Novels | ナノ

蜘蛛の糸








薄暗い雀荘
室内は細い灯と、煙草の煙でぼやけて
それはまるで悪い夢のように思える景色ではあったが、
現実に引き止める様に対面の男はなまえに言葉をかけた

「俺には、あんたの牌など透けて見える」
「…嘘だ…」

なまえの向かい、アカギはなまえを見据えた
アカギの小さな針穴に針を通すかの様な的確な闘牌は、
アカギのあり得ない魔法を信じてしまうのに十分すぎた

彼と闘ったものは皆、アカギにそんな神とも悪魔ともつかぬ人域を超えた影を見、
見る影もなく砕けていった

「………嘘だ…」

しかしアカギは気付く
なまえがか細い声で受け入れまいとしているのはそんなことではない
現のもの全て
人の姿をした目の前の化け物
自分のボロボロの手牌
高すぎる負けの代償

彼も今まで負かしてきた相手と同じ、絶望の淵に今いた
くしゃ、と頭を抱える白い左手をアカギは衝動的に掴んだ

「っ…」
「惜しかったな、みょうじさん。いい手は入ってたし、判断も良かった
相手が俺じゃなきゃあな…」

言葉とは裏腹に暗い笑みを浮かべるアカギ
なまえの目はいよいよ見開き、何かに強いられるようにアカギから目を逸らせない

「クク…あんたのその綺麗な指…もらうよ」









アカギは隅の薄暗い闇の入り口にあるソファ座り、向かい合う形でその上になまえを座らせた
底の見えぬ恐怖にもう抗う気力すらないのか、なまえは強張っているものの暴れることもなく、
人形のようにアカギに抱き込まれている
震える睫毛の下、なまえのいつもの輝きを失った瞳がただただ涙の向こうに見つめるのは
氷嚢を当てられる自分の指
アカギの右手に乗せられた左手には既に感覚は無かった
ただアカギの右手に握られるまま、運命を委ねて神経は眠りについた

「なあ…なまえさん」
「っ…ぅ…、ッ」

親指で、なまえの左手を撫ぜながらアカギが静かに話し出す

「知ってるよ、俺は…」
「…ぅ…ぁ…」
「…あんた、食い物にされたんだ」
「っ…」
「借りてもない借金負わされ、暴利をかぶせられて…」
「っぅ…ぐ…」
「『かわいそうにな』…」

クク、とアカギが喉で笑う声は、
骨が軋み、壊れる音となまえの悲鳴にかき消された

「っあ"ぁ"ああぁ!!」
「っはは…麻痺、してるのに」
「は、あっ…ぐ、…かはっ…」

右手は、アカギの襟近くの服を皺になるほど握り締め
左手はアカギの手の中で血にまみれた
味わったことのない異常な感覚に、思わず身を縮こまらせ、
ガタガタと震えの止まない身体はぐったりとアカギにもたれた
アカギの胸元で、引きつった不規則な呼吸で必死に酸素を摂ろうと喘ぐなまえの頭は最早許容を超えていた

アカギはそんな悲惨ななまえの姿を見て、心が疼くのを感じた
甘い痺れが身体を走った
満足げな笑みを浮かべて、次は薬指に手をかけた

「っ…!!うぅ、あ、やっ…やだあ!やめろ…やだやだやだ、っやめろやめろやめ…!!!」
「動くなって…」

なまえが刺すような恐怖を痛い程身体中に感じて、狂ったように暴れようとする
当然の反応、予想し得たことであり、アカギは慌てることなく、事も無げに抱くように押さえ込んだ
それでも、陸地にあげられた魚よりも激しく暴れるなまえ
悲痛な声が部屋に響く
その声をじっくり聞いてからアカギはなまえの後頭部に手をあててきつく抱き締めた
そして

「ぁ"あ"っっ――――!!!!」

ピシャッと鮮やかな赤い血が飛び散る
なまえの身体がガクガク痙攣するのを身体中で感じながら、
アカギは愛おしいようになまえをよりきつく抱き締めた
肩を食いちぎらんばかりに食い込むなまえの爪さえも今はアカギを喜ばせるだけだった

「…なあ…なまえさん…」
「ぐ、んっ…かはっ…はーっ、はーっ…」
「痛いかい?指…」

愉しそうに笑いながら手についた血をチロッとなめるアカギはさながら悪魔のようで、
それでいながらゾッとする魅力があった
しかしなまえは過呼吸になったように荒い息をするのに必死で喋ることすらままならない

「クク…『かわいそうに…』」

アカギは頭に添えていた手で優しくなまえを撫でながら、できる限り優しい声を出した

「『大丈夫かい…?
もう、終わりにしてあげよう…』」
「ふーっ、はーっ、ひぐっ」
「『もうこんなひどい目には合わせない…
そうだ、借金も俺が肩代わりしよう…』」
「はあっ、はあっ…」
「『な…?なまえさん…顔をあげなよ

俺が助けてやる』」

そう言って優しげに目を細めるアカギをやっとのことで見上げるなまえの顔は涙で濡れている

「あ…かぎ…」
「…だから俺のものになりなよ、なまえ…」

さんざんなまえを四方から追い詰め、
挙げ句指を奪った張本人であるこの銀髪鬼も
ただただ痛みと恐怖の渦巻く混乱の中で平衡感覚を壊された盲目のなまえには聖人に感ぜられたのだろうか

耳元で囁かれた悪魔の甘い囁きに、なまえは朦朧とした意識の中、
微かに首を縦に振ってしまった







「クク…ククク…」


アカギは悦びに踊ってやまぬ心の鼓動のままに笑みを零す
心地良い…温かい…
慈しむように気を失ってくたりとしたなまえの頬を撫でると、
アカギの手についていた血が白い頬に赤い線を引いた
それにどうしようもなく興奮してアカギはなまえの頬に口付けた
そして堰を切ったように口付けを降らせた
頬に、瞼に、額に、
微笑んでからゆっくりと唇に…
頬についた血を舌でなぞると耳元で囁いた

「なまえ…
…愛してる…」







蜘蛛の糸 END



Back
Top

-
「#エロ」のBL小説を読む
BL小説 BLove
- ナノ -