Novels | ナノ

Enchanted angler








「よお、ここ…入れてくれねえか」

なまえは来たな、と思った
どこにでもある場末のフリー雀荘
日はすっかり落ちてこれから煙草の煙と雀士で賑わおうかという宵時分
この派手なガラシャツの中年の男は煙草の煙をくゆらせながらなまえの卓の前に立った

なまえ行きつけのこの雀荘で最近よく見掛けるこの男の噂でこの雀荘はもちきりであった
そして魔法の様な和了を重ね、鬼の様に無敵だという

その男が今、なまえ達が4人目を待っていた卓を埋めた
自然、卓は一瞬静まり返った
そしてなまえの左隣の体格のよい男が笑った

「来たか!いいぜ、入ってくれ」
「どーも」
「こりゃあ面白くなりそうだな、ななまえ!」
「…そうですね」
「俺達はあんたを待ってたと言っても過言じゃねえや、話は聞いたよ、あんた偉い強いらしいね!」
「フフ…どうかな」

男はなまえの対面に座ると、煙草をふかしながらまくし立てる男に視線だけ向けて笑った
表には出さぬもののなまえももちろんこの男を心のどこかで待っていた
この雀荘の一人残らずそろって驚きの言葉を口にするその男
そんな雀士の闘牌を端から見るのではなく同じ卓で肌で感じることができるなんて、と

見る限りでは普通の男
食えぬ表情を浮かべているが時折同じ卓の男の話に声を上げて笑ったり、
フリードリンクを運んできたウェイトレスにわりいな、と軽く手を上げてみたりと“そういう稼業”のような鋭さは感じられない
そうこうするうち場はルール確認や洗牌が始まり盛り上がり始めた
そして配牌がなされ、なまえが自分の手を理牌し終わって顔をあげたとき、例の男と目が合った

「…(にこ)」
「…!」

男はニッ…と笑みを浮かべた
まただ、となまえは思った
何が面白いのか、男はさっきから目が合う度に笑い掛けて来る
これでは神懸かりの闘牌を拝むどころではない
気まずいことこの上ないが都合の悪いことに男はなまえの対面
なまえはす…と手牌に目を落としてなるべく俯くことにした

いつものように世間話に適当な相槌を打ちながら牌を切る
対面の男の手つきはまるで牌が体の一部であるかのようになめらかで、
切られた牌と雀卓の立てる音は騒がしい雀荘の中にあっても心地よい
いつイカサマがあってもなまえたちにはわからないだろう
整然とそろった捨て牌からはいろんな匂いがするようで、なんの手がかりもない
この男の噂を聞いて身構えていた分、なまえは今や対面の男の一挙手一投足に杞憂を重ねていた

しかしながら場は大きな動きもなく、着々と進んでいく
誰があがるわけでもなく、役満が揃うわけでもなく、なまえも点棒を取ったり払ったりしながらそれでも男への注意は切らさなかった
ちょうど日付がかわっただろうか、一時の賑わいを通り越して人数の割りに落ち着いた空気が流れ始めた
そのときだった

「ロン」
「え…」
「三暗刻――リーチ一発で…12000」
「早…」

じゃら…と音を立てて倒れた、解かれたパズルのようにそろった牌をなまえは一瞬ぽかんと見つめた
誰もが今後の展開を組み立てている4〜5巡の間に点棒をさらっていく男の表情は見透かしたような笑み
それは最初のウェイトレスに向けたような軽い笑みではなく、なまえが見たこともないようなギラリと光る強い笑みだった

「へえ…!速攻ってわけか!」
「まあ…たまたまな」
「なまえ振り込んじまったな、ハハ!」
「っ、たまたまです!たまたま!」

なまえは内心冷や汗をかいた
なぜなら男がリー棒を放る一巡前、男が切った牌はたった今ツモったばかりの牌
つまりなまえが男のロン牌を出す一巡前にすでにテンパっていたが動かずにツモ切り、ということである

