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カインドネス








「…まずい…」

朝、起きると同時に森田を襲う激しい頭痛
やっとの思いで起き上がると途端に視界が揺れてベッドが揺れたのか自分がぐらついたのかわからなくなる
関節の痛みどころの話ではなかったがそれはベッドに再び倒れこむとじわじわと森田を苦しめた

最早自分の身体になにが起きてるのかわからなくなる
喉がカラカラに渇いていたがそれどころでは無かった

「し、ごと…」

それでもどうにかベッドから這い出るがいかんせん関節が言うことを聞かない
完全にやられてしまっているようである
これでは家で休養するにしろ仕事に加わるにしろ銀二達に迷惑がかかる…
そう考えると森田は携帯を取り出してメールを打った

いつもと同じ起床時間
この時間帯に連絡を取ったことは無いがメールならば今携帯に出れなくとも大丈夫だろうと送信ボタンを押す

携帯をごろ…と放ってとにもかくにもとりあえずベッドに戻る
作業が終わってしまうと身体全体が痛んでいるのを嫌でも意識してしまう
早いところ返信が帰ってくることを祈る思いで布団の中で目を瞑る

床に放っておいた携帯が震える
手を伸ばして携帯を開けば新着メールの表示
へへ…さすが銀さん、仕事が早いぜ…などとよくわからない笑いを浮かべてメールを開く



《お前も案外ヤワだな笑
まあここんところスケジュール詰まってたからな

これからはしばらく大きいヤマはない、今のうちに休んどけ
さっさと直しちまえよ》



「銀さん…うっ」

大の男といえど体力ゲージが赤くなっている瀕死状態の今、
丁寧なメール一つで涙ぐんでしまうのだ
現に今日の森田はちょっとおかしい

軽く返信してから携帯をまた放る
それからまたひたすらどうにもならない痛みと向き合う
腹に何か入れないと、とか、水分が…とか氷枕が…とか考えつつも
この状況では動くに動けず、ただ目を瞑っているうちにまた森田は眠ってしまった







ガサガサ…
カチャ…
ガツニ!
「あだっ!っつ〜…」


なにやら物音がする
人の声もする
起きてるような寝てるような、聞こえているような聞いていないような、
まどろんだ意識の中、誰かいるのか…となんとなく思うが、カチャ…と静かに開いた部屋のドアに森田の意識はだんだん覚めて来る
黒いパーカーを来たその人物は森田の寝ているベッドにそーっと近付いてくる

「なまえ…?」

夢だろうか?やけにはっきりしているが…

「あ…ご、ごめん…起こしちった」

そう言ってバツの悪そうな顔をするのは森田の同僚のなまえだった
だんだんクリアになる意識に夢じゃないことはわかったが、その途端森田はバッと起き上がる

「わっ」
「!っ、いたたたた…あ"〜」
「な、なに、どうしたんだよ」
「ど、どうしたもこうも…!」

ベッドにまた戻っていく森田に驚いた顔のなまえ
いや、驚きたいのはオレなんだが、と森田は額に手の甲をおく
その時ふと額がスースーすることに気付いた

「?」

額に手を当ててみる森田になまえが森田の手をどかして額に新しい濡れタオルをおいた

「いきなり飛び起きてタオル吹っ飛ばしてどうした」
「いや…何でお前…」
「え?何でって…んと、看病?」
「…(ぽかん)」
「あれ、銀さんから聞いてねーの?」
「銀さんから…?」

森田は慌てて転がしっ放しの携帯を開いた
新着メールの表示はないので先ほど銀二から来たメールを読み返す
と、スクロールしていくと覚えのない追伸があった


《何かと不便だろうから、なまえを派遣してやる
俺からの見舞いだと思え笑》


「…」
「…あのな、俺だって好きで来たんじゃねーからな!銀さんが行けっていうからっ」
「…あっそ…」

なまえのいつもの軽口に返す元気もなく森田は口角だけで苦笑いした

―――


なまえは俺よりちょっと年下で、俺と同じように銀さん達と一緒に仕事をしている同僚である
実動的な仕事の多い俺とは違い、先端工学の技術と知識を買われた諜報員と言ったところらしい
ハッキングがどうのやらプログラムがどうのやら、巽さんと2人で話しているのをよく見掛ける
俺にはサッパリだが、そんな話に銀さんはス…と入っていける
やっぱり銀さんはすごい
それはなまえも思っているようで、銀さんにはとても懐いている
もともと年上に可愛がられる質なのか、
中年層のチームメイトとも仲良くやっているが銀さんとは愛犬と飼い主よろしく仲睦まじい
が、俺が銀さんに目をかけてもらってるからか俺が中年層じゃないからかは定か
ではないが
俺に対しては一言さっきのような軽口を叩かないとまともに会話をしてくれない
もう最近では気にならないが、たまには銀さんによくやるあのちょっとアホっぽい満面の笑みを見てみたい気もする

