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ただいまとおやすみ






ただいまとおやすみ


「ただいま」

いつもの低過ぎない声がつぶやくようにそういうのが聞こえて、思わず私は玄関へでていった

「…ただいま」

私を見ると、硬かった表情が緩んで改めて私にそう言ってくれる
ふわりといつもの香りがする

「なんだよ、起きてたのか?」

私がお迎えに出なかったことなんてないのだけどそういって目を細めながら電気をつけて部屋へ入っていく
軽く息を吐いて気だるげにノブを下げてドアを開ける
口元は笑っているけど、今日もすごく疲れてるみたい



「いい子にしてたか」

ソファにどさっと腰をおろして、グラスにお酒を注ぎながら独り言みたいに言う
でも目は今つけたテレビの方を見てる
応えたいんだけどかまってほしくて、キラキラする時計をつけた手に頬を寄せた

「ん、なんだよ。さみしかったのか」

ニヤリと笑ってのぞくようにこちらをみる
ずっと一緒に暮らしてるのに、やっぱり目が合うと嬉しくなっちゃう
だからちょっと調子に乗って、ぐいぐいと膝にもたれてみた
私はずっとくっついていたいのに昼間ずっとほっとかれてるんだから今ぐらいしかたないよね

「よしよし…」

少し息で笑ってあとは心ここにあらずと言ったかんじでうつろにつぶやくと、単調に私を撫でる
嬉しいし、手が暖かいし、大きい重さが心地いい
また私はご機嫌になってごろごろと鳴いてしまう
でもやっぱりこっちを見てくれないからまた手に鼻をすり寄せてみる

するとこっちを向いてじっと見てしばらく見つめ合う
私は話はできないけど、まるで話してるみたいに目を見合う
いつもの顔に、一緒にいる幸せをかみしめる
暗い髪、きりりとした目、いつもとがってる口
今私と二人きり
じわじわと胸が暖かくなる

ふと、動いたかと思うと私の方へ倒れこむ
鼻と鼻をつきあわせてまどろむ
やっぱり今日は疲れてそうな気がする
目がいつもよりとろんとしていた
今にも寝そうな呼吸がくすぐったくて、近い香りが嬉しくてまたごろごろと喉を鳴らしてみる
ちょっと目を細めてくす、と笑うと目を閉じてしまった
眠いの?寝るの?
その時けたたましいベルの音が鳴った

「!!!」

すごい勢いでばっと飛び起きてスーツから電話をとりだす
私も驚いてソファから飛び降りるとぽかんとして電話を持って慌てるのをみていた

「ええ、はいっお疲れ様です!はいっはい、はい!
もちろんです存じています」

ときおりお辞儀を混ぜて歯切れ良くしゃべる姿はさっきまでソファに寝そべっていたのとはまるで別人だった


やがてひとつ深くお辞儀をして電話を切った
ふう、と長い息を吐く
様子を見て、そろり、そろりと近づくけど肩を落としたままくったりしている

そしておもむろに立ち上がると、突如ふりかぶって電話をソファに叩きつけた
私は驚いて目を見開いてみつめていた
髪が乱れて目は釣り上がり、鬼のような顔で息を切らしていた

「あ"ーーったく!うるさいんだよ!」

ソファーに倒れこみながらそう怒鳴った

「うるさいうるさい!死に損ないのクズどもが!
偉そうに御託並べやがって…!」

今日も機嫌が悪いみたい
ばたばたと手足を振り回して暴れたかと思うと一瞬静かになって、むくりと起き上がった
そして一瞬私を探して目が合うと、「もう寝る!」と言い飛ばした

激しい口調でがなりながら大股で歩いて行くと怒った顔のままリビングの電気を消した
声からして寝室に入ったらしい
すると怒った声で私の名前が呼ばれたのが聞こえた
何回も呼んでるので少し急ぎ足でフローリングの上を歩いて行く


寝室に入っていくとルームウェアに着替えたところだったみたい
そしてベッドへ乱暴に倒れると私を雑に抱き上げた

「電気消したら察してこっちくるんだよ!ったく…

…ほんとにお前はさあ〜…も〜……」

そういうと私を胸にだいて頬を寄せてくる
やっぱり疲れてるみたいだった
いつもはここまで、私を可愛がるような、それでいて自分が甘えているような仕草をしない
そのままでごろごろと鳴いてみると、クスと笑った
ちろ、と舐めてあげると、かしかしと喉を撫でてくれた
とても気持ちよいのでまたごろごろ鳴く
眠たそうな声でまた私の名前を呼んでくれる
心地よい体温に包まれて、私も安心して寝てしまいそうだった

そしてもう一度、小さくて聞き取れないような、唸るような声で私の名前を呼んだあと、
「おやすみ」とつぶやいた
私も小さく鳴いた
そしてまたぎゅうと綺麗な顔を私に押し付けて寝てしまった
私もいつもの香りに安心して、一つ鳴いて寝てしまった


私は猫だけど、乱暴で気性が荒いご主人様だけど、

これからも、帰ってきたら一緒に寝るまで、
うんとごろごろすることにしたのでした。








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