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モ男子倶楽部、恋愛シミュレーション!












「うひゃああいたそ〜」
「大丈夫っスかみょうじさん…全く、気をつけねーと」
「くっ…いや、心配はいらな…ウッ!」
「ちらちらこっち見ながらやるなよ…なにを期待してんスか」

包帯を巻いた左手をわざとらしく右手でかばいながらガクッとリアクションをとるなまえに、矢木はため息混じりで1L紙パックのジャスミン茶のストローをくわえた

「お間抜けもたいがいにしとけよ」
「なっなんつー言い草だお前は…!!
フツー『先生大丈夫…!?じっとしてて!ご飯とかは私が食べさせてあげるから』とかそういう感じだろ!」
「俺らにやってほしいんスかソレ」
「すまん忘れてくれ」


はあ〜とため息をつくとなまえも机に伏して紙パックのコーヒー牛乳のストローを咥えた


「でも確かに怪我とか風邪って、イベントフラグだよねえ〜」
「だよな、やっぱそうだよな?」
「そんな恋愛ゲームの世界じゃあるまいし」
「矢木ってば夢がない!!そんなんじゃ真のモテ男になれないぞ!!」
「そんな謎のモテ男になりたくねースよ」
「じゃーわかった!来るべき時に備えて、シミュレーションしない?」
「「シミュレーション…?」」


辺ちゃんはうん!と満面の笑みで手を叩いて、いつものホワイトボードを取り出すと、

【今日の義題:シュチュエーション別シュミレーション!】

と書いた


「渡辺、議題の“議”」
「ありゃ、またやっちゃった」
「その上シュチュエーションもシュミレーションも『ュ』の位置違うわけだけどまあこの際それはおいといて、シチュエーション別って…さっきの、怪我とか風邪ってこと?」
「そう!せっかくなまえ先生も怪我してることだし「好事みたいに言うな」
いつチャンスがきても大丈夫なように準備しないと!」
「準備ったって…」


顔を見合わせる矢木となまえに辺ちゃんは人差し指を立てて例えば、とレクチャーを始めた


「前を歩いてたクラスメイトの女の子がハンカチを落としたらどうする?」
「は?そりゃー拾って渡すけど…」
「わかった!そんとき番号も聞けってことだな?
矢木とかがそんなことやってみろよ女の子怖がって泣くぞ!」
「ひどくないスか…」
「ちちち!甘いよ〜二人とも!正解はこう!

『あ、待って山田さん!
(パンパンとハンカチを払って)
はい、落としたよ(渡しながら)
その柄、かわいいね(ニコッ』

「ぜろろろーーーーーん!!!!」
「お前俺がそれできると思うのかよ!」
「女の子怖がって泣くぞ!!」
「また…!まあ先生はムカつくけど正論だわ!宇海だから許されんだろ!」
「わああん、違うよう〜
僕が言いたいのは、これをそのままやれってんじゃなくて、
自分にあったアプローチがあるってこと!」


泣き崩れるなまえと呆れ半分で野次を飛ばす矢木は静かになって辺ちゃんの方をみた
両手をぱたぱたとせわしなく動かしてだからあ〜と続ける


「零さんは爽やかだから、今の爽やかコースでいいの!」
「そらそうだ」
「でも先生は爽やかじゃないからやったらドン引きなの」
「うるせー!!!」
「まあまあ」
「矢木さんはワルめだから、そもそも拾ってあげるだけで好感度アップの美味しいポジションだと思うんだあ」
「「ああ〜………」」

妙に説得力のある分析にまた二人は顎に手を当てて顔を見合わせる

「ね!これさえわかればイベントにも対応できるでしょ?」
「なるほど。つまり風邪イベントに置き換えると、目の前に風邪を引いてる女の子がいたら、矢木は心配するそぶりを見せさえすればもうそのイベントは矢木の手中、と」
「いやさすがにそれは「そう!!!もう落としたようなもんだよ〜!!」
「うおおおおスゲー!!
矢木今から校内練り歩いて風邪引いてる子探してきなよ!」
「いやだから…現実的にだな…」
「僕らの希望の星だよっ!矢木さぁ〜んっ!」
「…」


キラキラした目で矢木を見て盛り上がる二人のモ男子に矢木は軽く頭痛を覚えた
盛り上がりもそこそこにじゃあ、となまえが普段のテンションに戻って辺ちゃんの方へ向きなおった


「俺や辺ちゃんはそのシチュエーションだとどうすればいいの?」
「うーん…まず僕らは前提として風邪ひいてる側だねっ!」
「だっさ!!」
「まあ…現に先生怪我してるしな」
「う…確かに…」
「だから、相手を気遣うというよりか、相手の気遣いの受け止め方じゃない??」
「気遣いの受け止め方…?」










「みょうじ先生」
「おー、涯!」

帰り道、なまえがやっとこさ片手で靴を履き終えて帰り道を歩いていると、後ろから中学生にしては低めの声がなまえを呼び止めた
すぐに振り返ったなまえの隣に並ぶ涯の身長があまり自分と変わらないことに内心少し驚きつつ、涯に笑いかけた

