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死ね!バレンタイン・デー






2月14日バレンタインデー
世間は愛を囁き合う恋人達で溢れかえる
甘い空気に包まれた街中はきらびやかな装飾と人々の笑顔で彩られている

がしかし
ヤクザにはそんな行事は存在しない
いつも通り、変わらず煙草をふかしながら読みおえた新聞をたたむこの板倉も然り
逆にうさんくさい男ばかりの事務所でかわいらしいチョコレートなど鞄から出してほしくなどない

必ず喜んでもらえるものとどん詰まりの頭を働かすこともなく
浮かれて店のチョコよりも見劣りするそれを誇らしげに押しつけて来る女も、
そんななんの考えもなく渡されたものに一喜一憂する一日に
期待や無念を抱いて泣いたり笑ったりする男も、
馬鹿らしい、と板倉は思う
だから別にバレンタインと言えどその常識の適用されない事務所にいる方が快適なのだった


…こんなことになるまでは。



「今日バレンタインだっつーんだよ…」
「…」
「別にチョコが欲しいとか女が欲しいとかじゃなくてよー」
「…(女は無理だろ)」
「外でお祭騒ぎしてるおめでたいやつら…頭にくんだよ!」
「…(嫉妬だ…)」
「板倉!」
「…(うわ来た)なんですか兄さん」
「お前はどうせ女の一人でも囲ってて今日はしっかりバレンタインすんだろ!」
「はあ?んなわけ――」
「く、くそ〜っこの軟派モンめ!!」
「(目茶苦茶だっ…!)ちょ、ちょっと!」

涙目で板倉にとっくみあおうとする末崎をすんでのところで躱すと、
そのままソファから離れてコートをとった

「兄さんこそ、女の一人くらい都合つくでしょ!そいつんとこ行ってやったらどうです」
「て、てめぇ〜」
「うわ、ちょっと外の空気吸ってきます!」
「いたく―――」

バタン、と事務所のドアを閉めてハァ、とため息をついた
外も内もバレンタインの空気に酔っ払っている――
板倉は流石に辟易してしばらく逡巡した
どこへ行けばこの災厄を逃れられるか?
板倉は階段を乱暴に降りて行った





カランカラン…

「いらっしゃいませ」

照明の落ち着いた、静かな喫茶店
こんな日でも人はまばら
時間の止まったような静けさ
ここへ来てやっと身体の力が抜けた気がした
やっと落ち着いた…

ウェイターにコーヒーを頼むと一人用のソファの背もたれに体重を預けて早速煙草を咥えた
しっくりと身体を沈ませて煙を吐き出すと一瞬『バ』で始まって『ン』で終わる悪夢を忘れられた気がした

が、その時、板倉の右にある窓ガラスがコンコンと鳴った

「!」

窓を叩いたのは2人の義賊だった

「あ…?…零…!
…となまえ!?」

手前で相変わらず爽やかな笑顔で手を振る零と、後ろからひょこっと笑顔で覗くなまえ
2人はまた顔を見合わせて笑うと入り口へ向かった
板倉は茫然として2人が店に入るのを見ている
にこにこしながら板倉の席へやってきた2人はいつ見ても楽しそうで、
まったく、学生は元気だと煙草を口元へ持っていく板倉の目はどこか気怠げである

「よう板倉!ここいいかい?」
「却「こんにちは板倉さん!あ、紅茶ひとつ」
「おい勝手に座「オレはコーヒーで」
「板倉さんよくここくるんですか?」
「へぇ、意外にいい趣味してる」
「俺も思ったー!いいとこですねーあれ板倉さんミルク使わないんですか?」
「そういや、いつもブラックだよな」
「おお、かっこいい!じゃミルク頂いてもいいですか?」
「なまえさっき一個いれただろ?」
「だって〜…あとガムシロップ」
「ガムシロは一個にしておけよ…」

やっと口を挟んだ板倉
まるでテンポの速い小動物のようにしゃべる彼らは板倉のため息にもカラカラ笑って返す
せっかく落ち着かない事務所から逃げ出してきたというのに、図ったように
訪れたこの2人に板倉は自分のタイミングの悪さを呪いながら煙草の灰を落とした

「じゃあ、遠慮なく」
「そういや板倉、今日何の日か知ってるか?」
「チッ、やめろよなお前らまで…」
「なんだ、知ってるのか」
「馬鹿にすんな」
「じゃあなんでお一人でこんなところに?」
「ああ、相手がいないからそんなイライラしてここで時間つぶしてんのか!」
「違ぇよ!お前らさっきから失礼すぎんだろーが!つーか主に零!」

