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THE BEST BREEDER











「ただいま帰りました〜」
「みょうじ!」

賽の目やらトランプの役やらに一喜一憂するギャンブラーで賑わう、
絢爛なホールを抜けて事務所へ入ると真っ先に社長が声を掛けて来た
苦笑いを返すとたたたっとどこかへ消えて、
紅茶セットを持って戻って来た


「よくやった!何も問題は無かったざんしょ」
「はい、まあまあいつもどおり無難に終わりました」
「よしよし、偉いざんす!ほら、わしが直々に淹れた紅茶ありがたく飲むざんす!」
「はいはい…」


またも苦笑いを返して意外にも美味しく入った紅茶にふうと息をついた

今日俺は帝愛の本部へ売上会議へと行ってきたのだった
本来ならば社長がいくのだろうが、何故か最後に社長が自分で行ったのは遥か昔
まあそれはどこのカジノも似たようなもので、一条さんとこの出席者も専ら村上である

彼曰く、「『はいはい』って言ってつい代わってやっちゃうんだよな」
そう。まさにその通り。
なんだかんだいいように使われてる俺らは気が合うのでたまに会って部下会議してるのは内緒だ


「これ、食べるざんす」
「お、ありがとうございます」
「全部みょうじにあげるざんすよ」
「え、いいんですか?」
「ええ、ええ、それは三好が買って来たんだがわしはどうも好かん」
「あらら、じゃあいただきまーす」


社長がずい、と出して来た小さなカステラケーキを遠慮なく頂く
そうそう、社長はこういうフルーツ系は好きじゃないんだよな
散々おつかいさせられて意外にも甘ったるいクリーム系が好きらしいと学んだのだった

それも、ポイントカードを作って、こつこつため(るのは俺である)、それを使って買ったケーキは格別なんだとか。
興味本位でそのポイントカードに押す判子を偽造したこともある(社長は満面の笑みで美味しそうにケーキを食べた)
ほんとに、法の網をすり抜けるのが三度の飯より好きな人なのだ
しかしそれを如何に隠蔽するか、そこまで考えてやるところに年季を感じる
感情表現(リアクションと読む)がオーバーな社長でなくわりと表情に乏しい俺が会議に出るのもそういった理由からである
え?なになに、それはもうはんざ…え?よく聞こえない。


「みょうじ、みょうじ」
「はいはい」
「わしは優しい」
「はあ」
「優しくて寛大っ…!」
「はい」
「だからお前にボーナスをやるざんす」
「ボーナス…?」


どこから出して来たのか、いつか俺が買って来た某有名洋菓子店のクリームロールバーをかじりながら突拍子もなくそんなことを言う社長
ボーナスはもちろん出してくれる
いくら生まれ付いての守銭奴といえど従業員のボーナスまで奪うことはせず当初俺はむしろ驚いた記憶がある
しかし年二回のボーナスイベントにはまだまだ遠い
嬉しいには嬉しいが事情がわからずぽかんとする俺に、2つのカップに紅茶のおかわりを注ぎながら社長が続ける
ああ、食べカス落しすぎ…

「いつもよりは慎ましい額だがいつものお前の働きを労うざんすよ」
「………」
「な、なんざんすかその目は」
「…はあ。またなんか厄介ごとが起きたんですか」
「あちゃあ〜やっぱりみょうじは騙せないざんす」
「当たり前じゃないですか、社長の隣で社長が人を騙すのをもう何百回と見てんですから」


それになにより社長ほどの守銭奴が異例のボーナスなんて…
とは口にせず、代わりにティーカップを口に運んだ
全く、これだけわかりやすくてよくも無事に裏道を歩いてきたものである


「お金はいいです」
「えっ…な、何故!」
「だってそれも元々俺の仕事の内だし」
「はあ…」
「どうしてもって言うんなら次のボーナスに上乗せしといてください」
「う…!じ、じゃあ半分!半分ずっこざんすよ!」
「まあなんでもいいです…」


ほんとにお前は無欲ざんすね、と言いながらいそいそとパソコンを引っ張りあげ、
周りの雑誌やら煙草やらをどかして(昨日俺が片付けたはずなのに)回線を掘り起こす社長
俺が少しソファの端にずれれば、パソコンをドン、と机において俺の隣に座った


「このプロジェクト、何が肝要かって例の如く根回しっ・・・!」
「はあ」
「そしてお前にやってもらいたいのも例の如くこの部分ざんす」
「なんとなく予想はついてました」
「お前の人好きのするその不思議なオーラはこの世界に置いて最強の武器ざんす!」
「そこまでのもんじゃないですよ」
「そこまでのもんざんす!利根川氏の厳しい監査を通り抜けられるのも半ばお前の好印象のおかげ・・・」
「そんな・・・」
「だからわしはいつも利根川氏の用事の際にはお前を泣く泣く使いにやってるんざんす」
「泣く泣くねえ・・・」


苦笑いがだんだんと疑わしい眼になった俺に、社長は疑ってるざんすか!!?と裏返りそうな声で目を丸くして心外だとでも言いたげに全身で後ずさる
社長のオーバーリアクションに笑いそうになりながら、何とか堪えて疑ってはいませんよと笑う
違う違うとジタジタする社長にしょうがない俺ははい、はいと相づちを打つ


「利根川氏はお前を気に入ってるざんすよ!?」
「はあ・・・」
「それでなんでわしがそんなお前をそんな利根川氏の元にホイホイ使いに出すもんざんすかね!」
「はあ・・・」
「大げさに言えば賭けざんすよこれは!」
「(掛け算す?)はあ・・・」
「もし利根川氏がお前を登用するなんてことになったら兵藤会長以外誰も逆らえないざんすよ!?」
「はあ・・・まあ、そうですね」
「そうですねって・・・」
「?」
「だから〜お前を取られたくないわしとしては断腸の思いなんざんす!」
「・・・ああ〜」
「なにが今頃『ああ〜』ざんすか・・・お前がいなくなると非常に困るんざんす!!」


なにやら今度は腹を立てだした社長はソファの背もたれに乱暴に倒れ込むとふぁ〜と煙草をふかした
なるほど、俺は社長に予想以上になつかれていたらしい
悪口を言い合うと、変な風に作用してその人同士がどこか親密になるように、
俺と社長も、客に対してのみならず部下や上司にもいえない悪事を共有してイビツながらも信頼しあっていたのかもしれない
どちらかというと俺の心境としてはブリーダーのような感じだったがやっと懐いてくれた相手には頬がゆるんでしまうものである

いや、しかしもしかしたらブリードされてるのは俺の方かもしれない
結局は忠実に社長の言うとおりに動き、社長のために口を閉ざしているのだから


「・・・何ニヤニヤしてるざんすか」
「いーえ。なんでもありません」
「ほんとにお前は表情が読めなくて困るざんす」
「ほめてんですか?」
「でも今はちょっとだけわかったざんす」


ぐふ、と悪そうな笑みを浮かべてまた姿勢を戻す社長
ほんとに悪人面が似合う人だな、と心から思う
しかし俺はそれが嫌いじゃない
ああやっぱり、ブリードされてるのは俺の方だった

なんて悪党まがいで最高なブリーダーだろうと思った


「たちわる…」
「最高の褒め言葉ざんす」







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