「涯も今帰りか、遅いな」
「今日、日直だったんで日誌出してました」
「あーなるほど」

ごくろーさま!といって笑うなまえの、包帯の巻かれた左手を涯はじっと見た

「??ん?」
「先生…手」
「あ…うん、あのね、裁断機で…」
「…大丈夫なんですか」
「おう!沢田先生はそんなに長引かないって」

ちょっと左手をヒラヒラさせてすぐ恥ずかしそうに引っ込め、苦笑するなまえに涯はふーんと浅く相槌をうった
赤かった空はだんだんと藍色に染まってきている

「なー涯、腹減らない?」
「え…はあ、まあ」
「じゃあなんか食べに行こうか、もう遅いことだし!」

にかっと笑って誘うなまえに、涯は断る理由もなく素直に頷いた









「先生、」
「ん?なに」
「…手、見せてください」
「手、て…え、こっち?」


なまえが包帯を巻いた左手を軽くあげると涯はこくりと頷いた
怪我を見たがる涯を不思議に思いながらも、「いいけど…」と言って包帯をほどいた


「なんも面白くないぞ?ほら」
「…また変なとこ切りましたね」
「え、どういうこと」
「血、いっぱい出たんじゃないですか」
「え!なんでわかんの!そう俺すげー怖かったよ、あんなに自分の血見たことないもん…」


またその光景を思い出したのか、眉を下げてしりすぼみに声が小さくなるなまえをよそに、涯はそっと傷の近くに触れた

「??っ…!」
「あ、すいません…!」
「あ、いやいいよ、別にそんな…」

珍しく慌てて手を引っ込める涯を見てなまえはハッとした


『先生…手、痛そう…』
『ハハ…なあにこれくらい…
うッ…!?』
『きゃっ…ごめんなさい!先生!』
『っ…ハハハなに、たいしたことないよ…綺麗な指に触れたもんだから驚いたのさ…』
『先生…///』


「…生…先生!」
「は…な、なに!」
「すみません、傷に障りましたか…?」
「あ、ううん!全然大丈夫」
「そうですか…」

ちょっとバツが悪そうに聞いてくる涯はいつもより中学生らしくてかわいいな、となまえがほおを緩める間にも回想は続く

『ギャハハ先生何それ〜!今時少女漫画でもそんなの無いよ〜!』
『えーそう〜?』
『…』
『む、無言でヒくなよ矢木…』

「さ、こんなんご飯の前に見るもんでもないよな!怖いし!」
「(怖い…?)」
「えーと…うん…んん?」
「…巻けますか?」
「うん、練習した…から…
…うーん………」

包帯片手にうなるなまえ
ただでさえ不器用なのに、左手が封印されてはどうにもならない
そのとき、なまえの右手から包帯がすり抜けた

「え?あ…」
「左手。出してください」
「あ、うん…できるの?」
「…多分」

なまえの左手に目を落として答える涯
以外と大きくて無骨な涯の手に大人しく任せていると、意外にも程よく締まって巻かれて行く白い帯

「おお、すげー」

「…先生って、意外と不器用?」
『全く…先生って意外と不器用なのね』

「な、なんだとー!?」

「…まあ先生らしいっちゃらしい、ですけど…」
『…でも、そんな先生も好き、かな…///』

「…」

「…沢田先生みたいにはできないんで、あんまり動かさないでくださいね」
「………」
「…先生…?」

包帯の端を処理し、涯がようやく顔をあげると、なまえは左手を見たままうつむいている

「涯…」
「?はい」
「あの…ありがと…」
「え…っ」

綺麗に包帯の巻かれた左手を右手で包み、何故か恥ずかしげにこちらを伺い見るなまえに、涯はわけもわからずもらい赤面した

「(一体何が…)」
「(あーーー俺のバカ!!『まったくお前は…ありがとうな(爽やかな笑顔と右手で頭ポンポン)』が正解だったのに!!なんかすげー恥ずかしくなっちゃったよ!!??)」
「「(…この空気…いったいどうすれば…)」」







「美味い!あー腹減った時のご飯て最高に美味いな!うんうん…あー食べづらいなんでお膳にしたんだろ俺」
「………」

さっきの空気はどこへやら、料理がくるなり涯の向かいでニコニコと上機嫌に茄子と鶏肉のみぞれ煮に舌鼓をうちつつ、時折後悔を挟むなまえ
涯はそんななまえを見て小さくため息をついた

ーーーーーー

『涯どこがいいー?』
『俺はどこでも』
『え、いいよ遠慮すんなよ、涯の好きなとこ行こうぜ』
『(右手だけっていったら洋食の方がいいのか…)じゃあそこのファミレスがいいです』
『そんなんでいいのか?じゃいくかー!』

ーーーーーー


「(で、頼んだのがお膳、と…)」
「素直にパスタとかにすれば良かったけど茄子美味くて気にならないぜ」
「それは良かったです…」

心の中では突っ込みながらも決して顔には出さず、熱い鉄板の上でソースの照るハンバーグをじわりと切り分けた
中からとろりとチーズがこぼれおちる

「む、んー…」
「…?」
「ぬ…」
「どうしたんですか」
「このじゃがいも、めっちゃ硬い…」
「………」

なんだかんだうまいこと右手の箸だけで食べ進めていたなまえだったが、眉間にしわを寄せてみぞれあんを纏ったじゃがいもをつついている
なんで?とじゃがいもを睨むなまえに涯は自然に手を伸ばし自分のフォークでじゃがいもをふたつに割った

「あー、硬いですね」
「だろ!?あ、ありがと涯」
「いえ」
「しかも餡ですべる…!なにこのじゃがいも!かわいくない!」
「………」

涯のフォークがまた伸びて、なまえの箸がつるつると格闘するじゃがいもを先に少しさした

「はい」
「え………」
「…?」

『まったく先生ったら…こ、今回だけなんだからね!!
あーん…』



「あ、…ありがと…」

涯は差し出したフォークから、いきなり戸惑いがちになっておそるおそるじゃがいもを食べるなまえを不思議そうに見ていた









「おおおおシチュエーション別シミュレーションすげー!!!」
「なんで相手が涯なんスか」


【モ男子倶楽部部誌】

担当:みょうじ

内容:恋愛シミュレーションは大事





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