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天下無双とその肴








幹部会議が終わった途端、なまえに駆け寄る男がいた
なまえはそれに気付くとため息を一つついた


「御機嫌よう、なまえ殿!」
「御機嫌よう陳宮殿。ちなみに言っておくと、嫌です」
「まだ何も申上げておらんのだが」
「さらにちなむと呂布はあちらに」
「だからまだ何も申上げておらん」
「じゃあ用が無いなら俺はこれで」
「そんな冷たいこと言わんでくれ!後生なのだ!」


涙ぐんでぴーぴー騒ぐ陳宮になまえははあぁ…とため息をつくと頭を掻いた


「なんでいつも俺なんだよ…」
「それは将軍、貴方ぐらいなものだからな、呂布殿のところへ悪報をもって行ってケロッと帰ってこれるのは」
「いつ俺がケロッと帰ってきた?いつ?」
「ひいいいいだって〜」
「まあまあまあまあ剣を収められよなまえ殿」
「張遼…」


右手でなまえを制したのは同じく呂布軍の将、張遼だった
ささっと張遼の後ろへ隠れる陳宮をジロッと睨むと陳宮はひい、と頭を引っ込めた

そう、呂布に悪い戦況や敵襲の報、赤兎の悪行や天気の善し悪しまで、
悪い報せはとにかくなまえに任されている
何故なら機嫌を損ねた呂布に半殺しに合う可能性があるからだ
一度なまえが無事な身体で生還して以来、悪報は全てなまえを通すシステムが呂布軍には根付いてしまったのだった


「して、今回は何をご報告に行かれるのですかな?」
「行かないし知らない」
「またそんな殺生な〜
いや実はね、明日の宴のためのある銘柄の酒が切れてしまって…」
「その酒とは…」
「まさかお前…」
「はい…お察しの通り…
…呂布殿のお気に入り、“天下無双”です…」
「バカァー!!!」


呂布が必ず宴席で楽しむ酒、“天下無双”の在庫を切らした陳宮になまえはチョップを振り下ろした
悲鳴をあげて痛がる陳宮の横で一人冷静な張遼が顎に手を当てて唸った


「む…それは深刻ですな」
「この陳宮が申上げればたちまち呂布殿の逆鱗に触れ天変地異が起こってしまう!嗚呼!なまえ殿ぉ!!」
「うるせえバカ!!もう知らん!バカバカ!」
「そこをなんとか〜!この脆弱な陳宮に免じて!」
「免じねーよアホ!」
「なまえ殿、いってあげなされ、弱き者を守る、それすなわち真の武人ですぞ」
「なら張遼が行けば」
「では私はこれにて」
「あっ待ちやがれ!テメーいつもせけえぞ!!」
「なまえ殿ー!そのまままっすぐの部屋ですぞー!」
「うるせー珍Q!!」








「呂布ー、いる?」
「なまえか」


入るよーと声をかけて呂布の前に現れたなまえ
呂布は何やら卓について宝剣を触っていた
なまえの姿をちろっと見ると剣を翻しながら座れ、と言った


「見ろ。昭謁のやつめ。何をくだらん玩具を寄越すかと思いきや…なかなか見事だ」
「うん、ほんと。お前に相応しいな」
「フン、そうだろう。あんな虫ケラが持っていたとて宝の持ち腐れだ」
「うんうん、お前が持ってこそだよな(ヒエェェ〜こっち向けんな!!)」


ご満悦気味に軽く宝剣をひゅんひゅん扱うその腕はやはり三国に無双と言って間違いないのだが
ここにいるだけで後ろめたいなまえはいつ自分が真っ二つにされるか気が気でない


「な、なぁ…とりあえずそれしまおうぜ」
「?何故だ?」
「えっ!いや、何故ってその…
ほら!その繊細な金細工が壊れたらマズいじゃん?」
「…確かに」


おとなしく剣をおく呂布になまえは密かに胸を撫で下ろすと呂布がそれで、と促した


「俺に何か用か」
「あー、えーっと…うん」
「なんだ、早く言え」
「うん…えっとさ、明日宴開くじゃんか」
「ああ」
「で、酒が出るわけなんだけど…」
「ああ」
「ごめんっ!!お前の好きな“天下無双”、切らしてんだ!!」


ガタッと卓に手と頭をつくなまえ
恐怖から冷や汗が滴り、もちろん顔をあげて呂布を伺うなんて出来ない
やがて震えぬ者のいない低い声が地響きのように轟く


「なんだとォ…!?」
「や、ほんとごめん!お前が好きなの知ってるけどケアレスミス!イージーミス!ごめんごめん!!」
「貴様らァ!!」
「わーごめんなさいごめんなさい!!宝剣おいてェ!!
代わりに国士無双用意したからぁ!!」
「いらんわ!天下無双は代わりがないから“無双”と言うんだカスが!!!」
「ごもっともー!!!」


