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花より団子






「なあなまえ…お前花より団子って言葉知ってるか?」
「むしゃむしゃ…うん知ってる。司馬懿殿から最初に教わった言葉、それ」
「…そうか…」


夏侯惇は小さくため息をついた
変わらず5個めの肉まんを頬張るなまえはどうした?と言って首を傾げる


「お前の為にあるような言葉だな」
「ひどいなーっ、荀しくも年頃の娘に…もぐもぐ」
「顔の形変わるほど肉まん頬張ってる女の言うことか」
「うん、肉まん美味しい」
「会話をしろ」


夏侯惇が頬杖をついて呆れる前でなまえは満面の笑みである
この娘、なまえは曹操の遠縁にあたる立派な魏将であり、並み居る猛将に劣らぬ槍の腕を持つ
見た目は絶世の美女とはいかないが娘らしい可愛さがあり、性格も至って問題ない
同僚の武将達とも信頼しあい、曹操を支えている

一つ問題を挙げるとすれば、その身体つきから想像も出来ないが、三国一の大食漢、許楮に勝るとも劣らない食欲と胃を持つことである


「なんだってそんなに食うんだか…」
「だって食べなきゃ丈夫になれないじゃないガブリ」
「安心しろ、お前はもうその辺の男より余程丈夫だ」
「でも戦場では体力Cだものむぐむぐ」


女武将で体力Cならば上等なのでは…
と思う夏侯惇の後ろを見てなまえは笑顔になった


「許楮どん!淵ちゃん!殿も!」
「ようなまえ〜、美味そうな肉まん食ってるだなぁ」
「まぁた食ってんのか!ま、大きくなれよっ」
「して、夏侯惇はまたどうせ小煩い小言でも零していたのだろう」
「すごい殿!当たりです!がつがつ」
「おい、俺は別に小言なんて…」
「まあまあ、惇兄!なまえの食いっぷり気持ちいいじゃねえか!なあ?」
「しかしがつがつ食うのはやり過ぎだろう…」
「あーまた小言零した。むぐむぐ。許楮どんにもあげるよ!はい!」
「おいらにもくれるだか〜!?ありがとなぁ、今度美味い肉持って行くだよ」
「わあ、楽しみにしてるね!」
「ふ…邪気のない者どもよ…
そこの者、あれを持て」


曹操が近くの女官に告げるとすぐに彼女らは大きな蒸籠を持ってきた
なまえは初めて肉まんを口に運ぶ手を止めてそちらを食い入るように見つめる


「!!クンクン、良い匂いがする…!」
「フフ…鼻のよく利く娘よ。これは以前、我が軍が匿った商人から礼として受け取った肉まんを料理人に学ばせ、作らせたのだ」


ふらあ〜と引っ張られるように蒸籠の方へ傾くなまえの鼻をちょいと摘んで曹操が説明すると
許楮となまえは顔を見合わせて笑った


「椎茸の良い匂いだよぉ〜」
「ああ…豚肉でもこんなに良い匂いするんだ…!」
「えっ…なんで具材までわかるんだよ…」
「淵…細かいことはツッコんだら負けだ」
「ハハハ…愛いお主らの戦場での働きに対する労いだ、好きなだけ食すがいい」
「わああ…!殿ありがとうございます!!殿好きー!イカすー!もごもご」
「曹操様ありがとうだぁ!おいら幸せだよぉ〜」
「良かったな〜お前ら!俺も一個もらっちまお〜」
「孟徳…」
「良いではないか、見よあやつらの顔を。こちらまで元気になってくる」


何か言いたげな夏侯惇の表情ではあったが、くつくつと面白そうに笑う曹操、いつもの和やかな 夏侯淵と許楮、
そして元気に幸せそうな笑顔を見せるなまえを見ると何も言えなくなってしまうのだった















夜、誰もいない回廊を月明りを頼りに歩いていた夏侯惇は草原に足を投げ出して静かに佇む人影を見つけた
忙しなく手が口元へ動いているのを見てくっ、と笑うと静かにその影へ近付いた


