▼ 華麗なる家族計画
しばらく泥のように眠っていたと思う。
「…!おーい!ナマエ!」
(…?)
誰かに大きな声で名前を呼ばれ、私は静かに意識を取り戻した。とても眠たくて目が開かない。人がゆっくり寝ているというのに無粋じゃないかな…。逃げるように寝返りをうてば、今度は肩を揺さぶられる。
「ナマエ、ルカが呼んでるぞ!だから起きろって!」
「ルカ…?」
まだ完全に頭が働いていない。呂律の回っていない声で聞き返せば、肯定するように再び肩をがくがくと揺さぶられた。止めてほしい。寝ている人間にその揺さぶりは辛い。
(そもそもルカって誰だっけ…あ、解放軍のルカさんだ)
ぼんやりとそこまで考え、私は事の重大さに気が付いた。彼が私を呼んでいるという事は、もうすぐ出発という事だ。悠長に寝ている場合じゃない。仕方なく無理やり目を開ける。すると、見知らぬ茶髪の青年が私を覗き込んでいた。
「お、良かった!起きたな」
「…!?」
驚きのあまり言葉を失う。誰!?硬直する私に、彼は申し訳なさそうな顔をした。
「やっぱりそうなるよなあ…悪かった」
「あ、え?」
唐突に謝られ、ぽかんと口を開ける。さっぱり意味が分からない。彼はすぐに私の肩から手を離すと、困ったように眉を下げた。頭が混乱したまま、私もとりあえず上半身を起こす。
「…誰ですか?」
口から出た言葉は最もなものだった。茶髪で人当たりの良さそうなこの青年。年齢は私と同じぐらいかな。しげしげと彼を見るが、全く見覚えがない。私の質問に、彼は「だよなー…」と小さく洩らした。
「俺はロビンってんだ」
「ロビン…?あ、もしかしてこの家の長男?」
今までの記憶を掘り起こして、なんとか長兄とロビンを結び付ける。確か、女の子や少年達が"ロビンお兄ちゃん"と言っていた気がするような。自分が知られている事に驚いたのか、ロビンは数回目を瞬かせた。
「妹達から聞いてた感じか?」
「まあ…ロビンは私の事、知ってるみたいだね」
「ナマエだろ?疲れてるのに弟の相手してくれたって聞いたぜ。ありがとな」
「どういたしまして」
人懐っこい笑みで礼を言うロビン。根っからの良い人感が滲み出ている。
「それで、ルカさんが呼んでるんだっけ?」
「そういやそうだったな。もうすぐ出発だってさ」
「分かった。起こしてくれてありがとう」
「んー、まあな」
さすがに意識ははっきりしていた。支度を早く終えて、ルカさんの所に行こう。
「そういえば、なんでロビンが私を起こしに来たの?」
布団を畳みながら、もう一つの疑問を彼に投げ掛ける。女の子や少年達ではなく、何故あえてロビンだったのか。起こしてくれたのは有難いけど、完全に人選ミスだ。寝起きの人間には心臓に悪かった。
「うーん、それなんだけどな…」
それに対して、ロビンが歯切れ悪く話し出す。
「始めは妹に行かせるつもりだったんだけどさ」
「へえ」
「弟達や、当の本人の妹が"兄ちゃんが行け"って急かしてきて」
「なんでそんな事を…」
同年代の異性(しかも初対面)を、目覚まし役として寄越すのは、常識的に考えておかしい。困惑気味に話を聞く私に、ロビンも同じような表情をして話を続ける。
「あいつら、すげぇ俺の背中押してきたんだよな」
「……」
「あとお前の事褒めてたぜ。びっくりするぐらい」
なんだったんだろうな、あれ…と独り言ちるロビンを他所に、私は嫌な予感がどうにも拭えなかった。寝落ちる直前に、少年達が「ロビン兄ちゃんのお嫁さんに」みたいな会話をしていたけれど…。この常識外れの実力行使といい、まさか本気なのか。
良いところをロビンに伝え、部屋に二人きりにする…仮にこれが少年達の"作戦"だとすれば、妹である女の子も加担している事になる。彼女は常識人だと思っていたのに…!
「多分…彼らは私達を結婚させたいんだと思う」
自分でも何を言っているんだろう、という言葉をロビンに伝える。予想通り、彼は眉間にしわを寄せた。
「はあ…?あいつらが、俺とナマエを…?」
「寝る前に少しそんな話をね…ロビンの弟達って行動派では?」
「あー…そうだな」
思い当たる節があったらしく、頭を押さえるロビン。彼のそんな姿を見て、私は焦る気持ちを抑えながら支度を再開した。この家から早く出なければならない。彼らが結託している今、何かしらの既成事実を作られかねない。ロビンは良い奴だと思うけど、出会っていきなりそういうのは心理的に無理だ。
「そもそも、妹のお願いを断る事はできなかったの?」
「…俺、妹には頭上がらないんだよな」
「ロビン……」
部屋の空気が、完全にお通夜状態になった。
「で、でも良い事もあったぜ!ナマエの寝顔を間近で見れたしな!」
「それが弟達の策略じゃないかな!?」
「マジかよ!?」
ロビンの見当違いな発言に、私は何とも言えない顔をした。なんで少し乗り気なんだろう。
「…ロビンお兄ちゃん、ナマエお姉ちゃんはおきた?」
どうにもならない感情を鎮めていると、寝室の扉がゆっくりと開く。顔を出していたのは、もはや敵となった女の子だった。こんな時どんな顔をすればいいのかな。彼女は私とロビンを交互に見て、顔を綻ばせる。
「二人が仲良くなってくれて、わたし嬉しいな!」
「う、うん」
「ま、まあな」
返事がどことなく硬くなってしまったのは許してほしい。
「ところで、ご飯を作ったんだけどお姉ちゃんも一緒に」
「ご、ごめんね。今から出ないとだめなんだ」
「そうなんだね……家族団らん作戦は失敗かあ…」
「不穏な単語が聞こえた気がする…」
prev / next