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白服せんせい







「うわあんごめんなさいごめんなさい」
「ええいそこへ直らんかみょうじー!」
「やだやだだって鷲巣様叩くもん!」
「叩かん!叩かんからそこへ座れい!」
「ほら、みょうじ!早く座れ!」
「いやだ岡本さあん怖いよう〜」

嫌だ嫌だと手足をバタバタさせてみるも、鷲巣の屋敷に仕える白服数人に抱えられながら鷲巣の前に正座させられたのは同じように白い正装に身を包むみょうじなまえ
今にも泣き出しそうに顔を歪めながら恐る恐る鷲巣を見上げてう〜だのあ〜だのと唸っている
鷲巣はなまえの前に仁王立ち、悪魔と見紛うような笑みを浮かべてなまえをほぼ垂直真上から見下ろす

「貴様には門限を科したのを忘れたかばか者!キキキ」
「だってだって」
「言い訳は聞いとらん!カカッ」
「どちらかと言うと俺が悪いんじゃないんです〜」
「なんだ言ってみよ」

結局話聞いてあげるのか、と生暖かく見守る岡本達の前でなまえは自分の腕時計を指差した
茶色い革ベルトの、アンティーク調の文字盤の中々洒落た腕時計は鷲巣がなまえの彼女いない歴19年記念に贈ったものである

「時計…」
「壊れたのか?」
「の時間合わすのを忘れてて」
「貴様の自業自得だろうがああぁぁ!」
「いたたたたいたいいたい!!!鷲巣様叩かないって言ったのに!」

鷲巣の杖の先っぽについた小鳥がバシニバシニとなまえを叩く(いつもは地面につく方で叩かれるため今日は優しいらしい)
手をブンブン振って自分をつつく小鳥から逃げようとするも、なまえの膝の上にはいつの間にか硬くて重いブロックが乗っており身動きもとれない

こうしてなまえをいじめている時の鷲巣はいつにも増して若返ったかのように元気に満ち、皺の目立つ瞼の下の瞳にも恐ろしい程の輝きが宿る
特になまえが半泣きの時には(たいていの場合半泣きなのだが)最後どうやってとどめをさそうかと上機嫌なのが手にとるようにわかるという

「いたいよ〜重いよ〜」
「どうだ、反省したか!?ククク!」
「反省しました、ごめんなさい、もうしません」
「みょうじの今日の夕食のデザート抜ぅきっ!!」
「うわああん!!」

「なあ、何でなまえだけ門限ついてるんだ?」
「そりゃお前、…鷲巣様がなまえをいじめたいがためだろう…」
「やっぱりか…」


「岡本!シェフに伝えよ、今日のデザートはブリオじゃ!」
「は、ブリオッシュ、ですか…」

意気揚々と声高に告げる鷲巣からそっと視線をなまえにずらす岡本の目には
マジ泣き5秒前のなまえが絶望の表情で正座している情けない姿が映る
ブリオッシュはなまえの大好きなデザートメニューの一つなのだ(通称ブリオさん)

「ぶ…ブリオさんっ…!」
「どうじゃ、悲しいか?嫌じゃろ?」
「うわああん!ブリオさぁん!食べたいよォ〜うおおぉん」
「キキキ、楽しみじゃな、ブリオ!」
「あ"あ"あ"あ"ーん!」

本格的に泣き(わめき)出すなまえに岡本はまたか…と困った顔をするのだった
鷲巣は変わらず満面の笑みでなまえを見下ろしている
時折杖の先でツンツンとなまえをつつくが、なまえは両手を目に当ていわゆる子供の大泣きのポーズでわんわん号泣していてそれどころではない
それを存分に楽しんでから鷲巣はちょっとかがんでなまえと目を合わせる

「そんなにブリオが好きか?」
「ブリオさん大好きいいい!おおおん!」
「ククク、じゃあ裏庭の雑草を一時間で綺麗にしたらデザート抜きを考え直してやろう」
「え…」

ぴた、と泣くのをやめて目を真ん丸に開くなまえに鷲巣の後ろから見ていた岡本は呆れてため息をついた








「ああ!なまえ!それは雑草じゃない!」
「え!嘘、だってなんか平凡な草っぽいですよ?」
「馬鹿!それはモントブレチアという鷲巣様お気に入りのハーブの一種だ!」
「えっあっどどどどどうしよう〜!!!」
「し、仕方ない…!埋めろ!もとあったように…!」

裏庭でなにやら作業に没頭するなまえと岡本
あれから裏庭にすっ飛んでいったなまえに付き添って二人で雑草を処理しているのだった
ご褒美の為に雑用をやるなど子供の頃以来ではあるのだが
如何せんなまえの効率が悪いのだ
雑草ではない草花を摘んだり、しゃがんだ足が芽を踏んでいたり…
かれこれ4〜50分が経ち日も傾いてはいたがようやく裏庭の半分が綺麗になったというところであった

「なまえ、そこの雑草で一杯になった袋、あっちに持っていってくれ」
「わかりましたっ」

よいしょっ、と声をあげてその大きな袋を持ち上げるなまえ
が、その途端なまえが持ったところから袋が瞬く間に破れ、雑草は再び地面に広がってしまった

「ああああ!!!」
「………」
「ううう…わざとじゃないんです…ちゃんと全部拾いますから…」

そう弱弱しい声で告げるとまたしゃがんでせっせと雑草を拾い集めるなまえ
着替えた作業着はなぜか全身泥まみれで顔にまで泥をつける始末である
だがその一生懸命な横顔を見て岡本は苦笑を漏らした
と、同時に、ここに鷲巣がいたならば大声で盛大にののしった後、雑草を四方八方に蹴散らしてカカカカカカと高笑いするんだろうな、と岡本は今日何度目か分からないため息をついた



かくして、その日の夕食――――

「本日のデザート、ブリオッシュでございます」

鷲巣の前にコト、とブリオッシュの乗った綺麗な皿が置かれる
同席が許されている岡本や鈴木などの常任の白服の前にも同じようにブリオッシュが置かれたが
なまえの前にはその皿はやってこなかった

「……………」

泣きそうな顔でフォークをくわえているなまえ
それを見て鷲巣は肩を震わせて笑っている
岡本はまたもやはあ…と頭を掻いた
みんながなまえのほうをちらちら見ながらフォークを持ち始めたとき
鷲巣が急にブリオッシュの皿を持った

「岡本」
「はっ」
「わしのブリオをやろう。今日はブリオの気分ではなくてな」
「はあ…」

ブリオの皿を岡本のほうへよこす鷲巣
その皿をしばらくぼうっと見つめ、小さく笑いを零すと岡本も自分の皿を持った

「…みょうじ」
「…はい」
「今日はよく頑張ったな」
「へ?」
「ほら」

そういって岡本はなまえの前に二つ、ブリオッシュの皿を並べた
なまえはそれをぽかんと見つめた後、ばっと顔を上げて岡本のほうを見た
急に目を輝かせて自分のほうを見つめるなまえに岡本は目線で鷲巣をさした
なまえがそちらをみたときはすでに鷲巣はすました顔で紅茶をすすっていたがなまえは最高の笑顔を浮かべた

「鷲巣さま!岡本さん!ありがとうございます!
鷲巣様も岡本さんもブリオさんも大好き!!いただきまーすっ!!」

おいしいおいしいと泣きながらブリオッシュを頬張るなまえにみな一様に微笑みながら和やかな食後のひと時を過ごしたのだった




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