シェーヴィルの単体こんにちは小説。 Cast: 猫夢様宅 シュネーちゃん フェリーちゃん お名前のみ メーラさん シェーヴィル 勤勉に、平穏に、送る日々に満足していた。 毎日、パンを焼いていれば、それで充分だった。 けれど最近、日常が少し変わった。 「…………」 「熊さん!」 「熊さん……」 「…………ん。……何か、用か」 懐かれた。なぜか。 始まりは確か、秋の始まり。焼きたてのパンが食べたい、という話からだったように思う。 市場に買い物に来た二人の少女に、頼まれたのだ。 白と赤の対の髪、同じ身長、そっくりな顔立ち。一瞥して双子だとはわかったが、昼過ぎの穏やかな陽気も相まって、それ以上は特に気にしていなかった。 焼きたてが食べたいのなら、朝一番か、夕方に家まで取りに来い。 そう伝えたその日のおやつ時、彼女たちは森の奥深くのログハウスまでやってきた。 獣道とすら言えないような荒れた道をどうやって辿ってきたのかと問うと、帰り道を、こっそりついてきていたという。 まったく気付かなかった自分にも内心呆れたが、夕暮れの早くなったこの時期に、二人とは言え深い森の中に入り込んできた少女たちの笑顔には、かける言葉がすぐに見つからなかった。……元々口数は少なく、声も低いうえに訥々と話す方だと自覚はしているが。 たまたま余っていた発酵済みの生地で、林檎とナッツを練りこんだシンプルな白パンを焼いた。その最中も、二人はペチカを覗き込んだり、簡素な部屋を見渡したりと、桃色の瞳をせわしなく動かしていた。 焼きたてのパンを型崩れしない温度まで冷まし、紙袋に入れて持たせるころには、西日が山の稜線にかかり始めていた。 このまま二人で帰らせても良いものかと迷いつつ、帰れると主張する双子を信用して、その日は送り出した。 数日後。 全てパンは捌けたにも関わらず、なぜか背負子がやたらと重かった。 少し仕入れすぎたか。ぼんやり不思議に思いながらも、数日かけて下草を踏みしだいて作った獣道を通って帰った。 どさりと背負子を下ろして籠の蓋を開けると、中には買ったはずのない色。 4つの桃色の瞳が、こちらを見上げていた。 何も言わずに蓋を閉めようとした自分は、悪くない。 きゃあきゃあとなぜか歓声をあげる双子たちを籠に押し込もうとしたが、あまり乱暴に扱っても良くないかと途中から諦めた。 なんとか拙い言葉で説得と提案、妥協をし、翌日どんぐりを集めてパンを焼く手伝いをする、という約束で家に帰した。 そういった小さな日々が積み重なり、気づけば―――懐かれていた。 今日も2人の少女は、元気に自分の後ろをついてくる。 忍び笑いに気づいたのは、街と自分の家をつなぐ獣道の中盤まで差し掛かった頃だったろうか。 振り返ると、森に入るときにはいなかったはずの少女たち―――シュネーとフェリーが、赤と白の髪を揺らしながら、くすくすと笑いあっていた。二人で一つのバスケットを手に、楽しそうに。 無言で踵を返すと、足音が二人分ついてくる。こちらが止まれば後ろも止まる。 半ば諦めてそのまま歩みを進めると、再びくすくす笑いの後、歌が聞こえ始めた。 同じ声で追いかけ合いながら紡ぐ歌は、どうやら森の中で少女が熊に出会うという内容のようだ。 彼女たちが可愛らしい歌声で歌い終わる頃には、一軒のログハウスが、丁度目の前に開けてきた。 そのままの足取りで家の裏へと回り、薪を一抱え脇に挟む。再び前へ戻ると、少女たちが礼儀正しく立ち、迎え入れられるのを待っていた。 「……お前ら」 「「なあに?」」 綺麗にそろった声と、対の方向に傾げられる首。曇りないその姿を見ると、もともと少ない口数がさらに減る。……いや、この少女たちのおかげで以前よりは口数が増えたのだから、普段通りになっているのだろうか。 「…………今日は、何しに、来たんだ」 何とか言葉を考えだして口にすると、シュネーとフェリーはふと顔を見合わせた。 「今日はね、秘密よ。ね、フェリー」 「ええ、秘密よ、シュネー」 そのまま楽しそうに笑みの声を漏らす二人をじぃと見下ろしながら、シェーヴィルは無表情のままほんの少しだけ首を傾げた。 シュネーとフェリーの視線の先には、大切そうに二本の腕で抱えられたバスケットがある。中身は見えないが、ふうわりと甘い香りが、シェーヴィルの鋭い鼻には届いた。 一度すんと鼻を鳴らしてから、シェーヴィルは二人に背を向ける。 「…………寒い。入れ」 「はぁい、ありがとう!」 「ありがとう……」 鍵のかかっていない扉を開けると、まず目に飛び込んでくるのは大きなペチカ。