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Viridian Star





ふと、なまえが中庭に目をやると、真中に数本まとめて立っている綺麗な若草色の笹の隙間から
色とりどりに短冊が揺らめくのが見えた

「(あ…今日は七夕かぁ…)」

蜀の城で雑務をこなす使いとして仕官しているなまえは、今日も大量の竹簡を抱えて渡り廊下を小走りしている途中だった
前が見えるか見えないかの竹簡を抱えたまま、ゆるい風にさらさらと揺れる笹と願い達をぼーっと見ていると横から声をかけられた

「お前さんは願い掛けしないのかい?」
「わっ、ほ、ホウ統様!!?わわ、っ…」
「おっと、大丈夫かい?」
…―フワッ―…

なまえは驚いてバランスを崩し、思わず竹簡を地面にばらまきそうになったところをホウ統の杖(の魔法)のおかげで助かった
ホウ統はなんでもないような様子で当然の様に眩しい閃光を散らして魔法を使って見せるがなまえはまだそれに慣れられないのだった
なまえはまた今回も驚きを隠せずまた目をぱちぱち瞬いた

「驚かせてすまなかったねぇ
そういえば、お前さんの仲良し方もさっき何やら紙を前に唸っていたようだよ」
「え…?」
「それじゃ、転ばないように気をつけなよ?」
「あ…はい…ありがとうございましたっ」

なまえの手を引っ張って立たせるとまた廊下をひょこひょこ歩いて行くホウ統の後ろ姿を見送って、
不思議なひとだぁと小さく呟いたあと、視線を中庭に戻した

「(俺の仲良し?関平殿?馬岱殿かな?
それとも―…

…あ。)」

たくさんの短冊が揺れる中、なまえの視線にとまった一枚の青い短冊
好奇心に駆られて大きな笹へ近寄り、竹簡を地面へ置いて笹の波の中へ手をそっと絡ませた
葉が指をくすぐる中、目的の青い短冊を裏返した

「なになに?えー…
“父上にもっと近付けますように”
関平殿らしーっ(笑)
“若がちゃんと仕事してくれますように”
ば…馬岱殿…(涙)」

人の短冊を眺めているうちに、だんだんと七夕の趣に心が弾んできたなまえ
空を見上げて見ると白く輝く雲が風に乗ってゆっくりと晴れた空を渡っている
こんな素敵な七夕に参加しないなんて無粋かな、と近くの小さな卓に置かれた短冊と筆に目をやったそのとき

「なまえー!!」
「(びくっ!!)ば、馬超様!こ、声デカイ…」
「こんにちはなまえ殿!」
「姜維様!趙雲様も」
「やあ、なまえも短冊をつるしに?」
「あ、いや…」
「なまえは何を願うのだ?」
「その…まだ決めてなくて、いろんな人のを見てました」

趙雲に馬超、姜維がなまえのもとへやってきた
この3人は宮仕えのなまえと年齢が近いのもあって、友達のように接してくれるのだった

「私達はもう書きましたよ」
「へぇー、内容をお伺いしても?」
「えぇ、私は【いつか丞相のようになれますように】」
「あはは、姜維様らしいですね
趙雲様はなんてお書きに?」
「私は…ありきたりだが、【蜀の皆が幸せにありますように】、と」
「わぁ…さすがです!
馬超様は?」
「お、俺は…その…」

他の2人と明らかに違い、視線を泳がせる馬超
普通に「俺は正義を貫く!!!」とか言うかと思っていたなまえは拍子抜けして不思議そうに馬超の顔を覗き込んでいる
なまえが覗き込むほどに馬超は首をひねってなまえから顔をそらしていく

「??馬超様?
あ、もしかして言えないような願いを…?」
「ち、違うぞ!断じてそのような…あ!!」
「えーっと“正義を貫く”

…普通じゃないですか」
「そ、それはそれでひどくないか…
というか返せ!」

ささ、と馬超の手から短冊を掠め取ると、馬超の特徴的な筆跡で書かれた願い事というよりかは抱負に近いソレを読み上げる
何故馬超が焦るのかわからず頭にハテナを浮かべるなまえと必死な馬超
馬超の手をすばしっこさでひらりと躱して、何気なくなまえが短冊を裏返したとき、馬超は青ざめた

「あれ…裏にもなんか…

………!」

目を丸くして頬を赤らめるなまえ
姜維と趙雲は目を合わせて苦笑した

「なまえ…そ、それはだな…っ」
「な、なんですかこれ…」

短冊の裏にこっそり書かれた馬超のもう一つの願いごと

“なまえともっと仲良くなれますように”

真っ赤になって黙り込むなまえと、同じく真っ赤になってしどろもどろな馬超
わたわたとどうしようもなく無意味に手を振ったりしている馬超を笑いながら2人が会話に入った

「なまえ…私達も白状しよう」
「実は、私達ももう一つ願いごとが…」
「へ…?」

趙雲と姜維ひらりと見せた短冊の裏にはそれぞれ

“なまえと楽しい時間をたくさんすごせますように”
“なまえ殿とずっと仲良くいられますように”

と、馬超と比べると2人とも流麗な筆致で書かれていた

「本当は見せないつもりだったんだが…」
「私達だけ見せないのは不公平ですからね」
「こんなこと、わざわざ書かなくたって…」

なまえは嬉しくて、顔を赤くしたまま俯いた
なまえは城から遠く離れた田舎から一人蜀の城に仕え始めた頃、右も左もわからずに失敗を繰り返していた
最初のうちは毎日叱られ怒鳴られ呆れられ…
つらい日々の連続ではあったがそんな時何かと気にかけて元気づけてくれのがこの3人だった
そんな大事な人達から同時にそんな言葉をかけられて、
嬉しさ半分恥ずかし半分で心臓が早鐘を打っている

「さ、なまえもともにつるそう」
「そ、そうだ!早く書いてしまえ!」
「そう急かさずとも…書くことは決まりました?」
「…ちょっと、あっち向いててください!」

といいつつ自分が3人に背を向けて、筆を走らせ始めた
小さい背中に苦笑している3人に、書き終えたのか、なまえが向き直った

「書けたか?」
「…い、一応」
「では、どこにつるそう?」
「一番下でいいです」
「相変わらず謙虚ですね」

なまえはもう一度短冊を読み直して少し背をかがめた
3人はさわやかに笑っているが、なまえの願いごとが気になって仕方ないのかそわそわしている様子
だが、なまえはかがんでつるしているのでなかなか読めない
すぐになまえは付け終わって立ち上がるとすぐさまもともと持っていた竹簡を抱えあげた

「じゃあ、俺、これ届ける途中なんで失礼しますっ」
「あ、なまえ…!」

羞恥からか、竹簡を抱え足早に去ってしまったなまえを見送ると、早速3人はなまえの短冊を覗き込んだ
笹の下のほうでゆらゆらと揺れている若草色の短冊をつまむと小さめの字を読んだ

“蜀にますますの発展と幸がありますように”

“趙雲様、馬超様、姜維様とともにいるに相応しい人になれますように”

「…素直にともに居たいと書けばいいものを」
「まぁ、そんなところもなまえらしいじゃないか」
「ふふっ、ですね」

3人は、去り際のなまえの後ろ姿の、耳が赤かったのを思い出して笑った














「おや…普通、願いごとは一つにしぼるものですよ…」

両面に願いが書かれた短冊が何枚も揺れて居る笹の前で苦笑する諸葛亮
しかし彼の手元で揺れる深緑色の短冊が風で翻ると裏面にも流れるような文字が綴ってあるのだった

“なまえの笑顔がこれからも絶えませんように”



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