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牽牛のプロポーズ








正月を迎え、上巳に桃を楽しみ、端午に菖蒲を慈しむと日は既に七夕を臨んでいた
なんと経る日の早いことと張遼は視線を遥か夜空の星々から目の前のなまえに移した


「…で、なにやら先ほどから針が進んで居られぬようお見受けするが」
「い、いえ、そのようなことは!」
「…その鮮やかな染め糸の色が貴殿の血の色に染まらぬと良いが」
「…」


今日は七夕の節句のため、笹の近くに卓を構えた
二人でのんびりと織女と牽牛の再会に夜空を楽しもうと張遼が果実酒を誂え、なまえは裁縫を携えた
無数の星が、自分達を覆う広大な夜空に瞬く様を味わいながらしっとり晩酌…
ともいかず、なまえは背を丸めて針と糸とかれこれ三刻は格闘している
年に一度、織物の達人でもあった織女の祭りは、織物や針仕事の苦手ななまえにうってつけの行事なのだった


「っ!う〜…」
「大丈夫ですかな?」
「はい…やはり織物は難しいです…」
「では、おやめになる?」
「いえ!ちゃんと完成させます!」
「流石はなまえ殿、その意気です」
「えへへ!これ、出来上がったら…張遼様、受け取ってくださいますか?」
「私…ですか?」
「はい。あ、大丈夫です!ここまでは順調なんです!」
「はは、それならば安心ですな。なまえ殿のご厚意、有り難く頂戴しよう」
「良かった…!じゃあ、最後の仕上げ綺麗に完成するよう頑張ります!」
「楽しみにしております」


二人とも心を軽く踊らせながら笑い合い、一方は酒を汲み、もう一方は糸を引っ張る
時折そよぐ風、風に揺れる笹、笹から棚引く糸、ぽつりぽつり交わされる会話。
心地よい夜が二人を包んでいた


「なまえ殿、七夕の由来をご存じか?」
「七夕の、由来…ですか?」
「いかにも。織女と牽牛が何故わかたれたか」
「いいえ…何故です?」
「織物に精を出していた織女には、女人のするような、自らを着飾り美しさを磨く時間が無かった
そこで天が牽牛に嫁がせたところ、織物をないがしろにし始めた織女に罰を与えた
それがあの天の川ということですな」
「…ふーん…」


なまえは手を止めて、張遼と同じように大空を渡る星の川を見上げた
可哀相に、せっかく好きな人と暮らせたのにすぐにわかたれてしまうなんて
そんな思いが顔に出たのか、張遼はなまえを見たあと笑って言った


「でも、なまえ殿はその点安心ですな」
「?何故です?」
「初めから織物を厭われておられる」
「!!もー!失礼な!私には織物以外に使命があるのかも知れないじゃないですか!」
「ほほう、それは一体?」
「…えーっと…料理、なんかはわりと得意ですが…」
「…」
「肩揺れてますから!笑ってるのバレバレですよ張遼様!」
「いや、失敬。確かに私もなまえ殿の料理の腕はこの舌を以て知っているつもりです」
「では料理は私の使命になり得るでしょうか?」
「そうですな、私はそう思います」
「あら…」
「いかがなさった」
「…いえ…そんなに素直に褒められるのって珍しくて」


ふと照れて俯くなまえ
もじもじと布をいじっているその小さな背がかわいらしく、張遼はなまえの方を向いた


「それに、私がいるから安心ですな」
「なにがですか?」
「わかたれることはござらん」
「?」
「何故ならないがしろにする暇もないほどに私が毎日なまえ殿の料理を頂くからです」
「うっ!な、なんと恐ろしい…」
「…」


手をちぢこめて怯えた顔をするなまえとぽかんとする張遼
頭をがしがしとかいてからひとつ咳払いをするとなまえの両肩に手をおいた

「ん…こう言えば分かりますかな?
もしわかたれたとて、数多の星の川など一跳びに越えてみせよう」
「え…?」
「…
つ、つまり…例え天がわかつとも私は決して牽牛のように愛する者を手放したりはせん
だから私の元へ来てほしい」
「あ…それって…っ」
「…と、先程から申していたのだが…」
「や、やだ、ごめんなさい!私気付かなくて…!」


だんだんと顔を赤くし、恥ずかしそうにもじもじし始めるなまえ
張遼は苦笑いしながらなまえの肩を優しく抱いた
なまえもおそるおそる張遼の肩に寄り添ってみた


「いや、なまえ殿相手ということで覚悟の上です…わかってくだされば結構」
「つ、冷たい…
わかりました、張遼様の言わんとしてることは…。」
「では、なまえ殿のお心のうちをお聞かせ願いたい」
「わ、わかってるくせに…余裕なんだからもう…
演技でももうちょっと緊張したり不安がったり…!」
「私がそのような素振りを?」
「しないですよね〜。
いつでも堂々と凜としているのが張遼様のいいところですもの」
「私のことをよくわかっておられるようだ」
「ええ、一番大好きな人ですもの」


二人は笑い合い、寄り添って空を見上げた
天の川は尚も空高く流れているが
一年の時を経、織女と牽牛も寄り添っているのだろうか
はたまた、夫婦となった二人をやさしく見守っているのだろうか

和やかな酒宴はなまえが張遼に頭を預けて寝てしまうまで続いたのだった






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