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利根川先生が素敵すぎて生きるのが辛いとある秘書の一日







「おはよーございます利根川先生!本日も誠に麗しくいらっしゃる…!」
「…おはようみょうじ」
「ああ…!なんと荘重なお声…!今日もどうぞこの私をお側に置いてくださいまし…!」
「…」

利根川はエレベーターの前で腰を折るなまえを白い目で一瞥するとそのままエレベーターへ向かった
そして利根川より一歩先になまえはひらりと音も無く乗り込み、さささとボタンを押す

そう、常に利根川を先回りし、側に仕えて手足となるなまえは正真正銘利根川の第一秘書である

実力主義の帝愛グループで、エリート補正によりシード権はあったものの叩き上げ根性でここまで登り詰めたなまえ
しかし実際ふたを開けてみれば変態まがいの利根川オタクだったと言うわけである
決定的な理由もなく今更異動もできずここまできたのだが
視線の冷たさぐらい大目に見てほしいと利根川は切に思うのであった

「先生!」
「なんだ」
「今日はクラシックグリーンボワールでございますか?」
「…」
「あ…違いますか!?申し訳ございませんっ!
くっ…私としたことが…あろうことか利根川先生のフレグランスを嗅ぎ間違うなどっ…!!」
「いや…合っている…」
「本当ですか!」
「…」

心から悔しそうな表情から一転、パアアと笑顔になるなまえ
一方利根川は「何この子」という顔で、目だけでなまえを盗み見る
こんなにも奇抜な部下を持ったことは今までになく、
怒ればいいやら笑えばいいやらさっぱりわからず足早に自分のオフィスへと向かう
なまえは相も変わらず上機嫌そうに花を散らしながらも足音も無く利根川の後ろをついてくる
何故こいつはこんなにもおめでたいんだ
いや、むしろ何故こんなおめでたいやつがここでオレの秘書をしているんだ…
聞きたいことはやまほどあれど、それが無意味と知って1年経ってしまった

しかしそうは言ってもなまえの流れるような所作の品の良さ、
(紙一重ではあるが)利根川への忠誠心、
そして情緒はある意味フラットに安定していていつも笑顔でいてくれることは利根川には密かに有り難かったりするのだった


「先生の本日のご予定を申上げます
まず午前11時までに幹部からの連絡が2件、どちらもカジノに関するご報告です
午後2時より帝愛役員定例会、
午後6時より都内Bエリア代表議会会合…」
「高山からの上申書はどうなっている」
「はい、高山代表の上申書は明日午前中にお手元に届く予定でしたがJADの会合が長引いており、2、3日猶予を見た方がよろしいかと」
「なるほど」
「エー、では!続いて私みょうじなまえの本日の予定を申上げます!」
「…いや、結こ「本日もずっと!利根川先生と一緒でございますっ!!」


「…………」




告白にしてはドラマチックに決まった恒例の死刑宣告にもはや利根川はどうすることもできなかった。












「では、本日もお疲れ様でした。麗しき利根川先生と一緒にお仕事できたこと、真に有り難き幸せ…」
「…ああ…」
「明日は午前中の執務はございませんので、午後一時からのご出勤となっております
私は正午にはこちらにおりますので」
「ああ、わかった」
「では、お車までお送りします」

利根川の荷物を持ち、送迎車へ向かおうとするなまえにその時利根川が声をかけた

「…みょうじ」
「はい、御用でしょうか」
「あー…お前は今日予定はあるのか」
「はあ…今日、このあとの予定…ですか?」
「…ああ、まあ、そうだ」
「いえ、ございませんが…なにか急務でしょうか?」
「いや、そういうことではない
あー…どうせ暇なら、食事にでも連れて行ってやるかと思ったのだが」

書類に目を落としたまま利根川は言う
なまえは見開いた目で利根川を見つめる

「食、事…?」
「都合が悪いなら無理にとは言わん
まあ…お前がこの職についてちょうど1年だ、たまにはこんな褒美もやらんとな」
「ほうび…?」

なまえにしては珍しくきょとんと利根川を見ている
わかっているのか、いないのか
利根川が一つ咳払いをすれば弾かれたようになまえは頷いた

「あのっ、はい、わたくし、ああ、ぜぜぜ是非、ごっごごごっごご一緒…!」
「落ち着け」
「ああ、ああ…!」

なまえはなぜか目に涙をため、手で口を覆った
余程感激しているようだったが利根川は一瞬冷静に(これだけオーバーリアクションしてよく疲れないな…)と思った
しかし、なまえは本格的に泣き出してしまった

「う…っ、う…!」
「…(唖然)なぜ泣く…」
「う…!す、すみませんっ…私っ…」

顔をあげられずにしゃくるなまえはいつものかっちり背筋を伸ばした姿からは想像もできないくらい、
何処にでもいる子供のように健気で可愛らしかった
思わずその背を利根川はポンと叩いた

「うっ…先生っ…!」
「なんだ」
「私っ…先生を敬愛しておりっ…!」
「(いつものが始まった)」
「し、グズッ、しかし…時に上手く行かず…!
先生にご心労をおか、おかけしっ…!」
「鼻をかめ…」
「すみませんズビーッ!
楽ではない職ですがっ…でも、せ、先生にお仕えできて良かったですっ…!!」

大袈裟な…という言葉を飲み込み、わかったから支度しろとだけ言って背中を押す
懸命に涙をぬぐいつつもまだ震える肩にいつもより少し優しいため息をついた

「先生!」
「…なんだ」
「とても嬉しいです」
「…そうか」

涙の跡をつけたまま、ふにゃっと笑うなまえ
一年経つというのに、初めて見る表情が多すぎて、かわいさ半分、疲れ半分と言った感じで頷く
だいぶ慣れたと思っていたが、こんな表情もできることは知らなかった
なんだ、普通の真面目な部下ではないか

そういえば一年、なまえとは仕事ばかりで私用で関わろうとしたことなど無かった
こうして普通に会話が出来るのなら、たまには食事に連れてってやるのもありかもしれない

なにしろ、だいじな、かわいい部下なのだから



「何か食いたいものはあるか」
「私バングラデシュ料理が好きです」
「よし、今日は中華にするか」
「あっもしかして喜千亭ですか!?」
「………何故わかる」
「何故ってそんな!」


やっぱり、年に一度でいい…

視界の端でいやにはしゃぐなまえに、心の中でそうつぶやいた利根川だった。



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