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不知火





「昔、『待不知火』って話を読んでさ」
「『しらぬいにまつ』…?」
「うん。悲しい話なんだけどさ」
「ちょっと待ってくれよ、『しらぬい』って何だ?」
「凌統って以外に物知らねーな〜不知火ってのはあ〜」

お前に言われたくねえっての!と思いつつ聞いてみれば不知火とは遠くの漁船の漁火が複雑に屈折して見える蜃気楼の一種らしい
言葉にすると難しいが、海辺に見える不思議な光のことを指すんだとか
そしてなまえが昔読んだ話というのは、



******

昔、海の近くに仲の良い夫婦が2人で住んでいたが、
男が仕事で異国へ渡らなければならぬ
それには船で海を渡るしかないのだが
当時は荒い波に船が耐え切れず度々死者が出て
全員で再び地を踏むことが少なかった
女は当然男を止めるが男は誇りを持ってその仕事を全うしようとした
男と分かたれた女は悲しみに暮れて病に倒れ床に伏せり、見る影もなくやつれていったが
毎日、日が沈むころ外へ出ては海の彼方を見つめ、
男を乗せた船が帰るのを待ったのだった
しかしその船は現れず、静かで何もない水面の向こうから月が昇るのを眺めるだけの日々が続いた

とうとう体力も限界が見え始めたある夏の日、いつものように女が海を見つめていると
眼前にぼうっと灯が浮かんでいる
女は男の船が帰ってきたと喜びいさみ、今までの病状が嘘のようにそちらへ駆け出した
しかし一向に灯は近付かない
灯へ手を伸ばし、躊躇なく海を進んで行く女の姿はやがて暗い海の中へと消えていった

そのだいぶ後、仕事を終えて無事に帰ってきた男は、
浜辺に打ち上げられた女の帯を拾いあげ、涙が枯れるまで泣き明かしたという

******



って感じの悲しい話
こいつが悲しい話を、そもそも昔の文献なんて読むのか、なんて思いながらふーん、と相槌を打った
女も連れていきゃ良かったのに、とも思うがそれを許さぬ制度があったか、
または男は女には安全な家で待っていて欲しかったのだろう
感想は置いといて、頬杖をついたまま俺は、
未だに包帯を巻いた身体で寝台から起き上がって話をするなまえを見る

「で」
「あ?」
「その話がどーしたの」
「どーしたのって…だからあ…」

話しづらいのか、歯切れ悪く口ごもるなまえ
こいつが意味分からないのは今に始まったことじゃないので特に反応もせず、だから、なに?と促してやる

「だから、凌統はどう思った?」
「それって感想ってことかい?」
「うん」
「女も連れてけ、って思ったけど」
「はあ〜?もーお前ってほんとドライ!趣に欠ける!無粋!」
「じゃあなまえはどうなんだよ」
「お、俺?俺はだからあ〜」

言いたいのか言いたくないのか、はっきりしないなまえにはあ、とため息をつきつつ、気長に待つことにした
こいつは好きにさせとくのが効果的だと長い付き合いから学んだのだった

「なんかさ〜女が悲しくて病気になっちゃったじゃん」
「ああ」
「俺その気持ちわかる」
「はあっ?」
「えっなに」
「それは何、お前もそんな繊細ってわけ?安心しなよ、拾い食いしてもケロッと
してんだから病床なんてお前には無縁だっつの」
「なってめーなあ…!」

ぷぷ、と一度漏らすとその後も耐え切れずにだいぶ笑ってしまった
腕白、ってのが似合うなまえは昔から師の言葉よりも鍛練、花見よりも武闘祭って感じで
見た目、線は細いが中身はちょっと緩んだ甘寧という感じ
そのなまえが悲劇のヒロインに感情移入したなんて言うから笑ってしまった俺に罪はないんじゃないかと思う

けど、俺の手をぱしぱし叩いて、だって、だってさ、と何かを訴えてくるなまえの
顔はちょっと泣きそうで、
俺は少しびっくりして笑うのをやめて、なに?と聞いてやった

「俺だって待ってたんだ」
「…何を」
「皆が、遠征から帰って来るの」
「…」
「い、いつもは目の前の人を倒したり、言われた通りに動くのに夢中でわかんなかったけど
城で待たされて俺すっげー辛かったよ
寝ても覚めても
皆が死んじゃったらどうしようとか…
凌統が怪我してたらどうしようとか」

言ううちに涙ぐんでいくなまえ
先の戦で大怪我負ったのはお前の方だろってのに

ぐいぐいと乱暴に頭を撫でると下を向いてぐし、と目をこすった

「なに、俺らが死ぬかもって?」
「だって」
「馬鹿だねえ、そう簡単に死ぬかっつの」
「だって孫策様たまに背中ガラ空きだし」
「まあそれは否めない」
「孫権様は正直その…アレだし…」
「その先は言うなよ」
「甘寧は絶対防御力サバ読んでるし」
「俺もそう思う」
「陸遜とお前の武器はなんかオモチャみたいだし」
「オモチャじゃないって直接教えてやろうか」

ニヤリと笑うとごめんなさいと即答するなまえ
ほんとに心配してたのかねこいつは
でもまあ嬉しくなくはなかった
こんなんでもこの城で一番長い付き合いの一応大事な奴だから

「安心しな、俺はお前も連れてってやるよ」
「え…」
「なまえも、その女みたく馬鹿な勘違いして入水しかねないからねえ」
「マジかよ。俺そこまで純粋な馬鹿なの」
「だから連れてってやるんじゃん。今日その話し俺にしといて良かったんじゃない」
「うん、じゃあちゃんと連れてってね」
「じゃあ早く身体治しなさい」
「いでっ」

グーをなまえの頭に振り下ろせば変な声を出してはあい、と返事をした
それからいつものへらへらした顔で俺を見上げた

「じゃあ凌統結婚しようぜ!」
「………はあ?」
「だってそうしないとダメじゃん」
「………どこをどうしたらそうなるんだい?」
「どこをどうしたらっていうよりはむしろそのままというか」
「………さすがにさっぱり意味が分からないんだけど」

さしずめ昔話の“仲の良い夫婦”ってことなんだろうけど
やっぱりなまえは馬鹿だった

なまえが大怪我して倒れたって聞いたとき俺がどんだけ焦ったか知らないんだろうな
なまえが動けなくなってからというもの、俺は時間さえあればここへ来て、
傷のせいで熱が出た日なんかは付きっきりで看病して

その辺の夫婦より仲良しなんじゃないのかね、とも思うけど言わない
なまえが身体治して蓬莱葱根食べられるようになったら結婚でもなんでもしてやろうかね、
と言うとなまえはじゃあダメだと言ってつまらなさそうに布団に倒れこんだ
ちょっとイラッと来たけど、次の日蓬莱葱根を飲茶片手に頑張って食べてるのを見かけて思わず笑ってしまった

仕方ない、娶ってやりますかね






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