「…(たまたまだ…!)」
「…(にこ)」

自分に言い聞かせるように心のうちで呟くなまえの強がりは男の笑みで一蹴された




「ロン…メンゼン、七対子、満貫か」
「なっ…あ、あと一牌だったのに…!」
「ホウテイな。あるある、元気出せなまえ!」
「(なにそれ!わざと!?)」
「(にこ)」

「ロンだ。西ドラ3」
「ハネ満か…やられたな」
「またなまえがフリコミか、割れんなよ?」
「わかってますよ!(またリーチずらして俺から一発とってった…)」

それにしても男の闘牌は見事、としか良い様がなかった
下手に捨て牌を読めば隠し持った単騎の刃にロン牌を奪われ、
手作りに集中すればヨミをかわして捨てたはずの牌をさらわれる
ヤマ、手牌、ツモ…全てを支配しているかのような牌回しは一種の芸術のように思えた
…自分がその当て馬にさえならなければ。

「(なんという惨敗…!!)」
「なまえ割れる寸前じゃねーか!」
「いや、こりゃ相手が悪かった!俺たちは見てて楽しかったけどよ」
「でしょうね!俺だって端から見てたかったですよ!」
「クク…それじゃあ面白くねーだろ?」
「(箱割れも面白くねーよ!!)」
「ハハ!完敗だ…あんた名前は?」
「赤木…」
「え…」

「赤木しげる」

そういって煙草をくわえなおし、店の出口へと向かう男の白い背中を
なまえは弾かれたように立ち上がって追いかけた







「ちょ、ちょっと待って!」
「…おー、さっきの」
「待ってくれよ!あんた…アカギ、って…ほんとに?ほんとの?」
「クク…物知りだな少年」
「嘘…」

途中から振り込まないことにムキになって打っていたなまえは本来の感想を忘れていた
伝説の雀士、赤木しげるという男の話をなまえは知っていた
誰もその器を計りえぬ底なしの沼のように深く、かつ透明な水のように無欲で純度の高い雀士の話を。
思えば男は赤木にぴったり重なる
なまえは言い知れぬ感動と疑問で混乱しながら、こちらに向き直り再びにこ、と笑う男に詰め寄った

「赤木…しげる?」
「うん」
「ほん、もの?」
「おお」
「わ…すげ…」
「?」
「な、なんでこんなしょぼい雀荘に…」
「さあな」
「おわああ」

芸能人に出くわしたファンよろしく、目を輝かせた後きょろきょろと辺りを見回した
赤木は意味がわからず首を傾げるが、ひとしきりあたりを確認して落ち着いたなまえが
あ、と赤木を眉間にしわを寄せて見る

「ん?」
「えーと、赤木、さん?」
「うん」
「俺になんか恨みでもあるんですか!」
「は…?」
「は、じゃないですよ!赤木さんの点棒ほとんど俺からとってったやつじゃないすか!!」
「あー…あ〜」

思い出したように暗い空にネオンの輝く斜め上を見上げてゆるく笑う赤木
ハハハ、と笑うその表情は最初の軽い笑みに戻っていた

「あんな手の込んだやり方する人初めてですよ」
「わるいわるい、でも楽しかったろ」
「こんな目にあうのが自分じゃなきゃあ楽しかったかもしれませんね」
「ハハハ!悪かったって」

ふらりと笑いながら歩き出す赤木
おいていかれた煙草の煙が細く揺れて消える
その向こうから赤木が振り返った

「こうすりゃあお前が、俺に興味もってくれるかなと思ってよ」
「は…」
「なあ、どっかで一杯やってこうぜ」
「はあ…」
「お前が俺の名前知ってるとはな。あんまり雀荘通いすぎんなよ」
「はあ…」
「なんだよ、さっきまでの元気はどうした」
「はあ…」
「さー、飲むぜなまえー」
「はあ…」

完全に赤木のペースに乗せられたなまえの肩をガシ、と組んで深夜の繁華街へと消えていく赤木の後姿は
勝負の卓の鋭い博徒の赤木とは別人のように楽しげだったとか。





――――

やり方が子供っぽかったらかわいいなという話。



Back
Top

-
- ナノ -