暖房にもパン焼きにも使う、大きな竈だ。 シェーヴィルは脇に抱え持っていた薪をどさりと下ろすと、ペチカの横で乾いていた昨日からの薪を数本中へ入れた。そろそろ、薪が湿り気を帯びて、一日乾かさないと火が付きにくい時期になってきた。 「…………座れ」 調理台も兼ねた高いテーブルには、椅子が一対しかない。その椅子にそれぞれ座れ、といったつもりだったのだが、シュネーとフェリーは明るい返事の後、一つの椅子に二人いっぺんによじ登った。最初に家に来た時からこの様子なので、最近はあまり気にしなくなった。 やかんをまだ暖まらないペチカの鉄板に乗せ、食器棚から大きなマグカップを取り出す。暫く考えた後、片手で、それよりやや小さめのカップを二つ。 それらをテーブルの端に置くと、シュネーとフェリーがきょとんとした表情を向けてきた。 「あら?」 「これ……」 「……買った」 視線で何事かを訴えようとする二人に、シェーヴィルは素っ気なく答える。 続けて言葉を紡ごうとした口は、椅子を飛び降りて駆け寄ってくる少女たちを見て閉じられた。 「これ、私たちがお茶を飲めるように?ありがとう!」 「用意してくれたの、嬉しい……」 両側からぎゅうと抱き付かれる彼女たちの愛情表現には、毎回どう対応すればよいのか、困惑してしまう。 「…………ん、……離れろ。湯が、沸く」 見え透いた言い訳を口にしながら何とか引きはがすと、がしがしと頭を掻きながら踵を返した。茶器や紅茶の缶を出しながらぼんやりと、普段なら昼寝をしている時間だな、と思いをはせる。二人の明るい声に、常に付きまとっている眠気もどこかへ行ってしまった。 「そうだわ、フェリー。あれを渡さないと」 「そうね、シュネー。早く渡しましょう」 つれつれと思考を巡らせている間にも、後ろで何やら物音がし始めた。くるりと振り返ると、二人がバスケットを覗き込んでいるところだった。どちらが何を渡す、などとひそひそ相談をしている様子に、再び無言で背を向ける。 パン焼き道具が入った棚を無意味に整頓していると、背後から声をかけられた。 「…………ん、何だ」 呼ばれて振り返ったシェーヴィルの目の前に、二つの瓶が突き出された。 「これね、私たちとマミーから!」 「いつもの、お礼……マスターが、持っていきなさいって」 「私たちが選んで良いって言われたから」 「二人で、市場で、選んだの……」 「このジャムはね、フェリーが選んだのよ」 「この蜂蜜は、シュネーが……」 「ぜひ食べてほしいわ!」 「食べて頂戴」 二人は途切れなく言葉を重ねながら、両手で大切そうに瓶を掲げている。差し出されたシェーヴィルの、大きな両掌に、一つずつ瓶が乗せられた。 「それからね、私とフェリーから、このお花!」 「さっき、摘んだばかりよ……」 「…………待て、持てない」 ようやく口を挟むと、双子の笑い声が上がった。 「これが秘密?」 「驚いた……?」 シェーヴィルは両手に乗った蜂蜜とジャム、差し出された花の束と、それを掲げ持つきらきらと輝く二人の表情を順に見た。 甘い香りが辺りを包む。 「…………ん。……嬉しい」 精一杯感謝の気持ちを込めたが、伝わったのか否か。ただ、二人の表情がなおのこと明るくなったのを見る限り、悪く受け止められてはいないだろう。 花瓶などというものが、質素なこの家に存在するはずもない。空いていたジャムの瓶に水を入れ、活けてもらったところで、ペチカのやかんが主張を始めた。 「…………このジャム、舐めながら、茶、飲むか」 貰ったばかりのジャムの、ふたの紙を外しながらそう問いかける。興味深そうな4つの瞳が、こちらに返ってきた。 「そんな飲み方があるの!」 「面白そう……」 「……ん。良くやる」 「じゃあ、私たちも」 「飲んでみたいわ」 「…………ん」 ポットにお湯を注ぐと、ふわりと湯気と香りが立ち上った。紅茶が抽出されるのを待ちながら、シェーヴィルは珍しく様々な事へと思いを馳せる。 不器用だとは自覚している。 世の人間のように、世辞の一つや表裏の使い分けもできない。 表情も言葉も、人の世で渡り合うためには圧倒的に不足している。ましてや、商売人という立場で考えれば、客がつく方がどだい不思議な話のようにさえ思える。 そんな自分に、自然に接してくれる彼女たち。 「…………不思議な、やつらだな、お前ら」 「なあに?」 「何か言った……?」 「……ん、何も」 次は花瓶だろうか。 紅茶を注ぎ、シュネーとフェリーの笑顔を見ながら、ぼんやりとそう考えた。 [目次] [はじまりの街 案内板](小説TOP) |