ぶはっと煙を吐いてそう言い捨てるが零は裏腹ににこにこと笑みを絶さない

「そんな可哀相な板倉に?」
「可哀相って言うな「俺達からサプラ〜イズ!」

半ば板倉を無視してじゃーん、と2人が机の上にだしたもの

小綺麗な、箱
小さくて、ちょっと乙女ちっくな、箱
チョコレートかなにかをいれそうな、箱
そう、今日の板倉の神経を逆撫でしそうな、箱

「まさか…」

「フフ、プレゼントさ、嬉しいだろ…!」
「嫌味か?」
「まさか!」
「…何企んでやがる」
「やだなー俺たちそんなんじゃー」
「ねー板倉さん、開けて開けて!」
「…」

疑り深い視線を向けつつも2人の笑みは引っ込まない
なまえの満面の笑みに絆されて結局箱に手を掛けてしまう自分に内心舌打ちしつつ、
そっと包装を解いていく

「(何がでてくんだ…?蛙でも飛び出すか?
いや、地味に中身が空っぽとか…?)」

すました表情とは裏腹にすごい勢いで逡巡する疑惑
ついにフタを開けた

「…」
「すごいだろ?」
「綺麗にできたと思いません?」
「………あー、まあ、合格。ここまでは」

中には綺麗にそろったトリュフの粒達が柔らかいココアパウダーをかぶって収まっている
キラキラと見つめて来る2人
そんなに楽しみかオレのリアクションが!と内心ツッコミながら煙草を一息吸った

これで板倉の中の疑惑はひとつに絞られた

異物混入である

オーソドックスに行けばタバスコや唐辛子
しかしこの2人のこと、王道、典型で攻めて来るとは思えない
もしかすると化学薬品ということもなきにしもあらず
板倉は考えを巡らせながら恐る恐るトリュフを一粒手に取った

「…」
「……どうですか?」
「うまい?」
「…うまい」
「「やったあ!」」
「え、は?なんで…?」

不思議そうにチョコと2人を見比べる板倉
店に来た時から笑顔を絶やしていない2人
板倉はだんだん狐につままれたように思えて来て零に問いただす

「何だよ、まだ何か他に仕掛けがあんのか?」
「何言ってんだよ板倉、言ったじゃん、プレゼントだって」
「零が変な悪戯ばっかするから板倉さんが素直じゃなくなっちゃった〜」
「元からじゃない?」
「お前に言われたくねえ」

きゃらきゃらと笑う2人にペースが乱されっ放しの板倉はガシガシと頭を掻いて煙草の煙を吐いた
未だ笑顔のまま、なまえがちょっとはにかみながら何か言いたげに
板倉の顔を覗き込むとさっきよりも軽いトーンでなんだよ、と返した

「あのね、板倉さん」
「ん」
「いつもありがとう!」
「はァ?」
「これからもよろしくな…!(ニコッ」
「却下(ニコッ」
「はは、ツレないの」

言いながらもう一つ口に入れる板倉
しっかり味わってみれば売り物にも劣らないそれはビター風味だったが、
てんやわんやで疲れた身体には優しい甘さだった
悪戯無しの贈り物は信じがたかったが、贈られてみれば決して
悪い気はしないな、と思いつつ板倉はまた箱に手を伸ばす

「そんなにうまかった?」
「ん、まあまあ」
「素直じゃないなあ〜」
「オレにも一個ちょうだい」
「却下」
「え!なんでだよ、いいだろ一個くらい」
「オレにくれたんだろ?なら全部オレのもん」
「ケチな男はモテないぞ。
…あごめん、地雷なんだっけ」
「泣かすぞ(ニコッ」
「こわーい!」

そう言っても相変わらず笑っている2人からの意外なプレゼントに
板倉は自分が結構満足していることに気づいているのかいないのか、
黒い革張りのメニューを2人の前においた

「「??」」
「…1人一品まで」
「えっ…いいんですか!?」
「おー太っ腹!今日雪降るのかな」
「前言撤回。なまえだけ好きなの頼みな」
「ハハハうそだって!」
「あのなー板倉さんてアレだけど実はすごい大人だし優しいんだよ?」
「アレってなんだよおい」
「そういえばなまえには甘いよねー
オレこれにしよっかな!」
「わーそれいい!うまそー!
あっでも零!これがいいこれ!」」
「どれ?あっはは!ほんとだこれもいいね」
「じゃあみんなでこれにしよ!」
「(みんなで…?)決まったか?」

「「『期間限定 〜St.Valentine memorial〜
恋人達のエクセレントラグジュアリー風味
スイートベリーパフェ クイーンサイz「却下」






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