ぐるぐると頭の中で考え込んでいるうちに部屋のドアがガチャと開いてなまえが入ってきた

「森田、水、飲める」
「あぁ、悪いな…」
「ん、いいよ別に…
あ、後で倍返しだからな!」

あまり痛いような素振りを出さずに起き上がって水の入ったコップを受け取る
なまえは俺がコップから口を離すのを待っていつもより小さい声でなにやら呟きだした

「ん?」
「や、あの…それでさ、森田、飯食える」
「あー…そういや朝から何も食ってないや…」
「じ、じゃあ…お粥、あるけど、食べる」
「え…」

俺は結構ストレートに驚いた声を出してしまった
あのなまえが料理した?
基本コンビニ食で機械好き過ぎてキッチンに埃がたまるあのなまえが?
黙っていた俺にだんだん赤くなって眉間に皺が寄っていくなまえの顔
それがどういう顔かはわからないがとりあえずまずいと思ってありがとう、食う食うとうなずいた
よくよく考えれば今の時代インスタントの粥なんていくらでもあるじゃないかと
半ばホッとした俺の前に出されたのは金色の胡麻がパラパラとかかり、
米以外の具材が白米の間からちらほら覗くお手製の粥だった

「…」
「…え、ちょっ…上手く出来たと思ったんだけど…」
「…いや、うん。すげー」

いただきます、と添えてあった蓮華を手に取り口に運ぶと今までのなまえのイメージを壊すような良い香りと絶妙な味
うまい、と零すとなまえはちょっと下を向いて笑った

「いや、まじで旨いよ
お前料理全然しなくなかったか?」
「ググったの、素人でも上手くできるレシピ」
「ハハ、お得意の…
あ、そういやここ鍵かかってんのにどうやって入ったんだ?」
「あ…あの、これ…悪い」

そう言ってポケットから曲がったりピンと伸びたりしている針金を取り出して見せるなまえ
ほとほと、こいつの変わった特技にはもはや拍手を送るしかないようだ
俺はため息をどうにか堪えて近くの引き出しのからスペアキーを取り出してなまえの方へ放った

「?」
「それ、スペアキー
一応人目のあるとこで犯罪まがいなことして面倒起こすなよ」

ぽかんとして俺を見るなまえにそう言うと、なまえは一瞬笑顔になったあとすぐ真顔で赤くなった
その一連の変化の意味がさっぱりわからない俺が今度はぽかんとしてしまった

「あ、ありがと…」
「ああ」
「でもこれ…合鍵…」
「ぶっ!」

そういう言い方をされて気付いた
というよりむしろそういう言い方をして赤くなるなまえに吹き出してしまった

「ス、ペ、ア、キ、ー!何自分で言って赤くなってんの!?」
「ば、バカっ違えよ!そういうんじゃなくて…!」
「じゃあなんだよ、お前耳まで赤いぞ」
「う…」

口ごもって俯くなまえが面白くて笑いを零しているとなまえがチラッとこちらを見る

「でも何日も何日も看病に来る訳じゃねーし…」
「あ…そっか。
じゃあまあ気が向いた時に来ればいいさ」
「え…いいの…?」
「?ああ」

なまえのことだから来るかバカ!とか言って鍵を投げるかと思いきやなんだか可愛いことを言ってくる
なんだか冷静になると会話がおかしいな
俺がなまえに来いって言ってるみたいで…
まあいいか、なまえは知らんが俺はなまえが好きだし
ああ、俺ってなまえが好きなのか

「…」
「…」
「…」
「…」

何も会話のない、物音がよく響く沈黙
俺ももちろん気まずいというか落ち着かないが、それはなまえも同じらしい
あからさまにそわそわして目線もキョロキョロと落ち着かない
こいつは前から思ってたが裏社会に向かないな、ほんと
パソコンやら何やらの画面の向こうのターゲットは厄介な技術者が実はこんなガキだとは夢にも思わないだろう
そんなガキがついに痺れを切らして立ち上がった

「俺、新しいタオル絞ってくるから」
「…いや、いい。まだ冷たい」
「…じゃあ飲み物持ってくるから」
「いいよ。…なまえ、そこにいろよ」

ちょっと幼稚な意地悪をすればなまえは困った顔になる
それに気をよくしてもう一度なまえ、と名前を呼べばなまえはいよいよ顔をくしゃっと歪めて元の位置に座った

「あ"ーも〜!ほんっとに仕方ねーな!これだから病気森田の世話なんて…!」
「はいはい…」
「大体がなんだそれ!?いつも腹立つほど男らしいです俺、みたいな感じなのに風邪!?なめんな!」
「そりゃ悪かったな…」

いつもの5割増しで軽口を叩くなまえにどういう訳か笑いが込み上げる
今日の俺はおかしいみたいだ、きっと風邪のせいだな
そう勝手に思い込むとちょっと大胆になって、腕を伸ばしてなまえの頭をぽんぽんと撫でてやった
いきなりなまえは黙り込んで、座ったままベッドに組んだ腕を乗せて突っ伏してしまった
隙間から見えた耳が赤くてまた笑ってしまった
なんだか、依然として身体中の痛みやらだるさやらはうっとうしいが
ちょっと甘い汁を吸えたならまあいいかと思った







「ま、回復したなら良かったよ」
「はい、心配かけてすいません」
「ハハ、いや。
それより俺の見舞いはどうだった」
「…どう、って」
「仲良しになったか?クク…お前らは仲良いんだか悪いんだか、はっきりしねえからな」
「(遊ばれている!?)どうもしませんよ!まあ助かりましたけど」
「ふーん。つまんねえの」
「…今つまんねえって…」
「お、よおなまえ」
「あっ銀さーん!えへへ
あ、森田いたの。まだ病床かと思ってた!ハハハ!」
「(…俺にももうよくわかんねーよ!!)」

「あのね、髪降ろした森田もかっこよかった…」
「へえ?そりゃ良かったな(俺も今度降ろしてみようかな)」



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