくりに入れると思うよ!」
「せ、先生、声が大きい!」
慌てたように口をふさごうと、シイスーンが腕を伸ばしてくる。玄関は広場から続く通りに面しているとはいえ、それほど人通りは多くない。ただ確かに声は響くので、若干きょとんとしながらもジュゼッペは口を押さえた。
「そうだ、昼食はもう食べたかい?今から作るんだけれど、良かったら一緒に……」
「遠慮しておきます」
シィスーンにすっぱりと切りかえされ、ジュゼッペの周囲にあからさまに重い空気がのしかかる。
「あ、うん、そうだよね……じゃあ、近いうちにまた遊びに来てよ!」
「はい。……お菓子も用意しておいてくださいね」
「うん、もちろんさ!」
「…………ありがとうございます。では」
ぺこりと小さく頭を下げて、シイスーンが踵を返す。その姿が建物の角を曲がるまで見送った後、ジュゼッペもくるりと家の中へと体を向けた。
「さて、と……お昼ごはん、何にしようかな?」


フライパンや鍋と悪戦苦闘をしながらなんとか口にできる昼食をとった後は、ほんの少しソファで仮眠。
目覚めた後は、再び机と人形に向かって、人形制作の続き。
もう少し作成のスピードを上げれば仕事の数も売り上げも増えるのかもしれないけれど、自分には今のペースが丁度良い。
そう考えながら、夢中で手を動かす。
気づけば、日が西の稜線にかかり始める頃だった。
「あれ、もう夕方かぁ。早いね。……ん、夕方?」
絵筆をゆすぎながら人形に話しかけ、ジュゼッペはふと首を傾げた。何か忘れて居るような。ぼんやりとした不安が、彼を包む。
「…………あれ?……あ!まずい、今日じゃないか!」
慌ててエプロンを外すと無造作にソファに放り投げ、自室へと駆け込む。
髪や服装を今一度チェックし、財布をポケットにねじ込んだところで、ふよふよと窓から入ってくるクレーの姿が見えた。
「ただいまー、……あら?どこか行くの?」
「お帰り!今日は、あの二人と飲む約束していたんだった!行ってくる!……とと、もし帰りが遅かったら、窓の人形の向き、頼んでも良いかい?」
「わかったわ、また騒ぎになるのは嫌だもの。行ってらっしゃい」
頼みごとをしてから入れ違いのように家から飛び出すと、つき始めた街灯の灯りの下、広場を抜けて真っ直ぐ走る。向かうは、馴染みの酒場。
勢いよく飛び込むと、近くにいた青年が振り返った。ジュゼッペの姿を認めると、さわやかな笑顔を向ける。
「お、ピーノの旦那。お二人さん、奥でお待ちかねだぜ」
指し示す先には、待ちぼうけを食らってむっすりとした友人たちの姿があった。まだ多少乱れた呼吸のまま近寄ると、2つの視線がぐいと刺さる。
「やーっと来た!」
「遅いですよ」
「ごめん!気づいたら日が暮れてた!」
ぱん、と両手を合わせて、ジュゼッペは正直に謝った。何一つ嘘の混じらない言葉に、ヴォルフとヨルクがそれぞれため息をつく。
「ばーか、お前どんだけ熱中してたんだよ」
「まあ良いです、飲みましょう」
「うん!」
同い年の気心が知れた仲間たちと、酒と他愛もない話で盛り上がる時間。
今日も賑やかな夜が始まる。






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