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Paint it,black









「また落書き魔出たとか、笑えるね涯くん」
「いや、別に笑えはしないだろ」
「別に綺麗でもない校舎に落書きなんかして何が楽しいんだろうね」

なまえはHRが終わると鞄から教科書を出しながら隣の席の涯に話しかける
涯は至って冷静に客観的な意見を述べるがなまえはかまわずべらつく
話題は最近出没する落書き魔
トライアングルの中に丸、その丸に斜線を引いた謎のシンボル。
それが校舎の至る所にチョークで書かれるという珍事件である
消しても消しても次の日になるとまた別の場所に現れ、学校内でちょっとした話題なのだった

いつもと変わらぬ風景だった、ここまでは。
一時間目数学だよね〜とたらたら準備をしているなまえの肩を誰かが叩いた

「ん?」
「おはよ、みょうじさん」
「あ、え?んと、おはよう宇海くん」
「工藤もおはよ」
「はよ」

突如目の前に現れたさわやかな笑顔にたじたじと挨拶を返すなまえと相変わらず冷静な涯
別に席が近いわけでもなく、特に親しいわけでもない学年一の秀才であるこの宇海モテ男に
なまえは一瞬きょとん、とするがモテ男が再び振り返り、ニコッと笑って話し出した

「みょうじさん、今日放課後生活委員の集まりがあるらしいよ」
「ん?生活委員・・・?」
「お前生活委員だろ、宇海と二人で」
「・・・そうだっけ?うそ、私図書委員じゃなかった?」
「それ去年」
「・・・あ」
「フフ、ひどいなみょうじさん、オレとペアなのに忘れちゃうなんて」
「ごめんごめん、いや違うんだよ!ほら、あまりにも仕事無いじゃない?生活委員て」
「だから生活委員になったんだろどうせ」
「ひ、ひどいよ涯くん!」
「へえ、意外に横着者なんだ、みょうじさんて」
「違うよ!違うもん、もー涯くんのせいだからね」
「どうでもいいけどあと一分で一限始まるぞ」
「涯くん冷たい」
「知らん」
「・・・じゃあみょうじさん、放課後一緒に行こう」
「あ、うん。ありがとう」
「いーえ」

じゃあ、と言ってまたさわやかな笑顔を残し、自分の席へ戻っていく零の背中を見送る二人
心なしかキラ・・・キラ・・・という効果が見えた気がした

「さすが学年一のモテ男・・・」
「置いてくぞ」







「じゃあ、月曜と水曜の放課後、この第一校舎を見回ればいいんだね」
「そうだね、放課後って言うか下校時刻ぎりぎりになるけど」
「オレは放課後予定もないし部活は別の日だけど、みょうじさん大丈夫?」
「うん、私も月水ならぜんぜん平気」

その日の放課後、委員会を終えた二人は並んで会室から教室へ帰っていた
仕事のない生活委員が召集された理由は一つ
落書き魔出没に際し校舎の見回りをすること
全学年の生活委員が集められ、それぞれ校舎や曜日が割り振られたのだった

「あれ、みょうじさん部活とか入ってたっけ?」
「う〜んと、料理部に入ってるけど、第一第三土曜日しかないから大丈夫だよ、なんで?」
「だよね。いや、月水なら大丈夫っていうから、それ以外の日結構忙しいのかな、と思って」
「あ〜、火木土はバイトが入ってるんだ」
「バイトしてるんだ、何やってるの?」
「えっとね、駅前のパン屋さんだよ、F's Bakeryって知ってる?」
「ああ、知ってるよ、今度行っても良いかな」
「えっ恥ずかしいな〜私の居ないときにしてね」
「それじゃ意味ないじゃん!」

笑いながら教室へ帰ると、なまえはじゃあ今日もバイトだから!とすぐ荷物を持って教室を出ていった
零はがんばって、とまたも学年一のさわやかな笑顔で見送った
ドアが閉まるとその途端携帯を取りだしてなにやら高速で文字を打ち出したのをなまえは知らない






「宇海くんて割と常連さんだったんだね!知らなかった〜」
「オレもまさかみょうじさんがあそこでバイトしてるなんてぜんぜん知らなかったよ」
「なんで会わなかったんだろうね〜」

日が暮れて校舎内も夕闇につれて暗くなっていく放課後
続々と部活に励んでいた生徒が教室へ戻り、仲間同士騒ぎながら帰路へついていく
見回りと言っても現行犯を目撃するでもなく、落書きの跡を見つけては
また世間話に戻り、というなんとも緩いパトロール中であった

