妹(仮) | ナノ


▼ 兄さんには困ったものだ



「クリス兄さん、アリティア城です」

清々しい青空の下、目の前にそびえる城を見上げながらそう言う。隣にいた実兄のクリス__もとい兄さんは、ほっとしたように息をついた。

「ナマエ、本当に助かった」
「…まあ、これぐらい普通というか」
「おれだけだと、今日中に辿り着けるか怪しかったからな」
「兄さん方向音痴ですもんね…」
「…そうだな」

兄さんの微妙そうな顔を横目に、持っていた地図をしまう。城門の前には、私たち兄妹を含め多くの騎士見習いが集っていた。誰も彼もが目に熱意を宿している。

「頑張りましょう、兄さん」
「ああ、この日の為におれ達は訓練をしてきたんだ」

なんと言っても、今日は待ちに待った騎士試験の日。この試験に合格すれば、従騎士としての一歩を踏み出すことができる。自然と気合いが入るのも当然といえば当然だ。

「とりあえず城門に…おっとと」
「どうしました?」

話の途中で、ドンッという衝撃音と共に兄さんが少しよろける。何が起こったんだろう。

「うう…おでこが…」

気弱そうな声に振り返ると、紫髪の女の子が尻餅をついていた。目にはうっすら涙が滲んでいる。額を押さえているけど、誤って兄さんの背中にぶつかってしまったのかな。

「…大丈夫か?」
「す、すみません、ちょっと慌てていて…」
「立てるか?なんならおれの手を貸そう」

流れるように跪き、女の子に手を差し伸べる兄さん。その動作は中々さまになっていた。何を見せられているんだ私は。

「あっ…ありがとうございます…」

相手の女の子の頬は少し赤い。本当に何を見せられているんだろう私は。彼女は立ち上がると、おずおずと兄さんを見上げた。

「私はカタリナと申します…もしかして、あなたも……あ……」

そこまで言いかけて、今まさに私の存在に気付いたのか言葉を失う女の子。何を思ったのか、彼女は悲しげに眉を下げる。

「…もしかして恋人___」
「この人の実妹のナマエです」

その間違いはさすがに耐えられない。

「妹の…ナマエですか?」
「うん、それでこっちが…」
「ナマエの兄のクリスだ。よろしくな」
「そうなんですか…二人ともよろしくお願いします」

それとなく安心したような表情で、微笑を浮かべるカタリナ。誤解が解けたようで本当に良かった。

「カタリナ、せっかくだから一緒に広場へ行こうよ」
「良いんですか?」
「おれは構わないぞ」
「ありがとうございます…」

彼女との出会いも何かの縁だろうし、わざわざ別れる道理もない。なにより、これからはカタリナとの時間が増えそうだ、と私はなんとなく予感していた。主に兄さんの件で。


そんなこんなで、三人で城門をくぐると、驚くほど広大な場所に出た。ひ、広い…。これが世間で言う広場ってやつかな。石畳を基調としてはいるけど、緑も少なからずある。実技とかで使用するのかもしれない。

「ひ、広いな」

兄さんが戦いたようにそう溢す。セラ村という田舎出身の私たちにとって、この広場は目を見張るほどの大きさだ。

「…今ここにいる諸君ら百余名のうち、試験を突破して騎士となれる者は数名であろう」

しばらくして、広場の一角で騎士団長であるジェイガン様の話が始まる。脅しでも何でもなく、やはり正騎士の道は狭き門のようだ。ちょっと不安になってきた。

「…騎士見習いは二人一組となれ!模擬戦を行う、相手は我々アリティア正騎士である!」

主な話が終わったのか、ジェイガン様がそう命令を下した。途端に周りがどよめく。

「正騎士が相手なのか?」
「ふ、二人一組だと?俺に相手なんて見つけられねぇよ…!」

正騎士はともかく“二人組“…この城に一人で来た人も多いだろうに、早急に相手を探せなんて少し酷なんじゃないか。それとも、コミュニケーション力も含め試験内容なのかな。

「ナマエはもちろんおれと組むよな?」
「え?兄さんと?…………そうですね」
「妙な間があったんだが…」

兄妹で組むのって、なんというか複雑だ。

「カタリナに相方はいるのか?」
「…いえ、一人で来たので」

兄さんの問いに、消え入りそうな声でそう答えるカタリナ。曇った表情を見るに、彼女はかなりの人見知りなのかもしれない。

「それなら、兄さんとカタリナで組んだらどうかな?」

少し考えてその結論に辿り着く。カタリナは兄さんに惚れているみたいだし、好きな人と組む方が嬉しいだろう。私は私で、別の人に声を掛ければいい。

「え…ナマエ、でも良いんですか?」
「大丈夫だよ」
「大丈夫じゃない。ナマエは誰と組むんだ?」

話が纏まりかけていた所で、横槍を入れたのは他ならぬ兄さんだ。むう…空気を読んでくれ兄さん。

「それは今から声を掛ければ」
「ナマエ…おれ以外の男と組むつもりなのか?」
「そんな真剣な眼差しをされても…」

ずいっと顔を近づけてきた兄さんに、多少の過保護さを感じる。ちょっと面倒だ。大体なんで私が男と組む前提で話しているんだこの人。

「…あっ、そういえば組む人いたんだった!そういう事で兄さんさようなら!」

このままでは埒が明かないと判断し、兄さんが何か言う前にその場を離れる。去り際に、「ナマエ!誰と組むんだ!おれの知らない男か!?」と悲痛な叫びが聞こえたけど無視をした。あんたは私の恋人か何かか…。


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