「眠れんのか」
「…夏侯惇…」
「全く…夜になってもお前の胃は休まることを知らんのか」
「…うるさーい」


ぱし、と眼帯の辺りへなんとも緩い拳を当てるとふい、とそっぽを向いた

なまえは楊枝を桃へ刺してまた口へ運ぶ
夜のおつまみは桃のようだ
顔は夏侯惇へ向かぬまま、桃の乗った皿を夏侯惇の方へ差し出した
夏侯惇は思わずふ、と笑って一切れ口にした


「何を考えてる」
「…」
「血が胃に集まるお前のことだ、考え込んでもいいことはないぞ」
「…私の好みは最低だ…」
「あ?」
「昼間、花より団子って言ったでしょ?あれ、私が食い気ばかりで女らしくないってことでしょ?」
「…あー、あれな」
「わかってるよ、でもね、いいの。私武人になりたいから」


拗ねているようでもなく、しっかりとした声音に、夏侯惇は素直になまえの話を聞いていた


「がつがつ食べるよ、いつ斬られるかわかんないもん
華陀膏じゃなくてもいいんだ、それはもっと必要な人がとるべきだから」
「…ああ、そうだな」
「それをわかってくれる人がいたら、女として嫁ぐのも素敵だと思うなあ〜」
「…ああ、そうしろ」


がし、と肩を抱かれ、お互い月へ向いたままだが声が間近に聞こえる
夏侯惇の力はさすがに強く、なまえがみじろごうともびくともしない
女らしいことを諦めてきたなまえにとって女であるのを実感するのはつらかったが、
何故だか今は女であることの幸せを感じていた


「…ふん、なにようこの手は、夏侯惇私のことバカにしたじゃない」
「覚えてないな」
「なっ…!男らしくないやつ!私の心を抉っておいて…!」
「なんだ気にしてたのか?らしくもない」
「うるさい!離してよね、嫁入り前のおなごに…!」
「じゃあ今嫁に入れば問題は無いな?」
「…」


口喧嘩の不得手ななまえはいつもこうして夏侯惇に黙らせられる
そしてプイとそっぽを向くのだが、今日はその肩に寄り添ってみた
夏侯惇はまたふ、と笑い、ぐいとなまえを抱き寄せた


「…なんだ、嫌がらないのか」
「嫌じゃないもの」
「えらく素直だな」
「女らしい?」
「お前らしい」
「ありがとう」
「好きだ、なまえ
俺の元へ来い」
「…」


なまえは何故だか泣きたくなって、夏侯惇に抱き付いた
夏侯惇はそれを受け止めて背中をぽんぽんと叩いて笑った


「ん、重くなったか」
「う、うるさい!そんなことはない!」
「おとなしく減量するんだな」
「ふんだ、残念でしたー私食べる量減ると逆に精神圧迫で太るんですー」
「じゃあ張恰に相談するか」
「ごめんなさい許してください」
「フン、まあ…よしとするか、これぐらいでも」
「魏国のヒロインを捕まえて何をぷぷっ」
「自分で笑ったらお終いだろ」


笑いあう二人の思い描く将来は温かい食卓が象徴する幸せに包まれていることだろう

全く、手のかかる者どもよ





「………あれ、語り手殿っすか」
「おっと、うっかりしておった」
「あーっ、ちゅーするか!?するのか惇兄!!」
「馬鹿めが。あの二人の初ちゅーは当分先でしょう」
「おお、司馬懿も潜んでおったか」
「ええ…万一のことが起こらぬよう…」
「万一って…お前ちゅーにこだわりすぎだろ…
いーじゃねーか、両想いなんだからよ!」
「よくない!!私がどんな想いで毎月自分の給料から高級な霜降り和牛を贈っていたか…!!」
「お前も、難儀な男なのだな…」
「どうでもいーけど、お前がちゅーって言うのなんかやだな」






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