「宇海くんが来てくれたとき一緒にいた先輩がね、言ってたよ、あんなカッコいい子と友達なんていいな〜って」
「ハハハ、そんな」
「成績も学年で一番ですって言ったら結婚したいって言ってたよ、あはは」
「光栄だなあ」

先日、なまえがバイト中の店へ零が訪れ、たまたまそのときシフトに入っていたバイトの先輩が零の顔を覚えており、
常連事情が発覚したのだった
変わらずにこやかで、なまえと話すときも爽やかなオーラの絶えない零にバイトの先輩は大盛り上がりだったが、
落書き魔が出てから生活委員として二人で仕事をこなすようになってようやくまともにしゃべったという感じのなまえにとっては、
成績が張り出されれば雲上人とあがめられ、バレンタインの季節になれば甘い匂いが決して絶えない零が
未だによくわからないのだった
しかし話が弾むのは確かだった
このコミュニケーション能力の高さが学年一たるゆえんなのだろうかと下手な推測を巡らせるなまえだが、
真に学年一たるゆえんはコミュニケーション能力の高さではなく、
その情報収集能力の高さであることには気づかなかった

また一つ、チョークの粉がこすれたような跡を見つけてなまえが発見、と指さし確認するが、零は何も言わない
なまえが不思議に思い、宇海くん?と顔をのぞき込むといつもの笑みを浮かべていない真顔の零と目があった

「みょうじさんもそう思う?」
「え?な、なにが」
「だから、オレのこと」
「・・・カッコいいって?」
「うん」
「あ、あー・・・それは思うよ、学年一だもん」
「成績が?」
「成績、も」
「・・・ふーん、そっか」
「?」

なにがなんだか、という表情のなまえとなんだか曖昧に笑いを浮かべる零
ね、と笑うといつもの朗らかな笑みに戻った

「オレみょうじさんと結婚しよっかな」
「え?ええ!!もったいな!!」
「えっなにそれ笑」
「もったいな!せっかく選り取りみどりなのに、ていうか文脈ちょっとおかしいよね?」
「嬉しい!とかは言ってくれないの」
「や、もちろん嬉しいよ!もちろん!」
「もう遅いよー」

「みょうじさん」
「んー」
「見回り、すごく楽しいね」
「・・・はあ」

ははは、と笑う零とまたもやぽかんとするなまえの通った後には新しいマークが一つずつ増えていった









「ねーねー涯くん」
「何だよ」
「涯くん私が入ってる部活知ってる?」
「あー・・・料理部だっけ」
「じゃあ、私のバイト先知ってる?」
「えー・・・どっかのパン屋」
「じゃあ、私のケータイの機種知ってる?」
「Itsumo。機種までは知らない」
「私の好きなインディーズのバンドは?」
「何でオレが知るんだよ」
「私の好きなアロマフレグランスは?」
「あろ・・・?ちょ、ちょっと待てよ、なんなんださっきから」
「う〜ん・・・知らなさすぎるなあ・・・」
「知りすぎててもいやだろ」
「いや・・・だよね・・・」
「・・・なんだよ。今日何時にもましておかしいけど、なにかあったのか」
「・・・ううん。ううん、なんでもない」
「・・・あっそ」

「座れーHR始めるぞー」

担任の声でクラスは静まり返り、いつも通り連絡事項が淡々と述べられていく
なまえはそれには耳を貸さずに、自分の胸の内に広がる違和感にじっと向き合っていた
当然、生活委員に対する連絡や情報も右から左、というよりは右にさえ入ってこなかった
HRが終わったことを涯に揺さぶられて知ると、涯のあきれた顔に苦笑いで返す

「おまえ最近変」
「そうね。そうだね。いやそんなことないよ」
「・・・
それより、今日の放課後全校の生活委員また召集かかってたぜ」
「えっっまじ!なんで!」
「落書き魔」
「・・・」
「なんだよその妖怪みたいな顔」
「失礼な!ていうかもうなんか落書き魔が出てから調子狂うな〜軽く禁断症状出そう」
「ただ見回りしてるだけだろ」
「まあそれはそうだけども!だけれども!」
「ていうかもはやおまえ等が落書きしてんじゃねーの」
「ははは!まさかそんな

・・・」
「・・・」
「・・・」

顔を青くして固まるなまえと軽く言った言葉へのなまえの反応に内心焦る涯
一向に正気に戻らないなまえの顔からはどんどん血の気が引いていき、涯が思わず声をかけようとしたとき、
いつかのようになまえの肩を誰かが叩いた

「みょうじさーん、おはよう」










――――――――――

そんなつもりは無かった…
BGM「甘いワナ〜Paint it,black〜」宇多田ヒカル



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