学識に遠いわりに理に適った説を唱える呂布に驚く余裕もなく、
丸腰で、宝剣を持った呂布と命掛けの鬼ごっこを繰り広げるなまえ

半泣きになりながらついに壁際へ追いやられたそのとき、
なまえが自分の前にバッと取り出した麻袋の一寸手前で呂布の宝剣が止まった


「…なんだそれは」
「はぁ、…酒の代わりはねーけど、一緒に食おうぜ」





改めて、今度はなまえが宝剣をがっちりホールドした状態で卓についた二人
卓上にはなまえが持参した、旬の桃と白餡饅頭と点心のセットが場の空気に似合わぬほど華やかに並べられている


「悪かったよ、せっかくの宴なのにさ」
「フン、今回限りだからな」
「うん、もう絶対しない」


まだご機嫌ななめだが、どうにか饅頭に手を伸ばした呂布に、とりあえずなまえは笑顔に戻った
昔から変わらぬ、二人の小さな宴の空気に戻っていた

呂布の機嫌が悪いとき、なまえが訳も無く落ち込んでいるとき、
いつだって二人は卓を囲んだ
天下無双を真ん中に、色んな肴が卓を彩る
すると自然と笑顔が戻ってしまう
呂布も最初は斬りかからんばかりに憤っていても、最後にはもっと飲めと自ら酒瓶を傾けて来る
なまえはいつも嬉しいやら眠いやらで心地よい酔いの中眠りに落ちるのだ

そう、二人は親友なのだ


「あ、これ美味い、呂布これ食ってみ」
「ならばそれはお前にやる。俺はこっちの方が好きだ」
「まじ?やったあ」


嬉しそうな様子を隠そうともしないなまえの笑顔に呂布は一瞬ぽかんとした
そういえばここのところ、なまえとこんなに和やかな時間を過ごしていなかった
なまえは自分の方を見て黙っている呂布に、怒ったのかと勘違いして伸ばした手を引っ込めつつなに…?と伺う


「…フン。貴様が来る時はいつも何か凶報がある時だ」
「あ…あーうん、ごめん」
「…」
「…」


思い当たる節がありありと頭に浮かび、バツが悪そうに頬をかくなまえ
なまえも、もちろん呂布の怒りの矛先に立たされるのも怖いのだが、
呂布に悪い報せをもたらすのは心が痛むのだった
たまには朗報ももたらしてやりたいのだ


「悪報ばかり持って来るな、カスめ」
「そうしたいのはやまやまだけどさあ」
「何も持たずとも来ればいいのだ」
「え…?」
「あ……いや!あー、うるさい!虫ケラめ!!!」
「えっ!?い、いきなり!?」
「黙れ!!悪報が無い時は、その点心を持って来い!!わかったか!!」
「いつの間に!?わわわわわかりましたーっ!」


知らぬうちに呂布の手に渡った宝剣にまたもや脅かされるも、呂布が再び音を立てて席につくとにこにこ笑った


「じゃあ、今度は酒も持って来るな!」
「…フン、好きにしろ」
「へへ、俺呂布と飲むの結構好きなんだー、絶対つぶれねーもんなお前」
「俺はつまらんな、お前はいつも先につぶれる」
「俺も結構強い方なんだけど…」
「酔いつぶれたお前の姿は情けないぞ。服や髪は乱れて腹を出してニヤニヤしながら寝ている」
「うわっ恥ずかし!ちょ言うなし!」
「もっと言うと涎が垂れている」
「恥ずかしー!!
でもいつも呂布が運んでくれてんだろ?俺いつの間にか自分の寝台にいるんだ」
「…」
「あ、やっぱり?ありがとな」
「う、うるさい!違うぞ、お前があまりにだらしないからだな!!」
「いやあ、天下無双の武将といえど天女のような慈悲深さ!」
「貴様ァっ…!!消し飛べ!!!!」
「え?ギャアアアア宝剣禁止ー!!!!」





後日談



「おぉコラ珍Q」
「なまえ殿、御機嫌うるわしゅう」
「死ぬか?」
「お助けぇ〜、私は剣も持たぬ脆弱な文官にござるぞ」
「カマトトもいい加減にせんかい!!」
「おや、なまえ殿。その傷はどうなされた」
「張遼。どうもこうもGのつく真の三国無双にいたぶられた」
「ああ、なるほど…」
「ところでなまえ殿、先日呂布殿に届くはずの献上品が、ですな…」
「が、なんだよ」
「実は道中山賊に襲われたとかなんとか…ああ大変なことになった…(チラッ)」
「…で?」
「ヒッ、け、剣を収められよぉ〜」
「おや…?その剣は呂布殿の宝剣では?」
「張遼正解!呂布がくれた!ってことで珍Q覚悟!!」
「え?ちょまいやいや私は丸腰の脆弱なぶんかギャアアアア!!」





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